第48話 連休明けの朝食

 憲法記念日、みどりの日、子どもの日という三連休が明けた金曜日。本当ならその前の月曜日は登校しなければならかったのに、温泉旅行でズル休みしてしまった僕たちは、四月末の昭和の日から実質七連休を謳歌していたわけで。


「おはよう、孝樹こうき君」

「……おはよう……結衣花、さん……」


 目を擦りながらよろよろと起き上がる僕に、既にメイド服姿の彼女はにっこりと微笑み、軽くおどけてみせた。


「もう起きないと遅刻しちゃいますよ、ご主人様」


 実に一週間ぶりの登校は、そのために起きるだけでも拷問に等しかった。学校一の美少女にして我が家のメイドとなった彼女、夕島結衣花ゆうしま ゆいかさんが起こしに来てくれていなかったら、僕は本気で休んでいたかもしれない。


「あー……学校行きたくない……」

「こうやって引きこもりニートが生産されていくんだねぇ」

「引きニート言うな!」

「あ、起きた」


 顔を洗い着替えを済ませてリビングに行くと、ちょうど結衣花さんがテーブルに朝食を並べてくれている最中さいちゅうだった。制服を着た雪奈と澪奈も席に着いている。


「遅かったのう、我が眷属けんぞくよ」

「あら、てっきり起きてこないかと思ったわ」

「そ、そんなわけないだろ」


 今朝はパンとコーンスープ、それに目玉焼きというシンプルな組み合わせだ。


「ごめんね、本当はサラダも作るつもりだったんだけど……」

「いいって。ちょっと軽めの気分だったし」


 少し格好つけてそう言ってみると、目の前にいる雪奈に引かれてしまった。流石は妹、この程度の嘘などお見通しらしい。僕は彼女から目を逸らして、いただきますと手を合わせた。


「その……明日、本当に……?」


 パンをコーンスープに浸していると、物憂ものうげな結衣花さんが小さな声で尋ねてきた。


「うん、そのつもり。親の間で約束もしてあるし」

「そっか……」


 約束というのは、うちの父親と結衣花さんの母親の間で交わされたものだ。連休明け、僕の立ち会いのもとで母娘が一度話し合ってみるという約束。


「やっぱり気が進まない?」

「進むと言ったら嘘になる、かな」

「そりゃあそうだよね……」


 歌手になりたいという結衣花さんと、その非現実さを否定する彼女のお母さん。正直僕には、二人のうちどちらか一方だけが正しいとは思えなかった。でも、だからといって、このまま親子が断絶したままで良いはずもない。それに何より、少なくとも娘に暴力を振るったことに関しては、母親から謝罪の言葉を引き出さなければならないと思うから――。


「結衣花さんは今まで通り、思いの丈をぶつければ良いと思う。大丈夫、何とかなるよ」

「そうですっ。あたしたちもついてますし」


 ぐっと拳を握る雪奈に、僕は申し訳なさを覚えながらも言った。


「あー……ごめん。今日は雪奈と澪奈は自宅待機だ」

「え、どうしてよ!」

「お父さんが僕のことしか言わなかったみたいで。それに、最初からみんなで揃って押しかけるわけにはいかないだろ?」

「それは、確かにそうだけど……」

「よしよし、良い子だ。機会があったら、次は妹と来ますって許可を取ってみるから」

「子ども扱いしないで! 一歳しか変わらないくせにっ」


 むすっとしているから思わず頭を撫でてやると、怒った猫みたいにねのけられてしまった。


「我の力を必要とするのなら、いつでも遠慮せずに申してみるが良いぞ」

「ありがとね、澪奈ちゃん」

「うむ」

 

 その一方、澪奈は結衣花さんに頭をでられて嬉しそうにしている。女の子どうしなら許されるのだろうか。少し理不尽な気がしてならない。


「……何よ」

「何でもございません」


 この前みたいにデレてくれれば可愛いのになぁ――そう思いながらふと、あのキスの感触を思い出して右頬に手を当てていると、雪奈が真っ赤な顔でにらみつけてきた。彼女は彼女でしっかり覚えているらしい。


(どうしたもんかなぁ……)


 この前は一緒にお風呂にまで堂々と入った澪奈ともそうではあるけれど、雪奈に対してはさらに距離感を掴めていないままだ。何とかしなくちゃなとは思っているのだが、この問題が解決するのはまだまだ先になりそうだった。

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