第12話 澪奈の部屋お片付け大作戦(前編)

「た、ただいまー」


 結衣花さんと一緒に買い物しているところを寺島さんに見られてしまった帰り道。

 ほとんど無言で帰ってきた僕が玄関のドアを開けると、ドタドタと階段を下りてくる足音がした。


「遅かったではないか、我が眷属けんぞくどもよ!」

「ご機嫌うるわしゅう、澪奈様」

「うむ」


 今日も絶好調らしい中二病患者の妹は、腕組みをして満足げにポニーテールを揺らした。さっきまで何も喋っていなかった結衣花さんも妹のノリに優しく付き合ってくれているあたり、流石は高校生のお姉さんといったところか。


「私……買った物を冷蔵庫に入れてくるね」

「う、うん。ありがとう」

「とんでもございません、ご主人様」


 ひょうきんに言って微笑んだ結衣花さんだが、いつもより少しぎこちない気がする。もちろん、動揺を丸出しにしてしまっている僕より遥かに演技派なのは間違いない。

 洗面所で手を洗ってうがいをしていると、澪奈に横から出し抜けに尋ねられた。


「どうした、我が兄よ」

「ごほっごほっ!? ……えっ? ああいや、別に何でも……」

「眷属の分際で隠し立てをしようとは、随分と偉くなったものだな」


 情けないことに、澪奈には動揺を見抜かれてしまったらしい。僕の演技が下手くそすぎるのか、それとも中学一年生とはいえ澪奈もやはり女性ということなのか。……うん、たぶん前者だろう。


「遠慮は要らぬ、申してみよ。眷属の力になるのは主人の務め故、面倒を見てやらんでもないぞ」

「くっ……中一のくせに偉そうに……っ」

「ふっふっふ、高一のくせにコミュ障なのが悪い」


 そう言われてしまうと反論のしようがない。

 僕は「ごめん、ちょっと二階に行ってくる」と台所にいる結衣花さんに声をかけてから、澪奈の後に続いて階段を上った。


「それで?」

「あー……その、実はだな――」


 仕方なく、僕はまだ十二歳の妹に相談することにした。半分恋愛相談みたいな内容をだ。我ながら敗北感がすごい。


「――なるほど。つまり、秘すべき逢瀬おうせを垣間見られてしまったと」

「お、逢瀬ってお前なぁ……」


 そんな言葉をどこで覚えたんだと言いたくなるのをこらえ、せっかくなので妹に意見を求めることにした。


「澪奈はさ……友達と気まずくなった時とか、どうしてるんだ?」

「ふむ、気まずく、か……」


 僕を自室に招き入れた彼女は学習机の上に広げてあった黒い眼帯を右眼にかけると、額に右手を当てながら左眼を閉じた。


「…………………………」

「あの……澪奈、さん?」

「……分からぬのだ」

「何が?」

「気まずくなるということが、だ。何せ我は学校でもこの通りでな」

「あー…………」

「我が美貌に惹きつけられてやって来た者も、いつの間にか我から離れてゆくのだ。どうやら我の高等すぎる知性に圧倒され、恐怖のあまり」

「おいやめろそれ以上言わなくても――」


 肩を震わせながらクックッと含み笑いする澪奈。

  

「いや、良いのだ。我が強大なる力の前に、下賤げせんの者共が恐れおののき近寄りがたいのは当然。そしてその方が彼ら彼女らにとっても良いであろう」

「み、澪奈……」

「わたし、しかできませんもの」

「おい最近流行ったアニメの暗殺者のセリフをパクるな。その文脈でそれを言うのは不穏すぎる」

 

 ちょっとだけ涙目になった妹は、ゆっくりと眼を開けて僕を見つめた。


「お主はどうしたいのだ?」

「どうしたいって……」


 そんなの、決まっている。

 今のままが続くのだけは嫌だ。昨日までのように結衣花さんと普通に笑い合いたい。楽しく話したい。そして、名前で――。


「……もう既に答えを持っておるようだな」

「はは、そうみたいだ。ありがとな、澪奈」

「……ん」


 三歳年下の妹に気づかされるとは、我ながら情けないことだと思う。でも、こうして妹の意見を聞くのも悪くないと感じた。年齢など関係ない。僕たちは血の繋がった兄妹なのだから。……それにしても。


「『お片付け』で思い出したんだけど――」

「……はっ!?」

「――お前の部屋、流石に汚すぎないか?」

「あうっ!?」


 壁に掛けられたプラスチック製の黒い髑髏どくろほこりに覆われ、僕の好みが移ったらしい美少女アニメのタペストリーは床に落ちたまま。二か月ほど前に僕も手伝って片付けをしたときにはきちんと整理されていた本棚はぐっちゃぐちゃになっており、ベッドの上にはライトノベルや漫画の数々が散らかっている。……こいつ、いったいどうやって毎晩寝てるんだ?


「まったく……この前ポスターを作りに来たときは夜だったから気にならなかったのかな?」

「さ、触るでないっ! 我が聖域サンクチュアリは神聖にして不可侵――ッ!」

「おいおい、このラノベは昔お兄ちゃんが貸したやつだろ? ちゃんと本棚に戻して綺麗にしておかなきゃ取り上げちゃうからな?」

「あっ! そこはっ……らめぇええええっ!!」

「はっ!? ちょ、いきなり変な声を出すなよ――っ!?!?」


 突然叫んだ妹に困惑した僕だったが、次の瞬間、同じような奇声を上げることとなった。取り上げた文庫本を僕がよそ見をしながら本棚に入れようとしたその時、頭上から大量の物が降ってきて、そして挙げ句の果てには本棚そのものまで――。


「危ない――っ!」

「だめだよっ……お兄ちゃぁああんっ――!」

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