第58話 妹同盟軍介入

「ねぇ、孝樹君――」


 吐息が混じり合い、もう少しで鼻どころか唇どうしが触れ合うほどの超至近距離。

 自然体の声で囁きながら潤んだ瞳で見つめてくる結衣花さんに、僕の心臓はもはや爆発四散してしまいそうで――。


「二人ともっ、そこまでぇええええーっ!!」


 聞き慣れた声が遠くから勢いよく割り込んできたのは、結衣花さんが何かを言いかけたまさにその瞬間だった。

 

「ゆ、雪奈っ!? それに澪奈まで……」


 雪奈と澪奈が僕たちめがけて全力疾走してきた。どうやら、向こうの木陰からこちらを見ていたらしい。

 驚き慌てる僕に対して、平然としている目の前の結衣花さんはニコニコ微笑んでいる。もしかして結衣花さん、二人がこっちを見ていたことに気づいていたのか――。


「お、お兄ちゃんっ! 何ニヤニヤしてるのよっ!」

「え、ニヤニヤなんてしてる?」

「してるわよっ! も、お兄ちゃんの膝の上から降りてください!」

「あら、に命令するの? 雪奈ちゃん」


 二人の間で何やらバチバチと危険な火花が散っているので、僕はかわって澪奈に尋ねた。


「澪奈、どうしてここに?」

「何って……監視?」

「公安かっ! 僕は危険人物じゃないんですけど……」

「ねぇねぇ」


 溜め息をついていると、澪奈が僕の袖をクイクイと引っ張ってきた。


「この服、どう思う?」

「どうって――」


 澪奈が着ているのは、膝まで隠れる空色のワンピースだ。丈は長めだから落ち着いた印象だけれど、半袖なので彼女の白い腕が露わになっている。


「すごく似合ってるよ。清楚な中にも大人っぽさがあって、中学生とは思えない感じだ」

「ふぅーん、そっか」


 素直にそう言うと、彼女は平静を装いながら顔を背けた。けれど流石の僕も、今の澪奈が照れていることくらいは分かる。


「あ、ちょっと澪奈!」

「澪奈ちゃん、抜け駆けはずるいぞー?」

「ふん、お前たちが相争っておるのが悪い」

「いや同盟相手でしょ! 助けなさいよ――あっ」

「同盟?」


 雪奈の失言を聞き逃さない結衣花さん。


「い、いやぁ……何のことだか……あはは……」

「ふぅーん。まぁ、私は別に何でもいいけどね。ライバルどうしが手を取り合えるわけもないし」

「へぇ、随分と言ってくれるじゃないですか!」


 またバチバチしてる……。取り敢えず取り持たないと、と思った僕は間に入った。


「よ、よく分からないけど、二人とも喧嘩しないで」

「喧嘩? そんなのしてないよ。私たち仲良しだもんね、雪奈ちゃん?」

「ふにゃぁ……」


 満面の笑みを浮かべている結衣花さんに抱き締められた雪奈は、顔も身体も一気にとろけてしまった。学校一の美少女、恐るべし。彼女がその気になれば、同性の雪奈と澪奈もとせるのかもしれない。


「それはそうとさぁ」

「は、はいっ、なんでしょう?」

「私の服、どうかな? 澪奈ちゃんのワンピースもすっごく似合ってると思うけど、私にも感想が欲しいなぁー」


 だいぶ高く昇った陽射しが、露わにされている彼女の丸く白い肩を輝かせている。

 そりゃあ、いつもの彼女の服装に比べると、かなり攻めたコーデだと思う。でも、それには何か理由があるに違いない。


「かっ、可愛いよっ!」

「えー、ほんと?」

「本当! 本当だからっ! ……でも、その服で街中を歩くのは、あんまりお勧めしないっていうか」

「どうして? 私的には一番可愛い服を選んだんだけど」


 言っていいのか、言うべきじゃないのか――僕には分からなかった。でも、彼女は『今まで私、ちょっとキャラ作ってたんだ。だけど、もうしない。ありのままの私を見て欲しいから』と言っていた。

 ならば、僕もちゃんと言おう。


「そのさ……露出が多いと思うんだ。肌面積が大きいというか……」

「そうだね」

「でしょ? 正直ちょっと……刺激的といいますか……」


 目を逸らしながら何とかそう口にすると、結衣花さんはようやく僕の膝から降りて、僕の隣に腰掛けた。そして……消え入りそうな声で、囁くように呟いた。


「――孝樹君だけだからね? こんな服装見せるの……」

「……っ!?」


 思わずごくりと唾を飲み込む。茶髪の隙間から覗いている彼女の耳先が、傍目はためにも分かるほど真っ赤になっていた。


 ――僕のために、恥ずかしさを覚えてまで、一番可愛い服を着てくれたんだ。


 そういえば、結衣花さんが初めてあのメイド服を着てくれたときも、彼女と似たようなやりとりをしたことをふと思い出した。

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