第6話 鎌倉

大震災から2週間後。

被害の全容が明らかになって来た。

津波により多くの人命が失われた。

東北に続く道は、どこも地割れで、陥没、ひび割れ、

建物は半壊、倒壊。

人々は、水や食料を求めて、長蛇の列。


日本中が一丸となって復興に当たる決意をしているさなか、

僕はエリと旅行に来ていた。


不謹慎なのは分かっていた。

でも、こうするしかない。


ホテルは震災の影響で、ガラガラだった。

海が見えるホテルだった。普通なら、一泊3万円はくだらないような部屋が特別に取れて、彼女は上機嫌だった。

僕は、鎌倉に泊まること自体初めてだった。


その夜、鎌倉では雪が舞った。粉雪だった。

僕は、20年鎌倉に通い続けて、3月に雪が降ったことはなかった。

真っ黒な海に、白い雪が落ちて行く。

これは奇跡だと思った。


エリは、このころには、よく「ありがとう」と口にするようになった。

着実に彼女のメンタリティは快方に向かっていた。


しかし、エリは、精神安定剤を処方されている。

自殺未遂したのだから、当然だ。


僕は、知っている。

うつ病というのは、長期的な治療が必要なこと。

短期間で治るものではない。

まして、エリの場合は、実際に行為に及んでしまっている。


付き合い始めて、一ヶ月、二ヶ月は、

カップルにとっては互いの荒が見えずに、

とても幸せな期間だ。

まして、今は、特殊な状況下に置かれている。

そして、僕たちには、崩壊しているとはいえ、それぞれの家庭がある。


鎌倉の雪。

それは僕たちの中で、トップ3に入る思い出、

美しい瞬間だった。


人生には、美しい瞬間が必要なのだ。

エリには、特に、人生が豊かであると思わせること。

現実の辛さに目を向けさせるよりも、夢を見せること。

その上で、徐々に現実に目を向けさせることが必要だった。


今までずっと放置して来た、エリの身体は、少しずつ回復して来ている。


MRIの結果は、良性の腫瘍だった。

彼女はまだ生きられる。

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