第31話 駅ビル買い物デート(前編)

「はぁっ!? 明後日から鬼怒川温泉に旅行!?」


 連休初日、昭和の日である金曜日。すっかり昇った朝陽のあふれるリビングに、雪奈の可愛らしい怒声どせいが響き渡った。


「……いくらなんでも急すぎるぞ、我が兄よ」

「ご、ごめん二人とも」


 妹たちが怒るのも無理はない。しかし迷っていると泊まり先の予約が完全に埋まってしまうため、僕はこうして頭を下げるしかないのだ。


「どうかな、雪奈さん……温泉は嫌か?」

「べ、別に嫌ってわけじゃ」

「温泉に行きたいって言ったのは私なの」

「夕島先輩が……!? わ、分かりました。あたしは良いわよっ! 温泉旅行でも」


 ……雪奈の奴、結衣花さんのお願いにはに弱い気がする。年上のお姉さんの美貌に押されてしまうのだろうか。兄にもこの調子でもう少し優しくして欲しいのだが。


「澪奈は?」

「我は……構わぬ。そこののように我がままではないのでな」

「そっか。良かったね、結衣花さん」

「うんっ」


 でも、昨日あんなに悲しんでいた彼女の弾けるような笑顔を見ていると、反抗期の妹がちょっと強く当たってくるくらい可愛いものじゃないかと思えてくるから不思議だ。


「ホテルはここくらいしか空いてないんだけど、ここでどう?」

「へぇー、三人部屋だけどまぁ大丈夫でしょ。部屋もわりと新しいみたいだし」

「ほう……Wi-Fi無料なのは助かるな。旅先でもデータ量を気にせずに絵が描ける」

「プールにカラオケ、卓球場まである! ここに一泊五千円で泊まれるって結構お得じゃない? 奇跡的に空いてたんだね」

「ほんと、ラッキーだと思うよ」



 ***



 ギリギリのところでホテルの予約に成功した僕たちは、最寄り駅のショッピングセンターにやって来ていた。


「……水着が欲しい?」

「う、うん。だってせっかくプールがあるのに、学校の水着で入るのは嫌じゃん」

「まだ五月だよ。寒くないの?」

「別にっ」


 なぜかそっぽを向く雪奈。


「結衣花さんも水着買うの?」


 ふと聞いた途端、僕の太ももを割と強くつねってくるバイオレント長女。


「そうだなぁ、雪奈ちゃんが買うなら私も見てみようかなー」

「夕島先輩……!?」

「妹ちゃんには負けられないからね」

「ぐぬぬぬ……っ」


 何の勝負なんだと突っ込みたくなった僕は、少し離れて歩いている澪奈に声をかけた。


「澪奈はどうするの?」

「わたし?」


 体力のないポニテ次女は、こうして外出して歩き疲れると厨二病モードから素の状態に切り替わることが多い。


「わたしは別にいいよ。どうせあの二人は大胆な水着でお兄ちゃんを誘惑するつもりなんだろうけど」

「お、おいおい……誘惑って」

「でも、わたしは学校の水着で良いかなって。だって競泳水着――じゃないや、スク水だよ? 露出度は低め、可愛らしいフリルもなんにもないただの黒い布切れのくせに、身体にピッタリと張りついてボディラインを容赦なく浮き立たせてくる薄めの布地。それ以外にもあちこちにフェティシズムを詰め込んだ――」

「…………澪奈さん?」


 急に饒舌じょうせつになった澪奈。

 これはあれだ。彼女はどうやらよわい十三にしてスク水フェチの変態になってしまっていたらしい。


「うぁああああ……っ! 何でもないっ! 今のは忘れて……っ!」

「いや、忘れてと言われましても……」

「だから忘れてよぉ……っ」


 羞恥しゅうちに頬を染めて涙目になり、グーの手で胸をポカポカと殴ってくる彼女を、僕は不覚にも少し可愛いと思ってしまった。普段は厨二病の妹なのに、だ――。



*実際には子供だけで宿泊するのは難しいと思いますが、そこは突っ込まないでいただけると助かります……。

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