第15話 このメイドが清楚系なくせにエッチすぎる(後編)

「さて、と……ドキドキするなぁ……」 


 お風呂から上がって新しい服に着替え、髪を乾かした僕は、期待に胸を膨らませながらリビングにやって来た。そこで待っていた結衣花さんは――。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 メイド服をその身にまとっていた。


「おぉ……」

「ど、どうかなっ……?」


 ゴスロリっぽい黒を基調としたワンピース型の丈は膝上で、落ち着きがありつつ可愛らしい。流石の彼女も少し照れくさそうに、それでも自信ありげな様子でくるりと回転してみせた。白いレースが刺繍された裾がふわりとはためき、透け感のある白のニーソックスに包まれた太ももがチラリと覗く。


「す、すごく似合ってて綺麗だよ」

「よかったぁ……私がコスプレなんて似合わないかなって心配してたんだけど」


 首元についたシャツのえりと黒いリボンを直しながら、結衣花さんは表情を緩めた。しかしその手元を見ていると、どうしてもそのすぐ下に視線が誘導されてしまう。セクシーにぱっくり開いた胸元は確かにコスチューム感満載で、そしてチラリと覗く谷間は思っていたよりも結構深く――。


(いやいやいや何を考えてるんだ僕は……!)


 有りていに言って、すこぶる目に毒だった。

 僕の家で彼女がこんな格好をしているだなんて、もしクラスメートが知ったらどう思うだろうか。木田君なら血涙を流しそうだ。寺島さんは……想像もつかない。案外平気な顔で「へぇ……」と言って、逆に結衣花さんを揶揄からかうかもしれない。


「ちょ、ちょっと何ニヤけてるの……? 確かにこの衣装、ちょっと大胆な気もしたけど……」

「えっ? 嘘、僕ニヤニヤしてた?」

「うん。すっごく」

「ごめんっ! いや……結衣花さんがコスプレしてくれるなんて意外だなって」

「そう? 可愛い衣装を着たいって思うのは、女の子なら皆同じだよ」

「そっか。でも、嬉しくてさ」

「嬉しい?」


 白いカチューシャを付けた彼女は首をかしげた。


「僕が一方的に頼んでることなのに、わざわざメイド服まで買ってくれるとは思ってなかったから。あ、お金は払うよ。いくらだったの?」

「だ、大丈夫だよっ。さ、三千円くらいだったかなぁー……」

「じゃあ五千円出すよ。結衣花さんのメイド服姿なんて、文化祭でも見られなさそうなくらい貴重だし」

「いやいや、私が好きでやってることだから! 文化祭かぁ……」


 文化祭は確か九月の頭にあったはずだ。自分でも半ば無意識に言ってしまったことだけど、今から楽しみだ。ウチのクラスは何の出し物をするんだか。王道はやはりメイド喫茶なのかもしれないけど――。


「――結衣花さんのメイド姿、あんまり他の人に見せたくないかも」

「こ、孝樹君……っ!?」

「あっ、こ、これはその……ほら、外で着るのには向いてなさそうだからっ」

「もう……心配されなくても、この服は外では着ないし……それに」

「それに……?」

「わ、私がお仕えするのは、あなた様だけ……なんですからねっ」

 

 ずいっと近寄ってきて僕を見つめる、髪の色よりも明るい茶色の真っ直ぐな瞳。

 国民的女優より可愛くて綺麗な彼女から漂う仄かに甘い香りに、蕩けるような声に、脳髄までもがかされてゆく。


「ゆ、結衣花さん……」


 国民的女優よりもずっと可愛くて、遥かに綺麗で、しかも知的な彼女が、我が家で――しかもこのメイド服姿で夕食を作ってくれる。

 これ以上の幸せなど、いったいどこにあるのだろうか。


「今日のご飯はもう決まってるの?」

「もちろんです、ご主人様。この前お買い得だったステーキを買っておきました」

「おぉ……!」

「しかも私が手作りした塩麹しおこうじに三日前から漬け込んであります。柔らかくて美味しくなってますから、ご期待くださいね」


 ウインクした彼女は本来は雪奈用であるピンク色のエプロンをいつものように着ると、足取り軽く台所に入った。


「じゃあ僕も勉強するか……」


 彼女が頑張るというのなら僕も頑張らないと。

 そう思い、きびすを返してリビングを出た途端、僕は誰かと正面衝突してしまった。


「うわぁああっ!? ……ゆ、雪奈?」

「いたたっ……な、何よ」


 まさかの雪奈であった。

 

「お前……まさか全部見てたの?」

「………………」


 うっ、と気まずそうに目を背ける妹。図星であった。


「別に入ってくればよかったのに」

「だ、だってその……いい感じだったし」

「いい感じ? 何が?」


 聞き返すと、雪奈はなぜか盛大に溜め息をついて睨みつけてきた。


「あーあ、ほんっとアンタはバカね」

「ちょっ!? おいおい、バカはないだろ流石に」

「バカはバカでしょ、このバカ兄貴が」


 怒濤どとうのごとく繰り出され続けるナチュラルな罵倒に、ただでさえ豆腐メンタルの僕はもう立ち上がれなくなりそうだ。


「あのさぁ……何にも思ってないヤツに、いくらメイドだからってわざわざあんな大胆な衣装を買ってきて着るとでも、アンタは本気で思ってるわけ?」

「そ、それは……」


 そんなことない、と言ってしまいたい。

 でも――。


「あー……悪かったわね。思い出させちゃって」

「い、いや……もういいんだ」 


 珍しく謝ってくる雪奈。

 導き出されかけた都合の良すぎる結論を、僕は受け容れたくなかった。このままで十分幸せなのだ。高望みして結衣花さんを失いたくないと、そう思ってしまう。もうあんなことは二度とごめんだから。


「でも……このままじゃ、何も変わらない」

「雪奈……」

「お、応援……してるんだからっ……それじゃっ!」


 ツンデレのテンプレみたいな台詞を吐いて二階へと去っていく雪奈の背中を、僕は呆然と見送っていた。

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