第47話 トランプ(後編)
「さあ……どうぞ?」
差し出された手札に手を伸ばしながら結衣花さんの顔を見つめるけれど、彼女は涼しげな顔をして表情を変えてくれない。意外にポーカーフェイスなところもあるんだな、と今になって気づいた。
そう、僕たち四人はババ抜きをすることになったのだ。
澪奈、結衣花さん、僕、雪奈の順に時計回りにテーブルを囲む。僕は結衣花さんの手札を引いて、僕の手札を雪奈が引く形になった。
小学生の頃は妹二人に父親を含めた四人で、よくこうしてババ抜きをしたものだ。最初は父が山札を混ぜていたけれど、途中からは兄である僕の役目だ。
「おぉー、手慣れてる」
「まぁね」
美少女におだてられれば、ついつい格好つけたくもなるというもの。
プラスチック製のトランプなので、両手でお椀の形を作ってシャッフルしてみせると、結衣花さんは目を輝かせて拍手してくれた。……雪奈と澪奈からの視線が痛い。
「さ、さぁ……配るよ」
一通りトランプを配り終えて自分の手札を見てみると、そこには変なポーズを取った黒いピエロの姿があった。いきなりのババである。
「な、何よ……」
目の前に座る雪奈に向けて、僕は手札を向けた。
真ん中のカードを一枚、引いてくれと言わんばかりに飛び立たせて。
「ふっ……これでもアンタとは一番長い付き合いなのよ。思考回路くらい読めるわ!」
何故か胸に手を当ててドヤ顔を決めた長女は案の定、僕の挑発に乗ってそのカードをさっと引き――そして顔を真っ赤に染めた。
「あっ、もしかして雪奈ちゃん」
「ち、ちち違いますっ」
「はぁっ……いつものことながらこの愚姉は……」
表情に出ないようにということなのだろう、目を瞑って手札を差し出した雪奈。姉の隣に座っている澪奈は、やれやれと言うように深い溜め息をつきながら左端を引いて。
「あっ」
一瞬だが、思いっ切り慌てた表情を見せた。
「いや回るの速すぎだろ……」
「笹木家って顔に出やすいんだねー」
「いや、そんなことは」
否定しながら何気なく結衣花さんからカードを引こうとして、僕はふと手を止めた。さっきの彼女の言葉、すなわち『笹木家って顔に出やすいんだねー』というのは一種のフラグではなかろうか。つまり、何食わぬ顔で澪奈のババを引いている可能性だって十分にある。その前の僕の言葉も否定しなかったし。
「もしかして結衣花さん……」
「なぁに?」
彼女の目をじっと見つめると、微笑みながら首をこてんと
「どれにしようかなぁ」
「ちょ、ちょっとそんなに見つめられると……恥ずかしいよ……」
「……アンタ、見過ぎ」
不機嫌そうに身を乗り出してきた雪奈に首根っこを掴まれた僕は、慌てて結衣花さんのカードを適当に一枚選ぶ。そして。
(うわっ、本当にババ引いてたのか……!?)
「してやったり」とでも言いたげに、僕だけに見えるようニヤニヤしてくる結衣花さんから目を背けながら、僕はババを左端に配置して右手を雪奈に差し出した。
「さてと、今度は引っかからないわよ……それっ」
雪奈はババの一つ隣のカードを引き、見るからに嬉しそうな顔で手札を減らす。
続く澪奈も順調で、何周かする頃には、澪奈と雪奈は最後の一枚になっていた。
「どうせアンタがババを持ってるんでしょ」
「だとしたらどうする?」
「ふっ……これで終わりよっ!」
自信満々に彼女が選んだのは、僕から見て右端のカード。
それは――ババだ。
「ちっ、だめかぁ……」
だが、ここで僕は敢えて残念なフリをしてみせた。その方が場を引っかき回せて面白いからだ。そんな兄の奇行に目を丸くして、自分の手札を混ぜないまま澪奈に差し出した雪奈。次女は動揺する姉の様子を見て考え込みながら、しかし僕から雪奈が引いたカードを取ることは避けた。
「やったっ! 我の勝ちぞ!」
「おめでとう、澪奈ちゃん」
「良かったな」
「ぐぬぬぬ……」
(残るは結衣花さんが雪奈からババを引くかどうか……お願いだから引かないでくれ……)
弱気になりながらも、僕の手札も順調に減ってゆく。雪奈と結衣花さんも減らしてゆくけれど、いざ僕の手持ちが最後の一枚という時になって、学校一の美少女は突然宣言した。
「さあて孝樹君、私は今ババを持っています」
「マジですか……」
「うん、大マジです」
そう口にする彼女の手持ちは残り三枚。
結衣花さんの揺さぶりが本当なら、ババを引く確率は当然三分の一だ。そういえばさっきは適当に選んだ右端がババだったんだっけ――そう思い出した僕は左端を引きかけ、そして結局真ん中を選んで。
(うわっ、しくじったぁ……っ)
黒いピエロがあざ笑うかのように僕を見つめてきた。
「まさか、その顔……」
「さあ?」
苦虫を噛み潰したような顔の雪奈は、目を閉じて精神統一でもしたのか、よしっと小さく言って――。
***
「それで……この格好はいったい」
「罰ゲームだよ」
結局雪奈、次いで結衣花さんにも読み合いで敗北した僕は、なぜか結衣花さんがいつも着ているメイド服に着替えさせられていた。
「あの、ちょっと写真はNGで」
「だーめ、敗北者に人権はないの」
「大丈夫、孝樹君意外と似合ってるよ!」
「くっくっく、愚姉も悪よ
「タヒにたい……」
イケメンでもない男に女装させて何が楽しいのか分からないが、とにかく僕は十分くらいの間、楽しそうな三人の美少女に囲まれながら色々なポーズを散々とらされ。
一生分の黒歴史が三台のスマホの中に収められることになったのだった。
「SNSにアップしたり、誰かに見せたりはしないでよ?」
「ふふ、たぶんね……」
「そんなぁっ!?」
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