第44話 そうだ、マカロンを作ろう。(中編)

「卵はまだ家にあったし、グラニュー糖は買えたし……」

「あとは乾燥卵白とアーモンドプードルかぁ。バターはあったっけ?」 

「大丈夫だよ。あ、バニラエッセンスと食用色素もないかも」


 僕の隣を歩きながら、結衣花さんがスマホのメモ帳とにらめっこしている。今や我が家の冷蔵庫の中身は、彼女が全て完璧に把握しているのだ。


「ところでアーモンドプードルって何だっけ?」

「プードルはパウダーのフランス語だよ。だからアーモンドパウダーっていう名前で売ってるかも」

「犬の名前かと思ってた……最初からパウダーって書いてくれれば良いのに」

「ふふ、変なの。ほら、マカロンだってフランス語なわけだし」

「いやまぁそうなんだけどさ……」

 

 ぶつくさ言いながら店の中をぐるぐる歩き回ったが、ない。

 乾燥卵白とバニラエッセンスは何とか見つかったけれど、アーモンドプードルと食用色素が一向に見つからなかった。

 意を決して店員さんに聞いてみたところ――。


「マジ、かぁ…………」

「そ、そんなに落ち込まなくても。ほら、きな粉でも代用できるって書いてあるし」

「いや、きな粉でマカロンはちょっと……」


 どちらもないと言われてしまえば落ち込みもする。とはいえ、僕よりも余程お菓子作りに思い入れのあるだろう結衣花さんが殊勝な顔をしているのを見れば、僕ばかりがどんよりしているわけにもいかない。


「そうだ、ついでに明日以降の買い物も済ませちゃおうか」

「お金は足りそう?」

「あはは、結衣花さんに給料払わないことになっちゃったからね。ポイントも貯まってるし」

「そっか」


 献立はもう決まっていて、明日の夜はなんとピザを手作りしてくれるらしい。明後日はナポリタンスパゲッティだそうだ。


「洋風が続いちゃうけど……良い?」

「結衣花さんの作る物なら何でも良いよ」

「もう……っ」


 レジのカウンターで思い切り素直に言ってしまって、店員さんに温かい目で見られてしまった。


「孝樹君ってさ、時々かなり大胆なこと言うよね」

「ご、ごめん」

「責めてないよ。むしろ嬉しくて」

「そう?」

「料理を褒めてもらえたの、中学校の調理実習以来だもの」


 エコバッグに牛乳パックを詰めている自分の手に目を落としながら、彼女は淡々と言った。お母さんは褒めてくれないんだ、ひどい――そう言いたくなる気持ちをグッとこらえる。

 彼女は顔を上げて微笑んだ。


「だから、私頑張るね」

「結衣花さん……」


 彼女のぶんまで荷物を持って、僕たちは店を出た。



 ***



「お、お帰り」

「雪奈!?」

「ただいま、雪奈ちゃん」


 二人並んで玄関に入ると、どこかそわそわした雰囲気の長女が出迎えてくれた。驚いている僕とは対照的に、結衣花さんは落ち着いている。雪奈がむすっとした目を向けてきた。


「何よ……最近はわりと言ってるじゃん」

「まぁ、確かに……」

「デート、楽しかった?」

「ちょっ、で、デートって」


 結衣花さんが一足先に洗面所へ言ったのを見計らって、妹が囁いてきた。どこか棘がある口調のように聞こえるのは気のせいだろうか。


「どうしてあたしに黙ってたのよ」

「だってほら、雪奈は受験勉強で忙しいのかなと。それに、声をかけたら怒るかと思って」

「そんなに短気なわけないでしょ……」

「えっ」

「何よその反応!?」

「あ、ずるい。二人とも楽しそうにしてー」


 戻ってきた結衣花さんに弁解しながら、僕も手を洗いにいった。後ろから雪奈もついてくる。


「何を買ったの?」

「牛乳。ほら、昨日雪奈が『もっと大きくなりたいのに……』って呟いてたから」

「うああああぁああああーっ」


 主に胸の辺りを押さえながら崩れ落ちる長女。

 ちょっと可哀想……あと若干セクハラ気味な気もするが、マカロンの材料を買ってきたことはまだ秘密にしておきたい。


「お、覚えてなさいよ……いつか大きくなって後悔させてやるんだから……っ」

「おう。楽しみにしてる」

「楽しみぃいいいーっ!?」

 

 リビングに入ると、早速いつものメイド服姿に着替えていた結衣花さんにニヤニヤされてしまった。


「いやぁ、兄妹仲がよろしくて何よりですなぁ」

「勘弁してよ……それで、まず何をすれば良い?」

「えっ、私一人で作れるよ」

「僕がいると邪魔?」


 我ながらズルい聞き方だと思ったが、マカロンをどうやって作るのか、正直興味があるのだ。


「えっと……実は結構手伝って欲しいかも。ハンドミキサーってある?」

「ないと思う。昔あったやつは壊れちゃってた気がするし」

「卵白とか卵黄とか、かなり混ぜなくちゃいけなくて。力仕事押しつけちゃって申し訳ないんだけど……お願いしてもいい?」

「もちろん」


 そんなわけで、僕も自分のエプロンをつけて彼女の隣に立った。

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