第14話 このメイドが清楚系なくせにエッチすぎる(前編)

「じゃあ私、先にお風呂借りるね」

「う、うん」


 四月最後の火曜日。金曜日は昭和の日なので学校は休み、その後にはいよいよ待ちに待ったゴールデンウィークが控えている。あと二日耐えれば、というわけだ。

 綺麗好きな結衣花さんはここ最近、学校から帰ってくるとまず我が家のお風呂に入るようになった。実家では日課だったそうなので、彼女にとってはただのルーティーンに過ぎない行動。……しかし、これでも一応男子高校生である僕にとってはそうもいかない。学校一の美少女が入った後の浴槽に、どうして平然とかることができようか。


「いやいやいや……だめだだめだ、考えるな……」


 信頼されてるなぁ、と思う。

 もちろん二階には二人の妹がいて、僕が結衣花さんにをしようものなら即座に駆けつけてくるだろう。ここ何年か僕に笑顔すら向けてくれない雪奈など包丁を迷いなく向けてきそうだし、最近結衣花さんと仲良さそうな澪奈はある意味で雪奈以上に怖い。中二病特有の語彙力でののしられたら精神崩壊しそうだ。


 もちろん、二人に怒られるようなやましいことをする気は万に一つもない。

 とはいえ、想像してしまうものは想像してしまうわけで。


 そしてその程度のことを、モテにモテるだろう結衣花さんが想定していないとは思えないのだ。


「……夕食の下拵したごしらえでもしよう」


 そう思ってリビングに足を運びかけたその時、突然インターホンが鳴った。


「どうしたんだろう……怪しい営業かな」


 モニターをつけて覗くと、どうやら玄関前に立っているのは運送業者らしい。「はい」と声を掛けてみると「宅急便でーす」とのことだった。


「宅急便……? 僕も妹もクレジットカードは持ってないし、そもそも何か頼んだ覚えもないし……まさか父さんかな?」


 しかし父さんはもうジャカルタだし、何か買ってくれたら連絡をくれるはず。「間違えてませんか?」とでも言ってしまおうかと思ったその時、「孝樹くーん」と僕を呼ぶ声がした。入浴中の結衣花さんの声だ。


 心臓がドキリと強く拍動する。

 行っていいのか?

 同級生の女子が、はだ――――これ以上言語化するのはやめよう。


 「少しお待ちください」とモニター越しに言って、僕はうるさい心臓をなだめながら洗面所へと入った。半透明のりガラスの向こうに確かに見える、優美な曲線を描く肌色の影。どうやらバスチェアに座って身体を洗っている最中らしい結衣花さんの姿から、僕はびた歯車のように目と首を逸らした。


「あはは、ごめんねー。開けちゃダメだよ?」

「開けないからっ!!」

「ごめんごめん。あの荷物、私が頼んだやつだから受け取ってもらえる?」

「わ、分かった」


 色っぽく揶揄からかってくる彼女から逃げるように洗面所を出て玄関を開けると、体格の良い配達員のお兄さんが平べったい段ボール箱を抱えていた。Amaz○nのロゴが入っている。これがどうやら、結衣花さんがネットで注文したものらしい。


「印鑑またはサインをお願いしまーす。……はい、ありがとうございまーす!」


 箱は大きめなのだが、重くはない。というか、かなり軽い。

 家電でないのは確かだろう。ならばこの中にはいったい何が入っているのか――僕には見当もつかなかった。


「なんなんだ……この軽さは化粧品? いやそれは店頭で買うはず……なら何だ? 服かな? でも服だって近くに服屋も色々あるし……」


 リビングのソファに座って、正面のテーブル上に置いた段ボール箱を見つめながら考え込んでいると、耳元で急にささやかれた。


「ふふ、そんなに気になるの?」

「結衣花さんっ!?」


 湯上がりの美少女が僕のすぐ横に立っていた。

 白いバスタオル一枚を巻いただけの、無防備極まりない姿で。


「か、風邪引くよっ」

「身体はちゃんと拭いたし、髪も乾かしてあるから大丈夫だよ。そもそも、孝樹君が荷物を受け取ってくれてから十分以上経ってるんだけど……気づいてないでしょ」

「十分も……マジか」


 どうやら僕は時間を忘れるほど熱中してしまっていたらしい。


「じゃあ私はこれ着るから、孝樹君もお風呂どうぞ」

「へぇ、服なんだ」

「そうだよ。楽しみにしててね」


 結衣花さん、どんな服を買ったんだろう。

 単純にネットで買った方が安かっただけなのか、それともを買ったのか――。

 

「ま、まぁ……それはお楽しみってことだよね」


 自棄やけになってYシャツを洗濯かごの中に脱ぎ捨てた僕は、その下に結衣花さんの服が丁寧にたたまれていることに気づかないまま浴室に入った。



 ***



「へぇー……、五千円のわりには手触りも縫製ほうせいもまあまあ良さそうかも……! さっそく着てみようっと」


 意気揚々と段ボール箱を開けての質感を確かめた私は、下着をつけようと洗面所に戻った。孝樹君が入っている横で下着をつけるのは結構恥ずかしいけれど仕方がない。そもそもバスタオル姿で驚かせてやろうと思ったのは私の方だ。大丈夫、下着は見えないように隠してあるし――。


「……あっ」


 音を立てないように洗面所にやって来た私は、そこで固まった。

 上下の下着を隠すようにして畳んでおいた、洗濯かごの中の私の制服。その上に、孝樹君が脱いだ服一式が覆い被さっていた。もちろんその中には彼の下着も含まれているわけで……。

 洗濯かごの中になぜか畳んだ服を入れたのも、その中に下着を隠したのも、いやそれ以前にそもそも下着を着ないで洗面所を出たのも私だ。全責任、私。


「私の馬鹿ぁあああああ……っ!!」


 叫びたくなる口を必死に押さえながら、私は静かに絶叫した。

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