第27話 初めての同衾(前編)

「諦めるのは早いぞ。キャンセルだって出る」

「そんなぁ……」

「せっかくの連休なんだ。この機会に親睦しんぼくを深めてこい」

「確かにそれは楽しそうだけど――」

「だろ? それじゃ、行き先が決まったらまた連絡してくれ」

「ちょっ、父さん!」


 勝手に通話を切られ、僕はしぶしぶ家の中に戻る。メイド服にエプロン姿の結衣花さんが台所で食器を洗いながら声をかけてきた。


「お父さんと電話?」

「あ、うん」

「楽しい話だった?」

「まあまあかな。雪奈と澪奈は今どこに?」

「雪奈ちゃんは自分の部屋で勉強。澪奈ちゃんはお風呂に入ってるよ」

「了解。後は僕がやるから」


 そう言って彼女の隣に並んだのだが、結衣花さんは引き下がらない。


「ダメだよ。これは私の仕事だし、それに好きでやってるんだから」

「いやいや、今日は結花衣さんの歓迎パーティーなんだし、お客さんはゆっくりしてて」

「ううん、居候させてもらう身としてはこれくらいしないと。それに、お金をもらってるし」


 ……言うには少し早いと思ったのだが、仕方ない。


「それなんだけど……父さんが、結衣花さんにもう給料を出すなって」

「えっ……!?」

「だってその……これってもう……どっ、同棲……みたいなものじゃん?」

「――確かに」

「一緒に暮らすんだから、お金を出して家事をやってもらうとかじゃなくてさ。……支え合っていこうよ」

「なるほどね。……孝樹君、誕生日いつ?」

「え? 5月21日だけど。結衣花さんは?」

「私は7月10日。そっかぁ、私は妹――義妹かぁー」


 義妹……っ!

 言われてみれば、現状の僕たちの関係を表す言葉はまさにそれだ。義兄妹。


 ――『そして出来れば将来の奥さんになってもらえ』


 父さんのふざけた、でもそれにしては真面目くさった声が脳裏によみがえる。確か義妹となら結婚もできたはずで……。


「じゃあ、お義兄にいちゃんのお言葉に甘えて……はい」


 水に濡れた茶碗を横から渡される。


「それ、食洗機に入れてもらえる?」

「わ、分かった」


 二の腕どうしが自然に触れ合う。

 高校でもトップクラスの美少女の体温が、息遣いがダイレクトに伝わってくる。


「なんか……新婚さんみたいだね」

「ぶふぅうっ!?」

「ふふっ、ごめんごめん。私たちは義兄妹きょうだいだものね」

「……うん」

「それとも、やっぱりご主人様って呼んだほうがいい?」

「い、いや結構です」


 くすくすと笑う彼女の仕草、言葉一つ一つにドキドキさせられる。


「結衣花さんと結婚したら幸せだろうなぁ……」

「こ、孝樹君っ……!?」

「あっいや、これはその……」


 心の中で思っていたことがつい口にそのまま出てしまい、それからはお互い口数が少なくなった。


「ふー、思ってたより早く片付いちゃった。あ、ありがとね」

「こ、こちらこそ」

「そ、そうだっ。お風呂どうする?」

「僕が最後に入って洗うよ。結衣花さんが先に入って」

「ありがとう。……覗いちゃダメだよ?」

「覗かないからっ!」

「……」


 なぜか溜め息をついて去ってゆく結衣花さん。もしかしてこれが「誘ってんのよ」というやつなんだろうか。

 いやいや、思い上がりもはなはだしい。せっかくの美少女との同棲生活だ、犯罪まがいのことをして険悪になってしまったら最悪である。


「……雪奈にもそろそろ入ってもらうか」


 僕は手を拭いて食洗機のスイッチを押し、二階にある雪奈の部屋へと向かった。



「雪奈ー。お前もそろそろお風呂入ったらどうだ?」

「ひゃいっ!?」


 扉越しに声をかけると、やたら可愛らしい声が返ってきた。驚かせてしまったらしい。


「急にごめんな。勉強中だったか」

「い、いや今はその……気分転換してたから」

「そうか」


 ならば良いのだが、なんだか声がくぐもっているような気がする。


「……もしかして寝てるのか? 体調大丈夫?」

「べ、別に寝てないっ! しつこく聞かないでこの変態っ!」

「お、おう……ごめん」


 どうやら少し心配しすぎたみたいだ。雪奈は今年受験だし年頃の女の子だから、口うるさい兄に反抗するのも当然なのだろう。


「昔は可愛くひっついてきたんだけどなぁ……」


 公園で仲良く遊んでいた頃を思い出しながら、僕は洗濯物を取りに洗面所へと階段を降りていった。

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