第20話 澪奈vs雪奈!?

 澪奈が首を振ったのは、僕が指を差した方向だった。

 そしてそれは紛れもなく洗面所の方向。澪奈だけでなく僕も、何だかんだ注意散漫になっていたらしい。しかし問題はこの後だ。


「おーい、なんかうるさいんだけど静かにしてくれない? ――って、あれっ、誰もいない。もう、二人ともどこでしゃべってるのよ」 


 りガラスの向こうにチラリと映る人影。

 心当たりはもちろん一人しかない。リビングにも洗面所にも僕と澪奈の姿が見当たらないことに首をかしげたのだろう雪奈である。


「あれ? 中に入ってるの誰? 澪奈?」

「あ、僕だよ。澪奈は――」


 こういう時は先手を打つに限ると思い、僕は引き戸の向こうに声をかけた。そして、澪奈は自分の部屋にいるんじゃないかと言おうとした、まさにその時。なんと目の前にいた澪奈がザバッと立ち上がってしまったのだ。


「お、おい澪奈っ!?」

「あんなに騒いでたんだから、どうせバレる」


 小声で抗議した僕に彼女は冷静に囁き、そのまま浴槽から出て扉を引いた。

 洗面所の冷たい空気が浴室へと流れ込んできて、驚きに固まっている雪奈の顔まではっきりと見える。


「わたしもここ」

「み、澪奈っ!? ど、どどどどうしてお兄ちゃんと……!?」

「どうしてって、わたしが誘ったから」

「誘ったぁあああああああっ!?」

「そう。洗濯の都合で」

「何それ最っ高に意味分かんないんだけど!?」


 腰に手を当てて仁王立ちする澪奈。白い背中もその下の可愛らしいお尻もこちらからは完全に丸見えで、僕はサッと目を逸らした。


「てかアンタもアンタよ! いくら澪奈から誘われたからって普通断るでしょ! てか断りなさいよっ!」

「いや、そうだけど……でも洗濯機が……」

「洗濯機なんかどうでもいいでしょっ!?」

「どうでもよくない。てかお姉ちゃん、もしかして嫉妬してるの?」


 いつもとは一味違うクールな次女に平坦な声で指摘され、雪奈は僕たちをにらんでいた顔を真っ赤にした。


「そ、そんなわけないからっ! いい歳して一緒にお風呂とか……澪奈は恥ずかしくないわけ?」

「恥ずかしいよ? ちょっと」

「じゃあ!」

「でも……それ以上に楽しいし、なんか落ち着くから」


 穏やかな声でそう口にした澪奈に、胸の奥が温かくなった。 


「お姉ちゃんも一緒に入ったら?」

「ふざけないでっ! 誰がお兄ちゃんなんかと!」

「自分に素直になればいいのにー」

「なってるわよっ!!」

「そう。じゃあ」


 と言って扉を閉めた澪奈は、あー寒い寒いと言いながらボディーソープを手に取って身体を洗い始めた。



 ***



「あー……疲れた……」


 溜め息をつきながらインスタントラーメンをでていると、僕の後で入浴を済ませた雪奈がそろそろと台所にやって来た。


「あ、あのさっ」

「ど、どうしたの?」

「あ、あたしにも何か……手伝えること、ない?」

「そうだなー……じゃあ、冷凍庫から冷凍肉を出してくれない?」


 最近、雪奈がこうして手伝ってくれることが増えているような気がする。もしかして雪解けの始まりなのだろうか。そうだとしたら嬉しい。


「えっと、冷凍庫って――」

「ああ、冷蔵庫の一番下の段。奥の方に入ってない?」

「えーっと……あ、これか」


 ごそごそと冷蔵庫の中をあさっている雪奈の髪は、まだ少し濡れてツヤツヤと光っている。お風呂から上りたての上気した肌もどことなく色っぽい――って、僕は妹に何を考えてるんだ。


「もう入れていい?」

「うん。あ、袋開いてる?」

「大丈夫。投入ーっ」


 ぐつぐつと煮立っているフライパンの中に、凍った豚肉が袋から滑り落ちていく。

 こうして一緒に料理するのは、何気に結構楽しい。結衣花さんに全部任せてしまうのが楽だし、料理のクオリティも段違いだけど。


「へぇー……」


 でも、たかがインスタントラーメンの調理一つにキラキラした眼差しを向けている妹の様子を見るのも悪くない。そう思った。


「そうだ雪奈。せっかくだから卵も入れてみるか?」

「いいの? ……でも」

「この前一緒に練習しただろ? 失敗しても大丈夫だから」

「じゃあ……」


 期待と不安の入り混じった顔で冷蔵庫から卵を三つ持ってきた雪奈。

 コンコンと卵の真ん中辺りをシンクにぶつけ、ヒビが入ったところを――。


「そう、その調子。焦らないで、ゆっくりだよ」

「ゆっくり、ゆっくり……できたっ!」


 美味しそうな黄身がとろりと落ちて、黄色い麺の上に広がった。


「やったな雪奈!」

「うんっ!」


 普段はあんなにツンツンしているからこそ、ふとした時に見せるこの弾けるような笑顔が眩しい。軽くハイタッチまでしてきて、僕の方がドギマギしてしまった。


「……むぅ。わたしも」


 そんな雪奈の後ろにはいつの間にか澪奈が立っていて。

 本来は自分用のピンクのエプロンをつけた次女は、長女とは段違いの手つきで流れるように卵を割り、お姉ちゃんに向かってドヤ顔をして見せた。


「……ふふん。我が妙技に恐れ入ったか?」

「こ、このっ……」

「こらこら、澪奈もあんまりあおらないの」


 喧嘩するほど仲がいいという言葉もある。

 この二人はまさにそうなのかもしれない。

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