第38話 鬼怒川温泉旅行⑤ 大浴場にて

「どれどれ、どんな感じかなっと……」


 意気揚々と部屋に入った僕たちは、入り口を開けて固まった。

 部屋の大きさはまぁ予想通りだ。奇跡的に空いていた六畳一間を予約しないという手はなかったし、一人暮らしの安アパートと同じくらいの広さだということは分かっていた。それでも、その狭さが必然的にもたらす結果を、僕たちは理解していなかったのである。


「布団が……」

「二つ……」

「……並んでるね」

「……くっついて」


 手前にある小さな机と椅子の奥に、二枚の布団がぴったりくっつけて敷かれていた。確かにそうなるのが当然だろう。このスペースで人数分の四枚を敷くのは不可能だから。でも、それにしても――。


「これ、どうしようか……」


 誰がどこで寝るか、すんなり決まる未来がどうやっても見えない。取り敢えず布団の話題はいったん置いて、僕たちはここに泊まった主目的である温泉に向かうことにした。


「ちゃんと目を塞いでてよ?」

「あ、当たり前だろっ」


 女子三人に背中を向けて、僕は備え付けの浴衣に袖を通した。シュルシュルという衣擦きぬずれの音がすぐ後ろから聞こえてきてどうにも居心地が悪いけれど、そのうち二人は妹のものなのだ。澪奈とはこの前一緒に風呂にまで入ったし、雪奈は――あれっ、最近あまり一緒に何かしたことはなかったかもしれない。やっぱり難しい年頃だし、少し距離が縮まってきたとはいえ仕方ないだろう。どちらかと言えば結衣花さんや最近の澪奈との距離感の方が異常なわけで。


「もうこっち向いて良いよ」

「お、おう」


 恐る恐る振り向くと、三人ともちゃんと浴衣を身に着けていた。それでは着替えと鍵を持っていざ出発……と言う間もあまりなく、僕たちは部屋からほど近いところにある一階の大浴場にすぐ到着した。


「じゃ、また後で」

「ばいばい」



 ***



 孝樹君と別れた私たちが女湯に入ると、流石に連休中の人気ホテルだけあって、中年から老年の女性たちで溢れていた。芋洗い状態とまでは言わないにしろ、洗い場が一杯一杯になるくらいには人が多い。


「うわー、もうちょっと人が少なかったら良かったのに……」

「仕方ないでしょ……これでも少ない方よ」


 順番が空くのを待って、私たちはまず頭と身体を洗うことにした。歩き回って疲れたし、汗も結構かいていたので、身体をやっと綺麗にできて嬉しい。ボディーソープを洗い流していると、横から二つの熱い視線が胸元に突き刺さってくるのを感じた。


「むぅ……」

「くっ……」

「ちょ、ちょっと二人とも……? そんなにじろじろ見ないでよ……」


 女どうしとはいえ、まじまじと見られるのはやっぱり恥ずかしい。確かに大きさにはそれなりに自信があるけれど、だから良いというものではないでしょうに。


「その発言……」

「万死に値します……っ」

「えぇっ!?」


 澪奈ちゃんはまだ中学一年生だし、雪奈ちゃんは平均的な大きさだと思うのだけれど――。


「……大きいの、そんなに羨ましい? 重くて肩は凝るし動きにくいし、しょっちゅう視線を感じるし……今みたいに!」

「うぐっ」

「でも、一度は今みたいなセリフを言ってみたい……っ」

「あはは、そういうものなのかな」


 すっかり洗い終えた私たちは、いざ大きな浴槽に入ることにした。手の先で触ってみると、お湯が予想以上に熱い。いきなり全身に掛けなくて良かった。


「こ、これ……あたし、ちょっと無理かも……」

「大丈夫だよ、ちょっとずつ慣らしていけば」

「でも」

「そんなんじゃ、孝樹君と混浴はできないだろうなぁー」


 澪奈ちゃんが涼しい顔をして入っている横で躊躇ためらっている雪奈ちゃんに、私は必殺の一撃を放った。

 そう、混浴だ。正確に言えば貸切露天風呂。私が知っているのだから、あれだけ入念に調べていた彼女が知らないはずはない。一組三十分までしか使えないみたいだけど、逆に言えばその三十分をフル活用したいところ。


「もし今から五分お湯に浸かれたら、孝樹君とは雪奈ちゃんたちが入って良いよ。私は部屋で待ってるから」

「そ、それで良いんですか……?」

「良いよ? 私はにさせてもらうよ」

「ちょっ、それはっ」

「まぁそれは半分冗談だけど」

「半分……」


 本当は私だって一緒に入りたい。でも、本来これは雪奈ちゃんたち一家の旅行なのだ。私はあくまで居候いそうろうの身だし、今日は二人のお兄ちゃんと恋人繋ぎもできた。十分な成果だと思う。これ以上私が出しゃばって二人に嫌な思いをさせたくはない。


「雪奈ちゃん、孝樹君と一緒に入りたくないの?」

「うっ……」

「わたしも結衣花さんに乗る。わたしはこの前、お兄ちゃんと一緒に入ったし」

「ええっ!?」


 横から割って入ってきた澪奈ちゃんの爆弾発言に、今度は私が驚く番だった。


「ちょっと澪奈ちゃん、孝樹君と一緒に……?」

「うん。ふふ、結衣花さんのそんな顔、わたし初めて見た」

「うぅ……」


 これは一本取られた……まさか澪奈ちゃんという伏兵がいたとは。立ち上る湯気の中、彼女が耳元で囁いてくる。


「結衣花さん。今日のところは雪奈ちゃんに譲ってあげない? その代わり、明日の夜はわたしたちで……」

「良いね。その話、乗った」

「ちょっと二人ともっ、何をこそこそと……っ」

「何でもなーい。ほら、じゃあ雪奈ちゃん、いくよ? いーち、にぃー、さぁーん――」


 のぼせそうになったら止めなきゃと思いながらも、この五分は結構楽しめそうだなと思ったわたしだった。

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