第32話 駅ビル買い物デート(中編)
エスカレーターを昇ってまず僕たちが向かったのは、駅ビルの二階にある京王ストアだ。物凄くお洒落な服はさほど売っていないけれど、下着から上着まで一通りの服が揃っている。
「みてみて! 私に似合うの、どっちだと思う?」
結衣花さんが手に取ったのは無地のTシャツ二枚。右手のシャツはピンク色、左手のは黄色だ。
「うーん、やっぱりピンク色かなぁ」
「そう言うと思った」
「……ちょっと、あたしのも見て」
なぜか少し不機嫌そうな声がして後ろを向くと――。
「ちょっ、雪奈っ!?」
「な、何よ……別にただの布でしょ……っ」
売り物の
「いや、確かにただの布だけど……でも下着は下着なんだけどっ!?」
「へ、へぇ……意識しちゃうんだぁ……妹の下着なのに?」
「ただの布なんじゃないのかよ」
「――うるさいバカっ」
「理不尽っ!?」
思わず少し大きな声で叫んだ瞬間、横を通り過ぎた中年女性と目が合った。微笑ましげにニッコリされてしまい、僕は苦笑いの表情を浮かべながら慌てて小さく
「それで……どう?」
顔を真っ赤にしたまま、ピンク色のブラジャーを白のワンピースの上に当てて聞いてくる雪奈。というか、まだ続いてたのかこの会話……。
「どうって、僕に言われましても……」
「あたしがアンタに聞いてるの! い、一応異性だし」
「そうだよ孝樹君。ここはちゃんと意見しないと」
「逃げようとしても無駄であるぞ、我が
「ふ、二人とも――」
左右の女性陣までもがなぜか雪奈の味方に回ってしまい、結衣花さんはニヤニヤしながら僕の脇腹を
「――ちょっと待って。雪奈……お前、下着を異性に見せる予定があるのか?」
「はぁっ!?」
「あーあ……」
「これはこれは……」
ま、まさか。
横合いから、結衣花さんが最悪の想像を
「雪奈ちゃん、お兄ちゃんが知らないところでクラスの男子と良い感じなのかもよ? どこの馬の骨とも知れない男子と……」
「くぅっ……!」
「我が姉だけに、男を見る目なさそう……我が姉だけに」
「夕島先輩も澪奈もひどいっ!? ってか澪奈、自虐ネタしてまであたしを
「ふふん、当然である」
澪奈がどうして勝ち誇っているのかはさておき、僕は今極めてショックを受けていた。
言われてみればその通りだ。家での言動こそまだまだ子どもっぽい雪奈だが、僕と結衣花さんとは一つしか違わない。学校ではもっと落ち着き払っていて大人びて見えるのかもしれないし、紺色がかった長い黒髪は手入れが行き届いて綺麗だ。僕にとっては妹補正がかかっているだけで、客観的に見れば言うまでもなく美少女である。モテないはずがない。僕と違って、毎日のように告白されていてもおかしくない。
「ヤバい……そうだ、どうして今まで気づかなかったんだ……どうしよう……もし突然雪奈が家にクラスの男子を連れてきたら……もしもそいつが変な奴だったら……」
「あー、やっぱりこの人シスコンだ」
「知ってた」
頭を抱えながら思わずモードに入ってしまっていると、額に強烈なデコピンを受けた。
「痛っ!?」
「もういいからっ! あと別に見せる予定も――ないし」
「……今、ちょっと言いよどんだよね」
「お兄ちゃんに……だけは」
指摘すると、ブラジャーを下着売り場に戻しに背を向けた雪奈がぼそぼそと言った。本人は独り
「……っ。そ、そういえば水着。水着を買いに来たんじゃなかったっけか!」
「そうだった。奥まで行ってみる?」
強引に話題を帰ると、さっそく結衣花さんが先に立って歩き出した。
……それにしても、視界に映るのがさっきからピンク色ばかりだ。婦人服売り場の方が広いから当然なのだが、まるで女性専用車両に間違って乗ってしまったかのようでひどく居心地が悪い。
「うーん、水着はあんまり売ってないね」
「まだ五月にもなってないから仕方ないよ」
探してみると、隅の方に一応水着売り場があった。コーナーとしてはまだまだ小さい。あと二か月もすれば一大コーナーになるんだろうけど、あいにく買いたいのは今なのだ。
「結衣花さんは水着持ってないんだよね?」
「そうなの。学校の水着じゃ流石にね――」
「……」
「――あ、ごめんごめん! す、スク水にはスク水の良さがあると思うよ……?」
澪奈の視線に
「これとかどう?」
「……ちょ、ちょっと派手じゃないかなー」
「そう? あ、もしかして私の水着姿を他の人に見られたくないとか?」
楽しそうに聞いてくる結衣花さん。
「……それもなくはないけど。でもほら、雪奈の奴が変な対抗心を燃やしそうだし」
「それもそっかぁ」
少し離れたところでああでもないこうでもないと言って悩んでいる長女を見ながら、僕は結衣花さんから目を
「じゃあ……こっちにしようかな。さっきピンク色の方が似合ってるって言ってくれたし」
「う、うん。さっきのよりは少し布面積も広いみたいだし……良いんじゃない?」
「決まりだね。――そこの試着室で見せてあげよっか?」
「はい……!?」
「ふふ、冗談。売り物の水着は試着できないだろうし。慌てちゃって可愛い」
悪戯っぽい顔で僕の胸を人差し指でトンと押した彼女は、ピンクの水着がかかったハンガーをレジに持っていった。
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