第12話 Memories of August.

エリは、旦那に会いに行った。


実家に暮らしてもう1年以上たつ。旦那とは別居していた。


僕と付き合うようになってから、エリは、旦那と月に一度は会いに行く。


さすがのエリでも、実家の家族に、外泊するのには理由が必要だった。


だから旦那に会いに行っていることにしていた。


実際に会いに行くのは月に一度。


そして、その度に、離婚に向けて話し合いを進めていた。


旦那と会ったあとのエリは、大抵不安定になって帰ってくる。


この月は、ある方向へと二人の道が進み始めているように感じた。


エリは、初めて僕に別れることをほのめかした。


ランニングを始めると、すぐに膝に水が溜まってしまって、病院で水を抜いた。


お母さんの墓参りに行った帰り道に、交通事故にあった。


幸い、大きな事故ではなかったが、僕の心配は絶えなかった。


大学病院で、婦人病の治療も継続していたし、精神病の薬も服用していた。



お盆のW不倫旅行に出かけた。旅行中、僕は誕生日を迎えた。


彼女の車を僕が運転する。彼女の実家は金持ちで、エリが遊んで暮らせる。


車も500万以上はする高級車だ。うちの軽自動車とは違う。


基本、すべての料金は折半だった。僕には、小さい頃から貯めた貯金がある。


結婚前に貯めた僕の隠し財産。僕のへそくりだった。


毎月、1万5千円だけでは、さすがに僕にはあまりにも余裕がない。


だから、精神的な健康のためにも僕は、へそくりをしていた。


僕たちは、山梨・長野に行った。2泊3日の旅行だった。


3つの奇跡があった。


一つは、僕たちは、偶然花火大会に遭遇した。諏訪神社の花火大会。


たまたま夕食後に散歩をしていたら、水面から打ち上げられる花火を


二人が照らしていた。恋人と見る花火は、格別だ。


二つ目は、僕の誕生日。


僕たちは、誕生日の前日からエッチを始めていたけど、


24時を回る、誕生日の瞬間に、二人は繋がった。


その瞬間、エリはイった。二人の気持ちが最高潮だった。


僕たちは朝まで眠らずにセックスした。そして、二人とも疲れ果て、


全裸のまま眠った。


そんなことは今まで一度もなかった。行為が終わると、エリはすぐに下着をつける。


全裸のまま眠ってしまうことなんてない。僕もだ。


互いが互いに、体力的限界だったわけじゃない。


少なくとも、僕は、毎日10km走っていたのだから。


僕は、この旅行中、エリがずっと元気だったことに安心していた。


彼女の瞳の中には僕しかいなかった。その強い強い想いが、僕を安心させていた。




旅行の最終日には、10万本のひまわりを見に行った。


その日は、途中から天気が悪くなるし、ひまわり畑の閉園時間が迫っていた。


この旅行の目玉でもあり、僕は焦っていた。


なんとか目的地に着くものの、天気は良くなく、閉園前で客の姿もまばらだった。


だけど、白いワンピース姿のエリが、車から降りて、ひまわり畑に歩いて行くと、雲の合間から。太陽が出て、「天使の梯子」となった。

それは、神がかった美しさだった。

あの、「鎌倉の雪」に匹敵するくらいの、自然の奇跡だった。


僕はこの旅行を忘れないだろうと思う。美しい奇跡を。


僕は、生まれて初めて、「今、人生が終わって欲しい」と願った。


きっと、男として、これ以上幸せなことは、僕の人生にはないという確信があった。


妻は僕を愛さない。娘には悪いと思う。


でも、でも、僕だって、幸せを望んでもいいじゃないか。


どうして、僕が、僕だけが、我慢しなくちゃいけない。


現実では、誰も僕に何も与えてくれないのに、エリは、この旅行中、


僕の誕生日を祝い、たくさんのサプライズもしてくれた。


手紙、ケーキ、高級なプレゼントや、情熱的セックス。


何より、「本気の好意」を与えてくれた。僕は、夢見心地だった。


精神的にも、現実的にも、満たされる。


分かっているよ。旅行が終わったら、僕たちはまた現実に戻る。


僕は、この3日間だけは、小学校時代のエリと一緒にいた。


お互いに、なんの心配もなく、互いに信頼を寄せていたあの頃に。


でも、僕は、油断してしまった。


僕は、まだ、望んではいけない段階だった。


自分の幸せなんて望んではいけなかったのだ。

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