第49話 早朝の学級委員長

「あ、おはよう夕島さん。笹木くんも」

「おはよう寺島さん」

「相変わらず早いね……ふあぁ」

「二人ともずいぶんとお疲れなご様子で」


 結衣花さんと朝の一年四組教室に入ると、思った通り先客がいた。

 僕の左隣、つまり結衣花さんの後ろの席に座っている学級委員長――寺島羽瑠愛てらしま はるあさんだ。黒い下縁メガネの奥に覗くアメジストの瞳が特徴の、知的な容貌をした美少女である。肩の下まで伸ばした彼女の長い黒髪は校則上アウトだと思うのだが、何故か先生を含めて誰も注意しない。


「久しぶりの登校だからね」

「リズムを取り戻さないとな……」


 口々に言った僕たちに、寺島さんがニヤリと口角を吊り上げた。


「月曜日もお二人で仲良く休んでたけど、そんなに疲れるようなことでもしたの?」

「えっ!」

「それはその……」


 痛いところを突かれて思わず顔を見合わせた僕たちの様子を、彼女の鋭い瞳が見逃すはずもなく。彼女の術中にまったのだと気づいた時には、もう何もかも遅かった。


「ところでわたし、インスタのアカウントを一応持っておりましてね?」


 芝居がかった口調で、僕たちに見せびらかすようにスカートのポケットからスマホを取り出す寺島さん。それを見た結衣花さんの顔がサッと青ざめる。


(おいおい、まさか……)


「夕島さんの誕生日ってさ、七月十日だったよね?」

「え、えっと……はい」


 何で知ってるんだと突っ込みたくなったが、それを聞けるような状況ではなかった。そういえば結衣花さんのLINEのプロフィールに誕生日が書いてあったなと僕が気づいたのは、ずいぶん後になってからのことだ。


「@yuika0710ねぇ……もうちょっと考えて設定した方がいいと思うよ?」


 寺島さんはそう言って、スマホの画面をこちらに向けてきた。

 そこに映っていたのは、先日行った鬼怒川温泉旅行の二日目――つまり僕たちが学校を休んだ月曜日に訪れた、東武ワールドスクウェアにあるエッフェル塔のミニチュアの前で撮った記念写真だった。

 左右にスクロールすると、吊り橋や日光東照宮で撮った写真もアップされている。


「ちょ、ちょっとゆい――夕島さん……鍵垢で投稿するって……」

「えっ、ちゃんと鍵垢になってるよ……?」


 もちろん、結衣花さんが勝手に投稿したわけではない。彼女のメインのアカウントはフォロワーがクラスメートも含めて千人以上いるため、そちらに僕や妹たちとのプライベートな写真を載せるわけにはいかない。でも現代っ子だし、思い出の保存も兼ねて投稿はしたい。そこで、予備のアカウントとして非公開で使っているフォロワー数十人のアカウントならと、一応四人で話し合って決めたのだ。

 

「ふっふっふ、あまりわたしを舐めないことですなぁ」

「う、嘘……ここ最近のフォロリクは全部削除してるのに!」

「最初からだよ、夕島さん」


 彼女の耳元に口を寄せ、勝ち誇った顔で呟く寺島さん。

 何この人。めちゃくちゃ怖いんですが……。ラスボスかよ。


「わ、分かったよ寺島さん……いったい何がお望みなのですか?」


 ショックを受けて崩れ落ちている結衣花さんの横で、僕は溜め息をついた。


「おっ、物わかりが良い子は嫌いじゃないよ」

「くっ……偉そうに……」

「うん? 何か言ったかな?」

「……何でもございません」

「よろしい」


 満足げに頷いて、彼女は僕の耳元で囁いた。


「――今日の昼休み、中庭でわたしと二人でお昼を食べて」

「……ま、マジですか」

「もちろん。拒否した場合、月曜日にズル休みしてたことを先生に告げ口するから」


 そう脅迫されては、僕にはどうすることもできない。

 担任からの僕の評価が下がるだけならまだしも、優等生で通っている結衣花さんの評価まで下げるわけにはいかない。それに、そもそも僕と結衣花さんが一緒に旅行に行っていることをこれ以上誰かに知られるわけにはいかないのだ。


「わ、分かりました。喜んでご一緒させていただきます」

「ふふふ、よろしい……」

「夕島さんには一応言っておくけど、良い?」

「もしダメって言ったら?」

「て、寺島さんはそんな人じゃないと思いまーす……」


 流石に寺島さんが僕を好きとか、そういうわけではないはずだ。とはいえ、結衣花さんに無断で彼女と二人きりになるのは不味い気がする――そう思ってから、別に結衣花さんと付き合っているわけでもなんでもないのにと気づく。僕の自意識が過剰なのだろう。


「まぁ良いよ、わたしからちゃんと言っておくから」

「頼むよ……い、いえお願いいたします」

「ふふ、笹木くんを揶揄からかうの、思ってたより楽しい」

「勘弁してください……」


 明日には結衣花さんの家を訪れるというビッグイベントが控えているというのに、その前日も疲れる一日になりそうだった。

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