第54話 夕島結衣花vs妹連合

「今日はハンバーグだよっ!」

「やった……!」

「大義であった!」


 やたらテンションの高い結衣花さんが軽い足取りで運んできた皿を見て、雪奈と澪奈が歓声を上げた。そこに載っているのは、とろっとろのソースがかけられたゴージャスなハンバーグ。見ているだけで涎が出てくるほどの代物だ。


「どう?」

「すごく美味しそうだよ。ありがとう、結衣花さん」

「ふふ、良かった」


 みんなで手を合わせ、早速それを口に運ぶ。

 そのあまりの美味しさに、僕も妹たちも思わず顔が蕩ける。幸せにします、なんて言っておいて、こちらの方が先に幸せにされてしまった。



 会話することも忘れてあっという間に食べ終えた僕は、一足先に立ち上がって台所へと向かった。


「あっ、洗い物も――」

「このくらいはさせてよ」

 

 結衣花さんは本当にお気に入りらしいメイド服を相変わらず着ているけれど、もう雇用関係もどきでは結ばれていない。僕たち家族と彼女は完全に対等なのだ。週に二日は会えないものの、残りの五日間は寝食さえも共にする半同棲生活。

 料理をしてもらっているのだから、せめて洗い物や掃除は僕がやらないと。雪奈は受験生だし、澪奈は……まぁ良いか。中学一年生の末っ子をこき使うのは大人げないだろう。


 自分の皿やフライパンをひとまず洗い終えたところで、女性陣も食べ終えて皿を下げてくれた。


「こっちも洗っておくから。先にお風呂入ってきて」

「任せたぞ、我が眷属よ」

「ごめんね、私たちの分まで」


 首を振りながら彼女たちを見送る。どういう順番で入るのかは知らないが、もし一緒に入るのなら仲良く入って欲しいものだ。



***



「そしたら孝樹君、こう言ってくれたの。『娘さんは僕が幸せにしてみせます』ってね」

「な、な、なぁっ……!?」

「嘘……あのお兄ちゃんが、そんな……」


 浴槽に浸かっている妹二人に、私は身体を洗いながら煽ってみせた。孝樹君は知らないみたいだけれど――流石に勘違いだと言い聞かせているのかもしれない――、彼女たちが孝樹君に向ける好意は本当に分かりやすい。こうしてちょっと揶揄うだけですぐ可愛い反応をしてくれるから、私も思わず悪戯したくなってしまう。 


「いやぁー、あの時はキュンってきちゃったなぁ……。結局、孝樹君のおかげでお母さんとも仲直りできたし、こうして同棲生活も継続できることになったし」

「まったく、アイツったら……!」

「お兄ちゃんは口が上手いから困る……」

(二人とも嫉妬しちゃって、ほんと可愛いなぁ)


 でも、血が繋がっているにもかかわらず、実の兄である孝樹君に好意を抱いてしまうのも分かるのだ。正直彼は別に取り立ててイケメンというわけではないし、何か秀でた特技があるわけでもない。もし私があの日、メイド募集のポスターを見て行動を起こさなかったら、彼とは大して仲良くもならなかっただろう。


(誰かのために頑張れるところ、思いやりがあって優しいところ、いざという時の行動力があるところ、そして意外と大胆なところ――あーあ、私もすっかり攻略されちゃったなぁ)

  

 多くの女子からすれば、彼は「いい人」止まりで終わってしまうタイプかもしれない。でも、こうして一緒に住んでみると分かる。孝樹君みたいな人と結婚できたら生涯幸せだろうなって。

 若い頃ならではの火遊びみたいな恋愛も、それはそれで良いものなのかもしれない。運動神経抜群で女の扱いに慣れていそうなイケメンとの、燃え上がるような恋に夢中になれば、きっと青春を謳歌できるのだろう。でもそれは、どこまでいっても所詮は火遊びなわけで。仕事に忙しいシングルマザーの一人娘に生まれ、愛に飢えて育った私がそんなものにのめり込んでしまったら、間違いなく人生を棒に振ってしまう――そんな気がしたからこそ、私は自分を深く満たしてくれる幸せを求めたのだ。


「夕島先輩?」

「……えっ? ああいや、なんでもないよ。っていうか」


 そういえば、雪奈ちゃんにはまだ名前で呼んでもらえていない。澪奈ちゃんには未だに眷属扱いされているし。


「そろそろ、その呼び方を変えて欲しいな……例えば『お義姉ねえちゃん』とか」

「『お姉ちゃん』ならまぁ」

「うーん、義務の『義』で『お義姉ねえちゃん』だよ?」

「いやいや、あくまで先輩は『お姉ちゃん』です」

「楽しそうであるな、我が眷属よ」

「澪奈ちゃんにも同じように呼んでほしいんだけどなっ」


 なかなか頑固な雪奈ちゃんに苦戦しながら、私は身体を洗い流して浴槽に足を入れた。うーん……この家のバスタブは広めではあるけれど、流石に三人入るには狭すぎる。


「ごめん、次は雪奈ちゃんか澪奈ちゃんが――ひゃぁっ!?」


 どちらかに譲ってもらおうと口を開いた途端、両側から突然胸を揉みしだかれた。


「良いでしょう……ただし、『お姉ちゃん』がこっそりしているバストアップマッサージを教えてくれればの話ですが……」

「むぅっ、お愚姉ねえちゃんは何だかんだDあるでしょ。ここはわたしにだけ教えて」

「ちょっ、二人とも手を止めてよっ! 分かった、教えてあげるからぁ……っ!!」

「だから、あたしにだけ教えてくれるなら」

「わたしにだけ」

「ああもうっ、姉妹揃って……んっ!」


 まったく……胸が大きくなれば孝樹君を落とせるとでも、二人とも本気で思っているのだろうか。私は心の中で溜め息をついて、込みあげはじめた気持ちを我慢するしかなかった。

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