第21話 行ってくる

「やっと結衣花さんと会えるのかぁ……」


 朝の学校の廊下を歩きながら、僕は一日ぶりに見られるだろう彼女の笑顔を思い浮かべていた。昨日は雪奈と澪奈と意外に楽しく過ごすことができたけれど、だからこそ、万能メイドである彼女がいてくれることの有難味ありがたみを実感した一日でもあった。

 

「うーん、ちょっと早く来すぎたかな」


 時刻はまだ七時四十分。いつもより十五分は早い。朝の自習時間が始まるまではまだ三十分もある。意気揚々として一年四組教室に入ってみると、登校していたのはまだ数人だけだった。


「あ、おはよう笹木くん。今日は結構早いね」

「おはよう、寺島さん。今日こそは一番乗りかなって思ったんだけど」

「甘いですなぁ。わたしに勝つにはあと二十分は早く来ないと」

「えぇっ、いくらなんでも早すぎでしょ……」


 その一人が、僕の斜め前で朝早くから自習をしている寺島羽瑠愛てらしま はるあさんだ。流石は学級委員長、皆の――いや全高校生の模範に相応しい真面目さである。


「まぁ、昨日は寝落ちしちゃったからね。だから課題を必死にやってるとこ」

「へぇ、寺島さんも寝落ちとかするんだ」

「わたし、実は結構ズボラなのです」


 こういう親しみやすさも彼女のいいところだと思う。夕島さんのフレンドリーさとも少し似ているような気がする。


「そういえばさ」

「うん?」

「夕島さんっていつも何時頃来てるんだっけ?」

「……何言ってるの? いつも一緒に来てるじゃん」

「……あっ」

「どうしたの笹木くん……熱でもある?」


 迂闊うかつな質問をしてしまい、呆れを通り越して心配そうな目を向けられてしまった。


「あっいや大丈夫。ごめん、変なこと聞いて」

「それはこっちのセリフだよ。喧嘩でもしたのかなって思ってたけど――そもそも二人はどんな関係なの? 付き合ってるわけじゃないってこと?」

「ええと、それはその……」


 真剣な表情で見つめられてしまうと、僕としても誤魔化しにくい。

 かといって「そうそう、実はウチのメイドとしてバイトしてもらってるんだ」とは、いくらなんでも言うわけにはいかない。寺島さんが他の人に言いふらすとは思えないものの、当の結衣花さんに無断でばらしてしまうことはできないし、僕としてもそれは避けたい。

 しかし「そうそう、僕たちこっそり付き合ってるんだよね」も論外だ。説得力はほぼ皆無だし、結衣花さんたちを崇拝しているクラスメートたちからは本来いわれのない嫉妬や怒りを向けられかねない。何より、僕との交際の噂なんかが万が一流れでもしたら、結衣花さん自身が困ってしまうだろう。それだけは嫌だった。


「……ご想像にお任せします」

「あ、逃げた。もうっ、教えてくれたっていいのにー」

「そ、そのうちねー……」



 ところが、だ。

 結衣花さんはいつまで経っても登校してこなかった。病欠なら学校に連絡するはずだが、担任も首をひねっただけ。昼休みにはメッセージを送ってみたけれど、放課後になっても既読がつかない。


「ただいまー」

「遅かったではないか、我が眷属けんぞくどもよ! ……あれ、結衣花さんは?」

「なんか今日は休んでてさ。連絡もつかない」


 腰に手を当ててお迎えにあがってくれた澪奈も、僕が一人で帰ってきたことに少しがっかりしている。


「それは……ちょっとまずいかも」


 後ろからひょこっと顔を出した雪奈が眉をひそめた。


「まずいって?」

「前に夕島先輩、言ってたじゃん。お母さんとうまくいってないって」


 父親に結衣花さんを会わせた夜、彼女が夕食の席で呟いた言葉が脳裏によみがえった。 


『実は私……家から出たいんです』

『最近お母さんとあまりうまくいってなくて』


「……もし雪奈が心配している通りだとしたら」

「結衣花さん、大丈夫かな……」

杞憂きゆうであって欲しいものだが……」


 最悪の想像が浮かんでくる。

 連絡がつかないのはスマホを母親に取り上げられているから。

 学校に来なかったのは母親に監禁されているから。

 もしもそうだとすれば、結衣花さんが我が家に来てくれることはもう二度とないかもしれない――。


「たまたまかもしれないし、これから連絡が来るかもしれない。もし明日になってもだめだったら……」

「その時はあたしが」

「我もだ」

「そうだな。三人で行こうか。結衣花さんの家に」



 その後も彼女からの連絡がないまま、日付は変わって木曜日となった。

 結衣花さんは二日続けて学校に来ていなかった。明日は昭和の日で学校は休み。その後は待ちに待っていたはずの連休だ。つまり、今日が最後のチャンス。


「あの、先生。夕島さんはどうして……」

「分からん。連絡はないが、あの夕島に限ってサボりはないだろうし……」

 

 クラスメートたちが思い思いに連休の計画で盛り上がる中。僕は彼女がなぜ休んでいるのか担任に聞いてみたのだが、やはりどうも要領を得なかった。


「先生、なんだって?」

「分からないってさ」


 何かが起きているということなのだろうか。

 あるいは、もしかすると単純な行き違いなのかもしれない。ましてただのバイト先でしかない僕たちが彼女の家をいきなり訪れるのは、結衣花さんにとって迷惑なだけかもしれない。それでも――。


「そっか……心配だなぁ」


 目を伏せる寺島さんの傍で、僕は妹たちにメッセージを送った。すぐに既読がついて、了解の一言が返ってくる。


「……行ってくる」

「えっ、どこに? ――まさか」

「そう。夕島さんの家」


 僕がそう言うと、彼女は眼鏡をスッと直しながら息を吐いた。


「……わたしもお見舞いに行こうかなって思ってたけど、笹木くんに任せることにするよ。だから、わたしの分まで頑張ってきてね」

「もちろん」


 そんなこと、学級委員長に言われるまでもない。

 僕は何としてでも結衣花さんと会い、そして妹二人に彼女を含めた四人で楽しい連休を迎えるのだ!



  〈 第2章 美少女メイドがいる日常〉Fin.

  〈 第3章 疑似家族旅行〉へ続く

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