第46話 トランプ(前編)

「いやぁー、食べた食べた」

「美味しかったね。……あ、その皿は下げるよ」


 お腹をさすりながら満足げに天井を見上げている結衣花さん。その仕草にそこはかとなく色ぽさを感じてしまった僕は、逃げるように席を立った。


「え、私がやるのに」

「いいからいいから。結衣花さんは休んでて」


 幸せそうな顔をしている彼女に、今すぐ洗い物をさせてしまうのは男として忍びないのだ。いつも夕食を任せきりなのだし、このくらいは当然だろう。


「じゃあ、お願い。孝樹君はいい夫になりそうだ」

「ぶふぅっ!?」

「えっ……」

「ゆ、夕島先輩!?」


 皿を手に持って台所へ歩き出したまさにその時、背中から巨大な爆弾が投げつけられた。思わず澪奈のごとく皿を落としかける僕。マカロンのことでまだネチネチと頬っぺたを引っ張り合っていた姉妹も、この爆弾発言には流石に固まってしまった。


「あ、ごめんごめん。ちょっと揶揄からかっただけだよ」

「い、いくらなんでも心臓に悪いって……」

「そうですよっ。そんなことを軽々しく言うと、このバカはすぐ調子に乗って勘違いしちゃいますから」

「もう……雪奈ちゃんは素直じゃないなぁ」

「素直ですっ!」


 身を乗り出している雪奈の姿に溜め息をつきながら、僕はこっそり胸をで下ろした。振り返ってみれば、こうして我が家にいる時の結衣花さんは結構大胆な気がする。

 学校での彼女はもちろん素敵だ。一挙手一投足に卒がなく上品で、誰にでも明るく優しい。陰で何か悪口を言ったり、ふざけて他人に迷惑をかけたりしない。


(まぁ……意識されてるなんてありえないだろうしな……)


 ここでは母親と対立することはないし、妹二人が一緒にいるから僕と二人きりになる場面も少ない。彼女にとってリラックスできる空間を提供できているのだとしたら、僕としてもここにいるよう提案した甲斐かいがあったというものだ。

 でも、それが少し残念でもあって。

 僕に自然体で接してくれる彼女は、同級生の男と同居することになんの躊躇ためらいも抱いていないのだろう。もちろん、信頼してもらえるのはとても嬉しいし、本当に有難いことだ。学校一の美少女を相手に不相応な高望みをしすぎななのは、自分でも一応分かっているつもりなのだが。


「この後何かしない? せっかく四人揃ってるんだし」


 洗い物をしているうちに冷水から温水にようやく切り替わった頃、いつの間にか僕の隣に立っていた結衣花さんが顔を向けてきた。


「そうだなぁ……雪奈、澪奈。何かしたいことでもある?」

「我は神経衰弱」

「あたしはババ抜き」

「そっか。とりあえずトランプでいい?」


 そこまで言って、肝心の結衣花さんに何も聞かないまま話を進めてしまったことに気づいた。


「ご、ごめん」

「ううん、私もトランプが良いなって思ってたから。でも――ちょっとけちゃうな」

「えっ、ごめんよく聞こえなかった」

「何でもなーい」

「おう……じゃあ、トランプってことで」

「うん、いいよ」

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