6.バイバイ

 おどろおどろしい空気に体が竦みはしたが、俺はすぐに居直った。「何してる」っていつものことだ。悪いことはしていないし気を使うなと言ったのはアキだ。


 態度で言いたいことは見え見えだったのだろう。俺が口を開く前にアキが言い放った。

「別にいいよ。それならわたしはバイバイするから」


 あまりの急展開に俺は一瞬ぽかんとなった。


「かけもちとかされるのイヤなんだよ、普通に気持ち悪いでしょ。よその女と寝るんだったらどうぞご自由に。じゃあねバイバイ」

 二股じゃなくて「かけもち」とか言うあたりにアキの妙なこだわりを感じつつも、俺はとっさにちょい待ち、とアキの細い二の腕を掴んでいた。


 踵を返そうとしていたアキは小汚いものを見る目つきで俺を見上げた。見上げられながら見下されてる、初めての経験だった。


「別に、ちゃんとしなくてもいいって言ったのはアキだろう。お互い自由ってことだろう」

 ようよう吐き出した俺の言い分をアキはふん、と鼻で笑ってぺしっと叩き落とした。

「そうだよ、自由。でもわたしはヤリ友だろうと一対一がいいの。キヨシくんがそれじゃやだって言うならこれでおしまい。簡単なことでしょ」


 う、あ……と俺はただ口をぱくぱくさせていた。今までの俺だったら。簡単そうでいながらこんなメンドクサイ要求をされたなら迷いなくサヨナラしていた。アキの考えと同じだ。相手と意見が合わないのなら無理することはない、俺は合わせるつもりなんてこれっぽっちもない。

 でも、アキに対しては。躊躇しちまう。


 めちゃくちゃ俺好みなちっぱいだとか。酒飲みで気取らずに大口開けて笑うところだとか。俺の上で体を反らせたときの絶妙な腰骨のでっぱり具合とか、どこもかしこも肉が薄いのにちゃんと丸い尻だとか、イクとき息をつめて眉根を寄せるエロい顔だとか、小さな口で丁寧に慰めてくれるのだってたまんねぇし。


 いいのか、俺? こんなにも慣らされてて、今この女をなくしても。せめてもう一度くらい……。


 衝動に逆らわずアキの軽い体を引き寄せる。頭も顔も小さくて簡単に懐に抱き込める。キスするのだって簡単で……。


 が、思惑はそうはいかず。俺は腹パンを食らい苦しくて腰を曲げた。アキの拳は小さい分、鋭くて食い込みが良かったのだ。

「きっしょ」

 さらに蹴り上げた足で股ドンして俺を壁際に追い詰め、アキは思い切り嘲った。

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