08話.[仲直りしようよ]
二年生になった。
なるべくお手伝いとかをしていた結果、同じクラスになることができた。
……まあそこまで私中心で世界が回っているわけではないから偶然だけど。
でも、そんなことはどうでもいい。
鈴と香帆、このふたりと同じクラスになれたんだからそれでね。
だけど……、
「あんたなんて嫌いよ」
「私だって香帆なんて嫌いだよっ」
何故かふたりが喧嘩をしてしまったのだ。
その側で喜んでいるというのもあれだから表には出せないでいる。
本来ならいま頃はなにかを食べに行っているぐらいなのに……。
「えっと、どうしたの?」
「どうしたのじゃないよっ、香帆が約束を破ったんだからっ」
「違うわよ、あんたが勘違いしていただけじゃない」
うーん、聞いてみても分からないままだ。
下手なことを言うと意地を張って余計に長引くかもしれない。
三人で仲良くしたいんだ、あとはせっかくいい日にこんな状態でいてほしくないし。
「ちなみに約束って?」
「ま、細かいことはどうでもいいわ、帰るわよ」
鈴が噛みつこうとしたものの、香帆は気にせずに歩いていってしまった。
ひとりにさせることはできないから鈴を説得して香帆を追う。
「恵、一緒のクラスになれてよかったわ」
「私もだよ、だからこそ喧嘩なんかしてほしくないんだ」
「それは悪かったわね」
「ううん、ふたりが仲良くしてくれるのが一番だから」
彼女は足を止めてこちらを見てくる。
気まずいとかそういうのはなかったからこちらも真っ直ぐに彼女の顔を見た。
ちなみに鈴は私の腕を掴んだまま黙っていた。
「あんたそれって変な遠慮をしているとかじゃないわよね?」
「うん、三人で仲良くしたいから」
「ふっ、それならいいわ。大丈夫、仲直りしておくから」
仲直りしておくからではなくていますぐに仲直りしてほしかった。
ここに相手がいるんだからそれこそ変な遠慮をする必要がない。
逃げるのを恐れているということなら掴まれているのをいいことに捕まえておくから! と内は大忙しだった。
「今日のところは任せたわ」
「わ、分かった」
いつものところで香帆と別れて鈴に向き合う。
「鈴」
「……うん、謝って仲直りしておくから大丈夫だよ」
「うん、お願いね」
それとも一緒のクラスになれて嬉しかったのは私だけなのだろうか?
もしそうならかなり悲しい、そうであってはほしくないな……。
鈴はどうやら付いてくるみたいだったから家に連れていくことにした。
いまは両親もいないからゆっくり休んでもらおうと思う。
彼女が今日頑張ろうとした際に付いていって少しだけでも精神的に支えられたらいいという風に考えていた。
「鈴」
「うん……」
どちらかと言えば私に甘えてほしくてこうしてもらっていた。
今日はどこか悲しそうな顔でこちらを見上げてきている。
頭を撫でてもそれが変わることはなく。
「なにがあったの?」
「……久しぶりに香帆とふたりきりでお出かけしようとしてたんだ、だけど何故か約束していたその日に違う子と一緒にいたからもういいって帰ったんだけど……」
「ちゃんと聞いてあげたの?」
「……いや、違うって言ってたけど信じられなくて……」
集合場所に友達の友達がいたら私もそうしてしまうかもしれない。
ふたりで行こうと約束していたのなら裏切られた気持ちにもなるかもしれない。
だけどなにも聞かずに帰ってしまうのは駄目だろう。
「鈴、いまからでも仲直りしようよ」
「……明日じゃ駄目?」
「私は今日仲直りしてほしいかな、せっかく一緒のクラスになれていい日になるはずだったわけだからさ」
鈴からは聞けていなかったけど、香帆は一緒のクラスになりたいと言っていたんだから。
絶対にそのことで喜んでいるはずなんだ、それがこのままでは気持ち良く過ごすことができなくなってしまう。
「付いて行くだけなら私でもできるよ」
「……じゃあ行く、恵が手を握ってくれていれば素直に謝れると思うから」
「うん、行こう」
あの頃と違って外は春という感じだった。
生暖かい風と青い空が私達を迎えてくれた。
最初こそうつむきがちだった鈴も彼女の家の前に着いた頃にはいつも通りだった。
「はい、って、あんた達か」
「……香帆、ごめん」
「ま、上がりなさい」
香帆の家に入らせてもらうのは何気に初めてで少し緊張していた。
鈴は謝罪することができたからなのか、それとも単純に何度も入ることで慣れているのかさらにいつも通りに戻っていて。
「あんたさ、恵に言われたから今日来たんでしょ」
「い、いいでしょ、謝ったんだから……」
「はぁ、恵に悪いから許してあげるわ」
よかった、今日は言い合いに発展したりとかにはならないようだ。
売り言葉に買い言葉、すぐ言い合いになってしまうから困ってしまう。
「じゃっなーい!」
「び、びっくりするじゃないっ」
私もそうだ、かなり驚いた。
「そもそも違う子と一緒にいる香帆も悪いんだからっ」
「だから何度も言ったようにたまたま遭遇しただけなのよっ」
「そんな雰囲気じゃありませんでしたけどねっ」
そして彼女達のそれが始まってしまった。
まあ言いたいことを全部言っておいた方がすっきりするのではないだろうか?
私としては巻き込まれないように静かに見ているのが一番だろう。
「はぁ、はぁ」
「……もう終わりでいいでしょ」
「……仕方がないから許してあげるよ」
「それでいいからもう終わりね」
その割には納得できないと言わんばかりの顔でこちらを見てくる鈴。
「なんかやたらと香帆のこと気にしてない?」
「香帆と鈴のふたりと仲良くしていたいから」
「本当? 本当は香帆が好きだとかそういうのじゃないの?」
「好きだけど特別な意味じゃないよ」
ここで「好きなのはあなただから」とは言えなかった。
なんで一対一だと言えるのにこうなると言えなくなるのか、それが分からなかった。
「うざ絡みすんな、迷惑をかけた側なんだから反省しなさい」
「それは香帆もでしょっ」
「だから私は、恵には、余計なことを言わずにいるじゃない」
「むきー! むかつくー!」
はぁ、もうこれが仲良しの証だと思っておこう。
香帆が長くするタイプじゃないから勝手に終わらせてくれる。
「大体ね、恵はあんたが好きなんでしょうが」
「その割には香帆のことばかり気にするもん……」
「なにがもんよ、もういいから帰ってふたりで過ごしなさい」
「……ご、ごめんね?」
「いいからっ、恵、鈴のこと頼んだわよ」
鈴には先に出口家から出てもらった。
「香帆、ありがとう」
「あんたはまたそれ?」
「香帆が折れてくれたからすぐ仲直りできたわけだし」
「ふっ、ま、鈴と仲良くいられた方がいいというのは私もそうだしね、というわけで早く行きなさい」
「うん、じゃあまたね」
外に出てみたら鈴が腕を組んで待っていた。
それでも、もう不満があるような顔はしていなかった。
「わっ!? な、なにっ?」
壁に押し付けられ動けなくなる。
同性なのにどうして力の強さがこんなに違うのか気になるところではある。
だけどいまはそれではなく鈴のことだ。
「……香帆とどんな話をしてきたの」
「ありがとうって言わせてもらったんだ」
「……言ってからにしてよ」
「ごめん、帰ろう?」
ちなみに土日は泊まってもらうことになっている。
香帆ももちろん誘ったものの、断られてしまったのだ。
だから少し残念でもあるし、鈴とふたりきりになれて嬉しいと考えてしまう自分もいるからなかなかに複雑だった。
「……いまからは私を優先してよ」
「するよ、だけどその前に服を取りに行かないとね」
「そっか、行こう」
外で待っている間に眠くなり始めてしまった。
昨日までそわそわしていたからいまになって一気にきたんだと思う。
同じクラスになれてよかった、ただそれだけで一年間楽しく過ごすことができる。
「お待たせ」
「うん……」
「眠たいの?」
「大丈夫だよ、行こ」
ふたりきりのときはたまに手を繋ぐようになっていた。
彼女の家から自宅の間だけだけど、これすらも幸せだった。
問題だったのは家に着いたら余計に眠たくなってしまったことだろうか。
「寝ても大丈夫だよ、ほら、枕があるよー」
「……鈴、好きだよ」
「はいはい、いまは寝ましょうねー」
無理していても楽しめないから仕方がない。
あと、時間だけはいっぱいあるから少し寝ても問題はないだろう。
なんて考えていた私だけど、
「……もう一時か」
さすがに寝すぎてしまって反省した。
鈴も座りながら寝ていたからありがとうと言ってベッドに運んでおいた。
足とか痛かっただろうから申し訳ない気持ちと、彼女が近くにいてくれたから、彼女の温かさがあったからこそよく寝られたから幸せだという気持ちと。
「ん……」
「鈴、長く寝過ぎちゃってごめんね」
「……いいよ、気持ち良く寝られたのなら……」
時間も時間だからこのまま寝てもらうことにしよう。
お風呂は起きたら入ればいい。
というわけであれだけ寝たのに朝まで普通に寝てしまった。
「そっか、鈴は朝は苦手なんだっけ」
それならとささっとお風呂に入ってしまうことにする。
少し寝すぎてだるい感じだけどどうでもいい。
「ただいまー」
残念ながら自分で起きてくれているということはなくまだ寝ていたけど。
「恵ちゃん、ごはんはどうするの?」
「温めて食べさせてもらおうかな」
「じゃあ温めておくね」
寝ているからこれまたささっと食べて戻ってこようとしたら手を掴まれてしまった。
寝ていたと思っていたからさすがにこれには驚いたし、下手をしたらベタに大声で叫んでいたかもしれないから我慢できた自分を褒めてあげたい。
「私もごはん……」
「わ、分かった、じゃあ下に行こう」
「うん……ふぁぁ~」
ごはんを食べ終えたタイミングで両親が仕事に行ってしまったからふたりきりになった。
「ねえ、あの人達は……」
「うん、本当のお母さんとお父さんじゃないよ」
私はそもそもこの県に住んでいなかったし、引き取られたときはあのふたりが誰なのかも分からなかった。
ぼけっとマイペースに過ごしていたから本当は過去に会っていた可能性もある。
というか、そうでもなければ引き取ろうとはしてくれないだろう。
「あのさ、恵のご両親は……」
「もういないよ」
それに一緒に過ごした時間は短くてももうふたりが両親だと思っているから別にいい。
……という風に言ったら薄情かもしれないけど、なにをどうしたって会えないんだから切り替えるしかないんだ。
「そのおかげでって言ったら最低かもしれないけど、お母さんとお父さんと出会えて、鈴や香帆と出会えてよかったよ」
仮に向こうで過ごしていても無難にというかあっという間に時間は経っていたと思う。
だけどその場合は恐らくひとりぼっちだっただろうし、いつまでもぼけっと待っているだけでなにもきっかけなんかがない毎日……みたいな感じだったかな、と。
「うん、私も恵と出会えてよかったよ」
「ありがとう」
さて、これからどうしようか。
今日はまだ土曜日だからずっとゆっくりしていられる。
彼女も明日までいてくれるからそれはそれは楽しく過ごすことができるだろう。
「これからどうしよ――……どうしたの?」
「返事、しようと思って」
そういえばもう告白はしてしまったようなものだったかと納得。
彼女はこちらを逆に不安そうな顔で見下ろしてきている。
そのおかげでこちらは慌てることなく言ってくれるのを待つことができた。
「……私でいいの?」
「うん、鈴だからいいんだよ」
「過去に香帆と付き合っていたけどいいの? キスもしちゃったけどいいの?」
「いいよ、そんなの自由だから」
勝手に手の上に手を重ねさせてもらう。
それでも表情は変わらなかったけど、先程とは少しだけ違うように見えた。
「……私でいいなら」
「それは私が言う側でしょ?」
「そっか」
「うん、だけどありがとう」
頼りないお腹の筋肉を利用して彼女を抱きしめた。
今日は通常状態だったけど、別に気にならなかった。
……まあ、凄くドキドキしているんだけど。
「香帆のところに行かない?」
「む、なんですぐそうなるの、付き合い始めたばかりなんだからふたりでいいじゃん……」
「だってドキドキするし……」
「いいじゃん、ドキドキしておけば」
じゃあ……家にいることにしよう。
香帆も「付き合い始めた」なんて言われても困るだろうし。
「恵は変わったね」
「鈴がちゃんとしろって言ってくれたからだよ、あれでマイナス思考ばかりをしていても駄目なんだって分かって行動できたからさ」
えっと、そろそろ抱きしめるのをやめた方がいいだろうかと悩んでいた。
だけど好きな人には触れていたいという気持ちもあって難しい。
磁石みたいにがちんと動かない感じすらしていたぐらい。
「途中、香帆のことを好きになるんじゃないかとすら思ったけど」
「私は最初から最後まで鈴が好きだったよ」
「知ってる、だってそれでもアピールしてきてくれたもんね」
一度目も二度目もその場では流されてしまったけど。
……あれか、一度目はまだ友達として好きだったから別にいいか。
「ね、する?」
「え、いきなり?」
いまさっき関係が変わったばかりなのに少し急ぎすぎではないだろうか?
が……興味があるのは確かで、なんとなく抱きしめるのをやめて彼女の唇を見てしまった。
「ほら、上書き……できるよ?」
「わ、私からは……」
「いいなら私からするよ、今度は香帆のときみたいにはならないようにするから」
確か香帆が冷めて振った……んだよね?
詳しくは聞いていないから分からないけど、彼女にも原因があったのかもしれない。
あと、別に過去に犯罪をしていたとかでなければ構わなかった。
……興味があるのはあるからやっぱり見てしまっていたけど。
「いい?」
ここまできて拒むことなんてできない。
それに上書きとかは興味ないけど、こうすることで鈴ともっといられるのならしておいた方がいいと思うから。
両肩を掴まれて思わずがちんと体を固まらせたら鈴がくすくすと笑ってきた。
それが恥ずかしくて熱くなっているときに躊躇なくされてさらに固まる。
そこら辺りにある石よりも硬いんじゃないかってぐらい硬かったと思う。
「どんな感じだった?」
「……柔らかいなって」
「はははっ、昔の私と同じこと言ってるよっ」
それよりも直前に笑われたことで覚悟を決める時間もなかったというか……。
なんかこのままで終わらせるのは少々気に入らないから楽しそうにしている鈴を気にせずにしてしまうことにした。
本当に過去に香帆としていたのはどうでもいいけど、今回のこれは上書きしたかったんだ。
「……ま、まさか恵からされるとは……」
「……初めてがあのままだったら嫌だったから」
彼女はベッドに転んで「相手からされるのってこんな感じなんだ」と呟いた。
私も横に寝転ばせてもらって勝手に手も握らせてもらった。
「受け入れてくれてありがとう」
「はははっ、またそれ?」
「うん、何回でも言うよ」
それぐらいのことを彼女はしてくれたんだから。
ありがとうを言うことで少しでもこの関係を続けられるのならそうしていたかった。
それでも言葉の価値がなくならないように気をつけつつにしようと決めたのだった。
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