第11話 放課後買い物デート(後編)

 僕と結衣花さんは、学校と僕の家とのちょうど中間地点あたりにある地元のスーパーにやって来ていた。僕が押しているカートの中に、彼女が選んだ野菜の数々や肉のパックが丁寧に入れられてゆく。前を歩きながら値段と睨めっこしている結衣花さんは真剣な表情をしていて、そしてやっぱり楽しそうだった。


「孝樹君?」

「は、はいっ」


 彼女の横顔に思わず見とれてしまっていた僕が我に返ると、彼女は両手に豆腐を持ってこちらを覗き込んでいた。


「ぼーっとしてたみたいだけど大丈夫?」

「ごめんごめん。それで?」

「いや、絹ごしと木綿、孝樹君はどっちが好きなのかなって」

「あー……強いて言うなら絹ごしかなぁ」

「おっけー」

「結衣花さんは?」

「私? 私も絹ごしの方が好きかな」


 好きなものが、同じ。

 ――いや、たかが豆腐の種類で何を喜んでるんだという話なのだが、好みが同じというこの安心感というか幸福感というか……この感動はいいものだ。


「ちなみに雪奈ちゃんと澪奈ちゃんはどうなの?」

「ええと……そういえば聞いたことないな」

「ちょっとちょっと、お兄ちゃんなんだから」

「兄妹だからって何でも知ってるわけじゃないよ。いまだに分からないことだらけで――けど、あいつらが絹ごしは嫌いって言ってるのを聞いたことはないと思う。多分……」

「じゃあよかった。そもそも今日は麻婆豆腐だから、絹ごしの方が助かるんだよね」  

「確かに。あ、サイドメニューとか買う? そこに売ってるけど」


 もうすぐレジだ。今見ているのとは反対側の棚には、スーパーで作られたサラダや揚げ物が陳列されている。


「いいね。でもお金大丈夫?」


 どれも美味しそうなのだが、確かに彼女の言うとおり、自炊するのに比べると若干お高い値段だ。とはいえまだ余裕はある。それにここで「ごめん、もう金がない」とは死んでも言いたくなかった。


「一品くらいは買えるよ。木綿より絹ごしの方がちょっと安かったし」

「じゃあそうしよっか。ごめんね、本当は私が作ればいいんだろうけど」

「そんなことないって。キャベツサラダとマカロニサラダ、どっちがいい?」

「うーん……孝樹君は?」

「僕はマカロニサラダの方が――でも、それでいいの?」

「私はどっちも好きだから。決まりだね」


 そういうことなら、と透明なパックに詰められた二百円のマカロニサラダに手を伸ばしたその時、後ろで聞き覚えのある声がした。


「あれ? もしかして夕島さんと笹木くん? こんなところでどうしたの?」


 振り返ると、夕島さんが着ているのと同じセーラー服を身にまとった、黒髪ロングに銀縁メガネの女子高生が立っていた。



「えっ……寺島さん!?」


 間違いない。

 僕の隣の席の学級委員長、寺島羽瑠愛てらしま はるあさんだ。


「へぇ……なーんか最近二人が何となく仲良さそうだなって思ってたら……ねぇ?」

「な、何かな……?」


 流石の夕島さんも、クラスメートの突然の登場に動揺を隠しきれていない。それも、恐らくは夕島さんにとって今のところ一番の親友である寺島さんに見つかってしまったのだ。


「何って――放課後に買い物デートしてるとは思わなかったってこと」

「ちょっ、これはデートとかじゃなくて……っ」

「あらあら照れちゃって……夕島さんもそんな顔するんだ?」


 耳の先をほんのり赤く染める夕島さんに、ニヤニヤしている寺島さん。

 夕島さん……照れてる、のか……?

 僕と一緒にいるところを見られて?


「笹木くんも。夕島さんと名前呼びし合ってるとか、結構やるじゃん」

「い、いやこれはその……」

「お二人とも初々しくて可愛いなぁ……お邪魔虫のわたしは、さっさと退散しますねー。それじゃ」


 ひらひらと手を振ってレジへ向かっていく寺島さん。

 後に残された僕たちは、まともに顔を合わせることができなかった。


「い、行こうか……ゆ、結衣花さん」

「……うん」


 心の中で芽生えた都合が良すぎる妄想を慌てて振り払う。

 全男子、いや全校生徒にとって高嶺の花である結衣花さんとこうして一緒に買い物をしていられるだけで、僕は十分過ぎるくらい幸せなのだ。

 それに、「寺島さん。夕島さんはウチで働いてくれているメイドなんだ」なんて言えるはずがない。だから――。


「な、なんかごめんね……良い言い訳が思い浮かばなくて」

「……ばか」

「ご、ごめんって!」


 彼女にまた溜め息をつかれてしまい、僕は必死に謝った。

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