第50話 妹が……食われる!?

「夕島さん! 今日の昼休み、笹木くんを借りるね?」

「えっ? あ、うん……」


 四時限目のチャイムが鳴ったちょうどその瞬間、私の一つ後ろの席に座っていた寺島さんが勢い良く席を立って告げてきた。


「なぁんだ、もっと嫌そうな顔をするかと思ったのに」

「いや、そんなことないけど。てか、それどういう意味?」

「言わなくちゃ分からない?」

「そ、それって……」


 右斜め後ろに座っているだろう孝樹君の方を向きかけて、何とか踏みとどまる。

 何でもない風を装って、私はスクールバッグから弁当の包みを取り出した。


「じゃ、そういうわけだから」


 こちらに背を向けて足取り軽く去ってゆく寺島さん。その彼女が一瞬、胸の前で孝樹君に向けて小さく手招きするのが見えた。思わず目を伏せて、弁当のふたを開ける。

 何してるんだろう、私。


「ゆ、夕島さん……」

「何か用?」


 今度は右から遠慮がちな声がして、私は振り向いた。少し棘のある口調になってしまったことを後悔した途端、相手が当の孝樹君であることに気づく。いつもと違う私の口振りに動揺したのか、彼は逃げるように寺島さんを追いかけて行ってしまった。


「い、いや別に……」

「そう」


 ここは学校なんだから。親しい素振りを見せるわけにはいかないのだから――。

 そう言い聞かせるたび、胸の奥が苦しくなる。

 せめてもっと穏やかに言うべきだった。

 どうしてさっきの私は、あんなにもイライラしてしまったのだろう。


(馬鹿みたい……ほんと、馬鹿みたいだよ……)


「どうしたの? 結衣花」

「ううん、何でもないよ。さ、食べよ」


 教科書を片付けたいつものメンバーが集まってきて、私は笑顔を貼り付けた。



 ***



「やあ、待ってたよ」

「はぁっ、はぁっ……遅れてごめん」

「お、ジュースか。気が利くね」


 メッセージで指定されたのは、立ち入り禁止の屋上だった。

 立ち入り禁止だから見つかれば怒られるとはいえ、一応手すりもあるからだろうか、事実上黙認されている。そうなると、特に今日みたいな晴れた日には当然のようにカップルのいこいの場になるわけで。


(僕と寺島さんも、周りからカップルだと思われてるんだろうか……)


 昼休みに一緒に屋上で弁当を食べるというその一点に限って言えば、僕たちはきっと付き合っているように見えるのだろう。……もっとも、実際は彼女が僕を脅迫してここに連れて来ているのだが。

 頼まれたわけではないけれど、まるでヤクザにき使われるチンピラのごとく、僕は中庭の近くにある自販機でグレープジュースまで買ってきたのだった。


「後でお金は払うよ」

「いや、別に良いって」

「どっちみち買収はされないから」

「くっ……」


 学校指定の白いYシャツの上に薄黄色のセーターを羽織っている彼女は、ソーラーパネルの影に隠れていても良く目立つ。屋上には他にも何組かの男女がいるけれど、彼女の居場所は一目で分かった。


「それで、今日はいったいどのようなご用件で?」

「まあまあ、まずはお弁当を食べようよ」

「そ、そうだね」


 手を合わせて弁当の蓋を開けると、寺島さんが興味深そうに覗き込んできた。


り卵をかけたご飯に唐揚げ、ミニトマト……そういえば夕島さんのお弁当のメニューと同じだなぁ」

「へ、へぇー……」


 あ、詰んだ。これは言い訳のしようがない。メニューがたまたま同じと言いたいところだけど、目の前で爛々らんらんと瞳を輝かせている彼女を見れば分かる。これは何もかも分かった上で、追い込まれた僕の反応を楽しんでいる目だ。


「一緒に旅行に行って、お弁当のメニューも同じ……やはりずいぶんと仲がよろしいようで」

「もう良いよ……何が言いたいの?」

「じゃあ単刀直入に言わせてもらおうかな」


 彼女はスマホを取り出し、僕と結衣花さんと妹二人が映った写真を開いて言った。


「夕島さんと、やっぱり付き合ってるんでしょ」

「それはない。第一、あんな美少女と僕が付き合えるわけないってことくらい――」

「じゃあ、付き合いたいとは思ってるの?」

「それは……否定できる男子の方が少ないと思います」


 そりゃそうか、と彼女は存外ほがらかに笑った。


「ほんっと可愛いもんねぇ、夕島さん」

「そりゃまぁ……」

「顔のパーツもそうだけど、一挙手一投足がもう素敵。知的なのに可愛くて美しいとかもうそれ反則でしょ」

「そ、そうだね」


 女性アイドルには女性ファンも結構多いと聞くし、やはり美少女の美というものは性別を超えるということだろうか。でも、それにしてはやたらと――。


「でもさ、わたし気づいちゃったんだよ。夕島さんと同じか、あるいはもっと可愛い子がいるってことに」

「そ、そうなんだ」

「ほら見て! ここに映ってる、この子」


 彼女は普段とは似ても似つかない変なハイテンションで、スマホの画面上の一点を指差してきた。ソーラーパネルに隠れた暗いスペースで、彼女は画面の明るさを最大値に上げる。そこに映っていた人物は――。


「ねぇねぇ可愛くない?!」


 我が家の長女であり、つまりは僕の妹の一人である、笹木雪奈その人だった。


「この抱き締めたくなるお人形みたいな感じ! 守ってあげたくなるっていうか!」

「ソ、ソウデスネ……」

「ちょっと笹木くん、今ドン引きしてるでしょ」

「ヒ、ヒイテナイデスヨー」


 マジか、というのが正直な感想だ。


「その……もしかして、ガチで好きなの?」

「それは…………うん」


 暗がりでも分かるほど頬を染めて、彼女は顔を逸らした。

 紛れもない、これはガチ恋している表情だ。


「やっぱり引く……よね。だから」

「脅したの?」

「それは……はい」


 合点がいって、僕は溜め息をついた。


「別に引いてはないよ」

「そ、そうなの……?」

「うん。理解は一応あるつもりだし、正直ウチの妹は客観的に見ても可愛いと思うし」

「そ、そうなんだ」

「でも」

「でも……?」

「写真一枚で好きになるとか、正直チョロいなとは思いました」


 うっ、と彼女は胸を抑えてうめいた。


「だ、だって可愛いんだもん! 笹木くんだって、そこに可愛いお菓子があったら食べたくなるでしょ?」

「雪奈はお菓子か!」

「だって美味しそうだし!」

「おいちょっと待て」

「……い、今のはナシで」

「ナシにできるかっ!」


 雪奈に伝えておこう。

 お前、狙われてるぞって。

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