第57話 抑えきれない、この気持ち
(うあああ私のバカぁああああ……っ!)
孝樹君がペットボトルに口をつけたその瞬間、私は危うく絶叫するところだった。
コンビニで孝樹君の好みのことばかり考えていた私は、意気揚々とペットボトル1本だけをレジに持っていったときでさえも、その1本を2人で飲むことになるということに全く気づいていなかった。
(ま、待ってよ……間接キスなんて聞いてないんですけど……っ!?)
誰から聞くんだよと思わず突っ込みながら、私は必死に脳内CPUをフル回転させた。
(一番私のキャラに合ってそうなのは小悪魔系だよね――)
『ふふっ。私たち、間接キス……しちゃったね』
あざとい笑みを浮かべた私の顔が容易に想像できてしまい、ちょっと自己嫌悪。え、私って孝樹君にどう思われてるんだろう。もしかして、はしたない女って思われてたり……しないよね……?
思い返せば、私は自分でも驚くほどグイグイ攻めてきた。もちろんそれは計算のうちだし、雪奈ちゃんと澪奈ちゃんという強力なライバルがいるからこその作戦だ。でも、もし彼がそういう女の子をあまり快く思わない男の子だったら――。
マイナス思考に
(え、てか孝樹君普通に飲んでるんだけど……私、女としてみられてないのかな……脈なし……? あはっ、私の脈も途絶えそう、なんて……)
メンヘラ女みたいになりながら、私は機械的にそれを飲んだ。間接キスの感動もへったくれもない、ただの水分補給。
だけど、だからこそ気づけたこともあった。
(私……こんなにも孝樹君のこと、好きなんだ……)
そう意識してしまうと、私の中のどこかが音を立てて崩れたかのようで。
「い、今さらだけど……私の好みで選んじゃって良かった?」
おかしいな。今日の私は孝樹君をリードするはずだったのに。
さっきからなぜか無性に照れてしまい、私の調子は狂いっぱなしだ。
「もちろん。実は初めて飲んだんだけど、甘いのに甘すぎなくて美味しいよ。今度もう一回買おうかなって思ってるくらい」
――初めて、なんて言わないで。頬の緩みを隠せないから。
「そっかぁ……好きになってくれて嬉しいな」
私たちが出会った春よりも少し青くなった空を見上げて、それから私は、近くでそよ風に揺られているブランコを見やった。
「孝樹君はさ、小さい頃ここで遊んだの?」
「そうだね、ときどき」
「雪奈ちゃんとかと?」
「……そうだよ」
「そっか」
私が孝樹君と積み上げた時間は、まだたったの一か月。妹ちゃん2人の足下にも及ばない。
私はどこかで調子に乗っていたのだろう。顔にもスタイルにも相応の自信はあるし、運動も勉強も家事も人並み以上にはできると思っている。だから、私がちょっと誘惑すれば、男子なんてイチコロだと思っていた。
(……私、本気だよ。雪奈ちゃんも澪奈ちゃんも本当に素敵な女の子で、超強敵だけど……だからこそ、私は負けない。負けたくない。私だって孝樹君のこと、本気で好きだから……!)
でも、孝樹君は違った。いつだって優しくて、それでいて行動力があって、私のことを助けにも来てくれた。学校の男子たちみたいな、ちょっぴりイヤらしい視線を向けてくることもない。妹思いで、雪奈ちゃんと澪奈ちゃんのことを第一に考えている。
気づいたときには、そんな彼に私のほうが夢中になっていた。
「ねぇ」
思い切って、私は彼の肩に頭を預けてみる。彼の身体がぴくりとした。嬉しい。私のこと、ちゃんと意識してくれてるんだ。
「私、さっきちょっと嘘ついちゃった」
「……そう?」
「ほんとはさ、私が甘えんぼうなの。孝樹君に……甘えたいなって思っちゃってる」
「知ってるよ」
間髪入れずにそう言われて、私は息を呑んだ。
「ど、どうして……?」
「家庭のことを教えてもらったときに、っていうのもあるかな。だけど一番は、いつも頑張ってくれてるからだよ。誰かに甘えたくない人なんて、きっといない。結衣花さんも、甘えたいっていう気持ちを我慢して頑張ってくれてるんだなって思ってた。違う?」
「まぁ……否定は、しない……けど……っ」
「だから、その――僕でよかったら、だけど……結衣花さんが望むなら、いくらでも甘えてくれていいよ。もうメイドとかそういう関係じゃないんだからさ」
「……そっか。じゃ、遠慮なく」
この瞬間の私は、これまでの人生で間違いなく一番の笑顔だったと思う。
頭より身体が先に動いていて、気づけば私は孝樹君の膝の上に、彼と向かい合うようにして乗っていた。
「ゆ、結衣花さん……!?」
ちょっと驚いている孝樹君が可愛くて、そのまま私は抱き着いた。
「正直、今まで私、ちょっとキャラ作ってたんだ。だけど、もうしない。ありのままの私を見て欲しいから」
そう耳許で囁く姿を、私は向こうの木の陰に隠れているつもりの2人に見せつけた。それは、いわば宣戦布告。
(私、本気で孝樹君を陥としにいくからね)
今の私はブレーキがおかしくなっているのかもしれない。そのくらいの自覚はある。
だけど私は、もう自分を隠すことはしない。私の持ちうる全てを賭けて、真正面から、笹木孝樹という要塞を攻略するのだ。
「ねぇ、孝樹君――」
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