第2章 美少女メイドがいる日常
第10話 放課後買い物デート(前編)
僕がこの高校――
その一方、授業の予習や課題は大変だ。来週に控えている連休には容赦なく特別課題が出るらしいので、まだ月曜日の一時限目だというのにもう気が重い。
「そうそう、で、ここはx+yをAとおいて、この公式を――」
「おー、流石は夕島さん! ありがとう」
「いえいえ」
数学Ⅰの授業は四人一組のグループワーク。皆で協力しながら問題を解いていくのだが、結衣花さんが一人で八面
「いやぁーホント、夕島さんがいてくれて助かったよな。なぁ笹木?」
「あ、ああ。夕島さんって優秀だよね」
「木田君も笹木君もありがとね」
今は四人で机を合わせているので、中学から続けて野球部に入るのだという坊主頭の
結衣花さんの右隣の女子は、学級委員長の
「なぁ……笹木」
「どうした」
「お前、夕島さんとはどういう関係なんだ?」
にやけ面をした木田君に小声で聞かれ、僕は盛大にむせた。
「お、おいおい、大丈夫か?」
「ごほっごほっ……ごめん、何でもない」
「もう、二人で何を話してるの? 例題3は笹木君が解くところだよ?」
「そ、そうだったそうだった。予習してきたからこれを見て」
結衣花さんは、学校では僕のことを「孝樹君」ではなく「笹木君」と呼ぶ。そりゃあそうだ。ただでさえ「最近なんか二人の距離近くない?」とひそひそ噂されているらしいのに、クラスメートの前で名前呼びなんてしたら大変なことになる。だから僕も彼女のことを「夕島さん」と呼ぶ。
「うん、合ってると思う」
「そっか」
学校での彼女はフランクで、皆に等しく同じ笑顔を振りまいている。僕にだってそうしてくれる。背中に翼が生えていたら天使そのものだったに違いない。でもその笑顔は、我が家のメイドとして家事をしている時の笑顔とは、どうしても少しだけ違うような気がするのだ。――そして、誰に対してもどこかよそよそしい。
学校では、お互いに必要以上の接触はなるべく避けることになっている。こうしてすぐ右斜めに彼女が座っていても、僕からプライベートな話題を振ることはない。もちろん、彼女の方から特段話しかけてくることもない。
僕はきっと調子に乗っているのだろう。こんな美少女がメイドとしてウチに来てくれること自体、とてもとても恵まれたことなのだから。……だけど僕は寂しいと思ってしまった。学校でも「結衣花さん」と呼びたい。いつか必ず。
***
「今日、私のことずっと見てたでしょ」
「えっ!?」
「特に数学の時」
「いや、それは……」
「別にいいよ。イヤらしい視線ではなかったし」
放課後。校門から数分歩いたところで、僕は結衣花さんと合流した。
「……よく分かったね。女性は視線に敏感だって聞いたことあるけど、本当なんだ」
「それもそうかもだけど……それに……私も孝樹君のこと、ちょっと見てたから」
「……えっ?」
驚きの発言が飛び出して、僕は思わず固まった。
「あっ! べ、別に変な意味じゃなくてね? やっぱり名字呼びするの、ちょっと疲れるなって思って。孝樹君の家では名前呼びしてるのに」
「僕も同じこと思ってた。なんか違和感あるよね。……学校でも名前呼びしちゃう?」
「それは――」
「ごめん、冗談冗談。結衣花さんが困るようなことはしたくないし」
「……」
――なぜか溜め息をつかれてしまった。
「はぁっ……まあ知ってたけど。それよりっ、今日はこの後買い物に行くんだよね?」
「そうそう。流石に食材切らしちゃったから」
「土日はある物で頑張って食いつないだものね」
「結衣花さんのおかげだよ」
「ふふん」
一昨日と昨日は、災害用に備蓄していたカレーを食べた。なんでも結衣花さん特製の隠し味が入っているとかで、めちゃくちゃに美味かった。今日は昨日までに使った分のカレールーも買い足すことになっている。
「他に買う物はあったっけ?」
「えーっと……玉ねぎとジャガイモと人参と……あ、豆腐もない。今夜は麻婆豆腐にしようと思ってたけど、それでもいい?」
「もちろん!」
「じゃあ豚のひき肉とネギも買わなくちゃだね」
スマホに書いてあるらしい買い物メモを見ながら隣を歩く彼女は、やっぱり学校にいる時より楽しそうだった。この笑顔を守りたい。そう強く思った。
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