第4章 対決……!?
第43話 そうだ、マカロンを作ろう。(前編)
連休というのは本当に人をダメにする――そんな気がしないでもない。
五月最初の火曜日に鬼怒川温泉旅行から帰ってきた僕たち四人は、どっと疲れが出て思いっきり爆睡。翌日の今日になっても朝ご飯を作るので気力を使い果たし、こうしてソファでだらだらしている次第である。
「いやぁー、ごめんね……私がもっとシャキッとしてれば……」
「そんなことないよ。展望台とか日光とか、たくさん歩き回ったし」
三人掛けのソファ。真ん中の一人分のスペースを空けて僕の左側に座っている彼女も、流石にまだ疲れが抜けきっていないようだった。少し前に買ったあのメイド服ではなく、朝からずっと薄いグレーのパジャマを着たままだ。
「雪奈ちゃんと澪奈ちゃんは何をしてるんだろうね」
「さ、さぁ……」
澪奈は絵を描いているか、あるいはベッドに寝転がってラノベやらマンガやらを読んでいるだろうと思う。神絵師だということは結衣花さんに秘密にしているだろうから、もちろん僕ははぐらかすしかない。
そして雪奈は――正直想像できなかった。兄として恥ずかしいことこの上ないのだけれど、彼女がいつも部屋で何をしているのか、そもそも何が好きなのか、これが全く分からないのだ。夜になるとピアノの練習をしていることは、音が漏れ聞こえてくるから知っている。
「そうそう、雪奈ちゃんピアノ上手だよね」
「直接聴いたことあるの?」
「この前教えてもらったよ。あっ、音はもちろんだけどね、手も指も細くて綺麗だったなぁ」
「その割には卵とかよく潰すけど……」
「不器用なわけじゃないってことだよ。澪奈ちゃんもきっとそう。練習すれば伸びるタイプだから安心してね、お
「うっ……その呼び方はちょっと……」
謎のあざといポーズを取る結衣花さん。それはさておき、流石にピアノの他にも何か趣味があるはずだ。しかし、思春期で反抗期の雪奈が兄に素直に教えてくれるはずもない。
「こっそり覗きに行く?」
「ダメだよ! もし着替え中だったらどうするの」
「それは……」
妹の着替えくらいでと言いかけたものの、結衣花さんにドン引きされる未来しか見えなかったし、これ以上妹たちに嫌われてしまうのは避けたい。それに――。
(何ていうか……いや、別に何でも……っ!)
思わず触ってしまった。あの真夜中の混浴露天風呂で、彼女の唇が触れた右頬を。
おいちょっと待て、僕は何を考えてるんだ。
無意識に出てしまっていた手を引っ込めて、慌てて思考を切り替える。
「うん? どうしたの?」
「い、いや何でもない。やっぱり覗き見は良くないなってね。ほら、二人にはああ言われたし」
『覗いたら……〇す』
『我が
それに、もとより僕とて本気で部屋を覗きに行こうとは思っていない。
「うん…………」
それを聞いて安心したのか、結衣花さんが突然こちらに倒れてきた。
「ちょっ、結衣花さん!?」
「ごめん……眠くて……」
「そっか。そうだよね」
僕の両膝の上に横になった彼女が静かに目を閉じる。女の子特有の良い匂いが漂ってきて、もうどうにかなりそうだった。ふわりと広がった茶髪は縮れの一つもなくサラサラしていて、僕はいつの間にか手でそっと
「どう? 私の髪」
「ご、ごめんっ……その、すごく綺麗だよ」
「えへへ……触りたいなら……触ってて良いよ……」
「う、うん。おやすみ、結衣花さん」
「おやすみぃ……」
いつになく甘えん坊モードの美少女を膝枕しているという信じがたい状況に、髪を梳く右手が止まってくれない。それでも、彼女がその小さな顔を幸せそうに緩めてくれているのを見ているうちに、僕の心も少しずつ穏やかになって、やがて幸せな気分が満ちてくるのが分かった。
「何とかしなくちゃな……」
こんな女の子が自分の娘だったらどんなに幸せだろう。結衣花さんに暴力を振るっているという彼女のお母さんのことが、僕には全く理解できなかった。よほどストレスを抱えているのか、それとも他に何か理由があるのか……。いずれにせよ、この連休が明けたら、僕たちは結衣花さんの母親と向き合わなければならない。そして、二度と殴り合いなんてことにはならないようにするのだ――。
そう覚悟を決めていると、何か楽しい夢でも見ているのか、彼女が楽しそうに笑った。
「えへへぇ……マカロン……マカロンがいっぱいだよぉ……」
「ふふ、何言ってるんだか」
苦笑してから、僕はふと傍に置いておいたスマホを取り出した。
宿題をやる気分ではないし、かといって他にすることもない。
せっかくの休日なのだ。作ってみようじゃないか、マカロン。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます