第36話 鬼怒川温泉旅行③ 吊り橋
早くも小腹が空いてきたところで、僕たちは雪奈がネットで見つけた近くのカフェに入ることにした。そこは二階建てのこぢんまりした建物で、案内されたのは道路に面した屋外の席。口コミが良いだけあって、みんなで頼んだフレンチトーストはフルーツやらクリームやらが乗っていて美味しい。これは結構インスタ映えしそうだなと思っていたら、結衣花さんと雪奈が色々な角度からシャッターを切っていた。
「ふぅー、美味しかったね」
「カロリーめっちゃ高いだろうけど、今日はチートデーということで……」
満足そうにお腹を
「よし、じゃあ今日一番の目的地に出発しようか」
「展望台だっけ?」
「そう。結構人気らしいよ」
僕たちは今日一番の目的地へと向かうことにした。
カフェを出て北西に向かい、突き当たりを左折してしばらく進むと、今日から二泊することになるホテルが見えてきた。
「あ、あったよ鬼怒川王国ホテル! もう車がたくさん止まってるね」
「吊り橋はこのもう少し先?」
「そう。もうすぐ着くから」
「えー、でも今日はまだまだ歩くんじゃ……」
「それが旅行というものよ、澪奈」
……なんだろう、今日の雪奈はしっかりお姉ちゃんしている気がする。さっきだって、お昼をどこで食べよう、またコンビニで弁当でも買おうかなどという旅情の欠片もないことになりそうだった時に、彼女が自ら進み出てくれたのだ。
「ほら、見えてきた」
果たして、ホテルに隣接する駐車場のすぐ奥に、これから渡ることになる黒い吊り橋――鬼怒
「全長140メートル、高さは37メートル……思ったより長いね」
「吊り橋って言うからには揺れそうだけど、みんな大丈夫?」
「ふふ、私は平気だよ。孝樹君こそ大丈夫なの?」
「僕はむしろここが楽しみだったくらい。雪奈と澪奈は?」
「あ、あぁああたしはべべ別にっ!」
「わわっ、わたしだって怖くなんか……ない、し……」
顔を見合わせて、僕と結衣花さんは苦笑いした。
「仕方ないなぁ……ほら、澪奈」
左腕を差し出すと、中学一年生の次女がギュッと抱き着いてくる。普段のクールさはどこへやら、腕に押しつけられた平坦な胸から心臓の鼓動が聞こえてきそうなほどだ。
「あ、あのぅ……あたしは……?」
「雪奈は大丈夫だろ? 僕と一つしか変わらないんだから」
頬を膨らませる雪奈に味方した結衣花さんに、胸の真ん中を指でトンとつつかれる。
「そんな意地悪しないの。妹の面倒を見るのは孝樹君の役目でしょ? お兄ちゃんなんだから」
「そ、そうよ……せ、責任……取ってよねっ?」
「そ、そういう
ツンツンしながらも僕の右腕を抱き締めてくる雪奈。二の腕に当たる感触は澪奈より少し大きい――っていやいや、そんなことを思っている場合ではない。年甲斐もなく兄妹三人でひっついている僕たちに向けられる、連休を満喫中のたくさんの観光客の視線が痛いのだ。結衣花さんはさっきからずっと目を閉じてにこにこ笑っているし。
「じゃ、じゃあ……さっそく行こう」
吊り橋は大人二人がちょうど通れるくらいの幅しかなく、必然的に僕たちは潰れそうなほど密着することになってしまった。三人の重さが集中しているせいか、歩くたびにギーッと音がしてゆらゆら揺れる。
「ちょ、ちょっとこれ、大丈夫なのよね!?」
「こ、怖いぃ……」
「た、確かに……」
「アンタまで!? 年上なんだからしっかりしなさいよっ」
「お兄ちゃん、場所変わって……」
「それはダメっ」
僕を挟んでブルブル震えている妹たちをよそに、後ろを歩く結衣花さんは鼻歌を謳いながら楽しそうだ。
「おぉー、こりゃあ高い! いい景色だなぁ」
「ひぇっ……」
「おい雪奈、下を覗くとますます怖くなるって……」
「うぇっ、吐きそうになってきた……」
「頑張れ澪奈、もう少しで真ん中の広い場所に出るから!」
***
「お疲れさま、二人とも」
「これ、帰りもまた渡るのよね……?」
「わたし、もう無理……ここで朽ち果てる……」
「おい」
両手に花と言えば聞こえは良いのだけれど、それが妹二人でしかも高所恐怖症気味となると話は別だ。とはいえ、二人が怖がるのもよく分かる。下を流れる渓流はとても綺麗なのだが、
「おいおい、三人とも元気ないですなぁ」
それに引き換え、ボブカットの茶髪をそよ風に
「だって……」
「怖かったんだもん……」
「それで良いの、二人とも? この先には『縁結びの鐘』もあるけど」
思い出したというように、死んでいた雪奈の目がハッと見開かれる。
顔を青くしていた澪奈も必死に起き上がった。
「行かなきゃ……」
「わ、わたしも……」
「ちょっ、二人とも!?」
驚いて引き留めかけた僕に、妹たちはまるでこれから死地に
「止めないで、お兄ちゃん……」
「これはあたしの戦いだから……」
「お、おう。でも、無理はするなよ……」
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