第15話 鎌倉

僕たちはまた鎌倉に来ていた。

秋の鎌倉に。


エリと、雪を見て、桜を見て、花火を見て、紅葉を見た。


僕たちは、四季を共に過ごすことができた。


でも、小学校の時は、3年間毎日、一緒の景色をみていたんだよね。


なのに、今は別々の環境にいることが不思議だね。



エリは、会うたびに落ちるようになっていた。


僕は、それは、再生への痛みだと信じていた。


術後から、エリの身体は徐々に変化していたから。


体重も増えた。無理はしなくなった。よく眠るようになった。


精神安定剤はほとんど飲まなくなった。


だから、その反動もあって、毎回落ちた。


考え込むことも多かった。笑顔が少しずつ減っていた。


僕は、なんとか元気を出してほしくて 、僕たちの思い出の地、


鎌倉への一泊旅行を提案した。


恥ずかしい話。僕のへそくりは、この数カ月で底をつき始めていた。


もう、僕にも、ほとんど精神的なゆとりはなかった。


僕は、密かに、自分のものを売ってお金を作るようになっていた。


服や、カメラ、本、ゲームなど、売れそうなものはかたっぱしから売った。


そうして、なんとか作り出したお金で旅行に行ったのだ。


切羽詰まっていたのかもしれない。


そういう僕のことをどこかで彼女は理解していたのだと思う。


自分が、相手の負担になっているって分かっていたのかもしれない。


いや、分かっていた。だって、小さいころから、僕たちは、互いに嘘がつけないから。


鎌倉の海が見える、僕たちの思い出のホテル。


エリと僕は、一ヶ月ぶりにエッチをした。


もう、エリとはエッチできないんじゃないかと思っていた。


手術のこともあるけど、まず、エリがそういう精神状態ではなかったから。


でも、エリはその日、おそらく、旅行前から決めていたのだと思う。


彼女はいつになく積極的だった。情熱的だった。


言葉にしてしまうと、とても陳腐に聞こえるけど、


彼女はある覚悟を決めていた。


それはまるで、特攻隊のよう。自分の人生の全てをかけていた。


僕たちはセックスをした。


彼女の爪が僕の身体のあちこちに傷を作った。


エリは、涙目になって僕に告げた。


「そのまま出して。」



普通は、そういう相手のことを、男性はどう思うのが普通なのだろう。


きっと、「怖い」と思うのが一般的なのだと思う。


だって、僕たちはW不倫の真っ最中なのだから。


一切の証拠すら残してはならないのに、


お互いまだ離婚もしていないし、まして僕には可愛い娘がいる。


なのに、不倫相手との子供を作るなんて、普通はありえない。



だけど、僕は、そうは感じない。


エリの覚悟は理解できた。3度も子供を殺したエリが、再び子供を欲する。


それは、とてつもないことだ。


前に、未来に、進む。自分の過去からの脱却。人生の大きな転換期。


この数年間ずっと苦しんでいた辛さから、自ら立ち直ったのだ。


僕は、僕がして来たこの数カ月間が無駄ではなかったことが嬉しかった。


そして、僕の子を産みたいという、目の前の小さな女の子。


赤く高揚した愛らしい頬、潤んだ瞳、華奢な身体。


この日、初めてエリは言った。


「エリ、あなたのこと…。誰よりも…。…愛している。」


繋がりながら、何度も、何度もそう言った。


僕たちは、互いに「好き」と言い合って来た。


「愛」とはなんたるかを、真剣に語り合ったこともある。


だけど、僕たちは、社会的に認められていない行為をしている。


どんなに互いに想いあっていても、それは他人から見れば、ただの汚い不倫。


肉欲、強欲。卑劣な裏切り行為に過ぎず、罪だった。


だから、僕たちは決して「愛している」という言葉は使わなかった。


でも、その晩のエリは違った。


たとえ、二人の関係が、世の中に公表できないものであっても、


僕たちは、20年前から、こうしたかったのだ。


少なくても、少年の僕は、「エリと結婚する」って思っていた。


その純粋な想いと、今目の前にいるエリの想いは同じだった。


愚かだと解っているよ。エリは、いっときの感情の高ぶりで、


そんなことを言っているのかもしれない。


仮に妊娠したとして、エリが僕の子を産む保証はどこにもない。


万が一、エリが4度目の殺しを行なったら、どうするのか。


そんな理性的な考えが僕の頭にはあった。


一方で、僕がエリを信じなくてどうするのか。って思いもあった。



エリ、僕たちは20年越しの初恋がやっと実ったんだ。


これでよかった。僕は決して後悔していないよ。


人生の最後の初恋。その相手に全てを捧げられて、


僕の人生は美しく輝いた。

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