07話.[抱きしめられた]
結局、鈴は金曜日も休んだ。
寂しい気持ちとゆっくり休んで治してほしい気持ちが混ざって大変だった。
土日もなんとも言えない気持ちで過ごし、学校に向かった月曜日の朝、
「やっほーっ」
元気いっぱいな鈴を発見してそれだけでテンションが上がった。
あとはなんともないように振る舞っておきながら嬉しそうな香帆が面白かった。
「すまんねえ、結局あの後も治らなくてね」
「私が行ったからかな?」
「違う違う、ちょっと部屋から出ていたのが悪かったんだよ」
なんでそんなことをと考えていたら「てい」と攻撃されておでこを押さえる。
香帆的には私のせいだと言いたいみたいだ。
まあ、あんなことを自分勝手にしてしまったんだから責められても仕方がないけど。
「でも、もう元気いっぱいだから心配しなくていいからね」
「そっか、鈴が元気になってくれてよかったよ」
もう三月になるというところまできている。
あと一ヶ月でこのクラスともお別れということになるわけで。
できれば二年生になってもふたりとだけは同じクラスがいいんだけどな……。
「恵、ちょっと来なさい」
「うん」
香帆は基本的に冷静に対応できるから羨ましい。
例え違うクラスになっても「移動すれば会えるじゃない」などと言いそうだ。
こちらは同じクラスじゃないだけで不安になるだろうからやっぱり同じがいい。
「あんた抱きしめたって本当?」
「うん、どうしてもしたくなったんだ」
「意外と行動できるのね」
「ほら、香帆が言ってくれたでしょ? 好きなら行動するべきだって」
「変わったの?」
頷いたら「なるほどね」と言って黙ってしまった。
腕を組んだままなんとも言えない表情でこちらを見てきている香帆。
「おいおい、ふたりでこそこそしないでよ」
「鈴、今日の放課後は予定を空けておきなさいよ、三人でなにか食べに行きたいから」
「はーい」
え、あ、違う友達を含めて三人ということか。
私はお金がないからそういうことで誘ってきたりはしないよね。
もうなんでもかんでもお金がないと遊べない年頃だから私みたいなのはね。
「恵、ちょっと空き教室に入ろ」
「うん」
別に付いていくのに何故か鈴はこっちの手を握ってから歩き出した。
熱は大丈夫そうだ、隠しているとか強がっているとかではないらしいと分かって一安心。
「木曜日はよくもやってくれましたな、あれのせいで悪化したんだけど」
「あ……ごめん」
「……違うよ、そういう意味じゃなくて」
彼女はこちらを抱きしめつつ「あんなことされたら気になるじゃんか」と。
私が熱を出したときはお母さんがこうしてくれて安心できたから――違うか、単純に抱きしめたくてしただけかと片付ける。
でも、ああいうときでもないと勇気を出せなかっただろうから後悔はしていない。
それで嫌われていたら話にならないけど、うん、少しでも伝わってほしかったんだ。
「恵は私のことが好きなんだよね?」
「うん、好きだよ」
何故かこれだけははっきりと言える。
普通はこれを言うのに勇気を振り絞るところなのに。
相手からしたら軽く感じちゃうかな?
私としては毎回毎回しっかり気持ちを込めているわけだけど。
「あんた達なにやってんの?」
「愛の確認さ」
「ふっ、ただあんたが甘えているようにしか見えないんだけど」
香帆が来ても彼女がやめることはなかった。
受け入れてもらえるんじゃないかと勘違いしそうになる自分がいる。
嫌な相手なら誰かが来た際に、いや、そもそも抱きしめたりはしないだろう。
「恵は固まっているわね」
「いきなりしたから驚いているのかもしれないね」
「自分はするくせにされるとこうなるのね」
「これが木曜日の私だよ」
「似た者同士ということでいいじゃない」
少しだけでも似ているところがあるというのはいい。
能力が普通レベルにも達していないかもしれないから優秀な人に似ているのはね。
ただ、少しずつ恥ずかしくなってきてしまった。
なんで香帆も普通に対応できるのか、どうして鈴も抱きしめたままなのか。
「よし、サンドイッチにしてしまおう」
なにをと構えていたら後ろから抱きしめられた。
これをするなら私が真ん中ではなく鈴を真ん中にしたかった。
「恵」
「なに?」
「あんたはすごいわ」
香帆はそう言うなり離して教室から出ていってしまった。
実はまだそういう気持ちがあったのだろうか?
いや、それでも関係ない、鈴が受け入れてくれさえすれば、ね。
「よし、堪能したから戻ろうっ」
「うん」
頑張ろうとすると空回りするから普通でいようと思う。
焦ったところでなにもいいことなんてないから。
それに彼女はこうして私のところに来てくれるんだから。
「香帆、さっきのってどういう意味?」
矛盾まみれだけど気になってしまったから仕方がない。
いやでも本当にすぐ考えが変わる生き物だなと客観的にそう思った。
「あんたは胸もちゃんとあるのに細いからすごいと思ったのよ」
「本当にそれだけ?」
「うん、羨ましいわ」
本当にそれだけとは思えないけどこれで終わらせようと決めた。
いまから気持ちをぶつけられても困るからだ。
香帆には悪いけど一対一で進めたかった。
三月になった。
卒業式以外は行事という行事もないから平和なままだった。
期末考査も無難な結果で終わらせ、終業式までの間はお昼頃に帰るを繰り返していた。
鈴も香帆も相変わらず普通に相手をしてくれている。
いや、それどころか三人で一緒にいる時間が増えたかもしれない。
これまではそれぞれのグループで盛り上がっていたふたりだけど、いまは自惚れかもしれないけど私中心の三人グループができあがっているというか……。
「もう一回手作りポテトチップスが食べたいわ」
「よし、作るかっ」
ということになり、今回もまた鈴の家に集まった。
今回はじゃがいもを買ってからここに来たわけだけど、お金を払えていない私には食べる資格がない気がする。
「剥くのも洗うのも拭くのも全部が私がやるよ」
「は? なんでよ?」
「だ、だって、私は払っていないわけだからさ……」
「余計なこと気にすんな、いいからさっさとやるわよ」
……香帆がいてくれていることで前回よりももっと早く剥き作業は終わった。
しっかりと洗って、しっかりと水気も取る。
前回と違っていきなりお風呂に~などもなかったため、総時間は少なく済んだ。
「ちょうどいいわね、おやつの時間だし」
「はは、なんか可愛いね」
馬鹿にするつもりはなかったのに「は? あんた馬鹿にしてんの?」と言葉で刺されてしまって慌てる。
「違う違うっ、香帆がおやつの時間とか気にしているんだなと思って」
「それ同じ意味じゃない、鈴、こいつちょっと外に放ってきていい?」
が、鈴の返事は「だめー」というものだったから安心できた。
……やっぱりこの美味しいそうな音とか聞いていると食べたくなってしまうな……。
「ささ、じゃあおやつの時間を気にしている香帆からどうぞ」
「ぐっ、むかつくっ」
「まあまあ、恵もどんどん食べていいからね」
それなら一枚だけ貰うことにした。
手伝いというのもほとんどできていないからこれでいい。
あと、美味しすぎてついつい食べすぎてしまうから自分で止めなければならないのだ。
「あんたもっと食べなさいよ」
「香帆が一番頑張っていたから香帆が食べて」
「はぁ、余計な遠慮すんな、いいから食べろ」
じゃあと手を伸ばしていたら何故か十枚も食べてしまっていた。
これだから嫌だったんだ、どうして私は学習能力がないのか。
いや、気をつけようとしていたはずなのにそんな自分をあっという間に忘れて食べてしまうところが嫌だった。
お母さんからもきっと食いしん坊だと思われているだろうし……。
「つかさ、あんたって結構食べるんでしょ?」
「うん、おかわりとかするよ?」
「それなのにその細さってせこくない?」
え、そう言われても……。
そのかわりに優れているとかではないからバランスがしっかりしていると思う。
世の中には可愛いや綺麗で、能力も高くて、しっかり育っている人とかもいるから不公平だとしか言いようがないけど。
「不公平よねえ」
「でも、運動能力とかぽんこつだから」
「それもなんか可愛くていいじゃない」
「え、そ、そう?」
こちらとしてはいつも恥を晒しているようなものだからそうは思えなかった。
持久走なんかやった際には必ず最後になるから見られて恥ずかしいんだ。
球技なんかでも確実に足を引っ張るから不安になるし……。
「鈴は優秀だしね」
「つーん」
「は?」
「なんでふたりだけで話しているんですか?」
「拗ねないでよ、それにこうでもしておかないと恵とは話せないじゃない」
そ、それはさすがに言い過ぎたと思う。
来てくれれば普通に相手をするし、私自ら行くことだってあるんだから。
鈴ばかりを優先しているようなことはない。
「香帆も恵のこと気に入ってるんだ」
「ま、一応友達だしね、もう四ヶ月目になるわけだし当然でしょ」
「そうだよね、恵は優しいからね」
「暴言とか吐くタイプじゃないから一緒にいて安心できるわ」
……褒められたら褒められたで気恥ずかしくて逃げたくなるとまた知った。
優しいのは寧ろふたりだ、一緒にいて安心できるのもふたりだからこそだ。
それだというのになにも返せていないというのが気になる。
お母さんはあれからもお小遣いのことを言ってくれているから甘えるべきだろうか?
自分のためにではなく返すためだと言えば許してくれるかな?
「私、思ったよりも恵のことを気に入っているかもしれないわ」
「いいじゃん」
「ふっ、そうね、だからできれば同じクラスになれればいいわね」
おお、自分だけじゃないってこんなに嬉しいんだ。
鈴も同じように考えてくれていればいいな。
別に香帆と一緒がいいから、でいいから。
「っと、そろそろ片付けないとね」
「そうね、早く終わらせるわよ」
よし、今度こそ役に立とう。
……と、考えていたはずなのにあまり役に立てなかった。
「ごめん……」
「は? なによ急に」
「いっぱい食べさせてもらったのにほとんど役に立てなかったから」
「余計なこと気にするなっ」
「そうだよ恵、そんなこと気にしていないから」
やっぱり優しいのはこのふたりだ。
なにかしらのことで返したいという気持ちが強くなったのだった。
お母さんに相談して五百円だけ急ぎで貰った。
何故かはもちろん、
「は? あんたまだ気にしてたの?」
「うん、ありがとう」
お風呂代の五百円を返すためにだ。
これはじゃがいもとは違うからきっちり片付けておかなければならなかった。
「ということでお散歩してくるね」
お金を貰ったとなればお弁当なんて余計に作ってもらうわけにはいかない。
それに四月からずっと続けてきたんだからこれでいいのだ。
「待ちなさい」
「うん」
香帆はたまに厳しい言い方もしてくれるけど優しくて好きだ。
「分かったわ、お昼ごはんを食べていないから細いのね」
「朝とかもおかわりするけどね」
「太らないアピール? むかつくんだけど」
こ、この件に関しては気をつけなければならなさそうだ。
毎回むかつくと言われても困るし、敵視されても嫌だから。
それにいま鈴はいない、つまり味方をしてくれる人はいないということで。
「……逆に気にする方が駄目なのかしら」
「私は我慢できないから我慢できる人はすごいよ」
「ついつい食べてしまうわよねぇ……」
そう、もうそれは仕方がないと思う。
美味しそうなものがあったら誰だって食べたくなるもので。
それで仮に太ってしまっても誰かに迷惑をかけるわけじゃないから許してほしい。
もっとも、食べすぎてしまったら家族とか病院の人とかに迷惑をかけてしまうけど。
「ごめん、八つ当たりして」
「いいよ」
「それにあんたはもっと食べた方がいいわ」
毎回八分目以上食べてしまっていて反省しているのに次に活かせないままでいる。
いまは太っていなくても今後一気にくる、なんてこともあるかもしれないから気をつけたいんだけどこればかりはね……。
だからやっぱり仕方がないんだ、食欲というのは誰にだってあるわけで。
「いい子ね」
「香帆は優しいね」
「鈴の方が優しいわよ」
でも、その鈴は今日一日突っ伏してしまっているからどうしようもないんだ。
体調が悪いわけではないみたいだからとりあえずそっとしている状態だった。
「少し暖かくなってきたから外に行かない?」
「分かった」
すぐ近くに設置してあるベンチに座ってのんびりとする。
十二月や一月、二月と違って確かに暖かった。
ごはんを食べていなくても眠くなってくるような感じすらする。
まあ、それらと違って多少は暖かいというだけだから起きているんだけど。
「もう二年生ね」
「うん、早いね」
「あんたと話すようになるとは思わなかったわ」
「私もそうだよ、香帆とも話せるようになって嬉しいよ」
片方とはいられないときでももうひとりといられるというのは安心できるんだ。
想像以上に来てくれるし、香帆も優しいから一緒にいられて心地がいいし。
「最初の頃なんてものすごいマイナスオーラをまとっていたからね」
「そうなの?」
「うん、なんか死にそうな感じすらしてた」
そこまでではないけど明るくなかったのも確かだ。
すぐにマイナス思考をして、誰かと一緒にいたいのにひとりでいいとか強がって。
結局、鈴の勢いに負けてしまった形になる。
だけど私にはそういうきっかけが必要だったのだと分かった。
「それがいまではこんなに明るくなって、なんか感動すらしてくるわよ」
「明るくなれてるかな?」
家にいるときも気まずいとか申し訳ないとかそのようにはあまり感じなくなった。
いいのかどうかは分からない。
前みたいに申し訳ないという気持ちをしっかり抱えておくべきかもしれないから。
「明るくは言い過ぎたかも、人を煽れるぐらいになれたんだからすごいわよ」
「あれは煽っているつもりはなくて……」
「冗談よ」
少し不安になるからやめてほしい。
上手く流せるタイプではないからその度にダメージを受けることになるんだ。
そして基礎ダメージが大きいからヘコみやすいわけで……。
「あんたの恥ずかしいところを見せなさいよ、私だけ見られてばかりじゃない」
「恥ずかしいところと言われても……あ、いっぱい食べちゃうところとか?」
「あんたが思っているよりいっぱい食べてないからね?」
お父さんが一杯で済ます中で私だけおかわりしてしまうから十分該当すると思う。
「なんかないの? 鈴のことを考えてうっとりとしちゃうとか」
「鈴のことを考えて不安になることはあるけど……」
「ちっ、恥ずかしいところがないのね」
いや、それこそ体育とかでぽんこつぶりを見せているんだから分かると思うけど。
協力しなければならないときとかも指示されるまで動けなくてあわあわする羽目になるところとかだって彼女は見てきているわけだし。
寧ろ恥ずかしいところばかりだろう、テストだって平均六十点ぐらいだし……。
「えいっ」
「あ、あははっ、く、くすぐったいよっ」
「満足できたわ、戻るわよ」
教室に戻ってみたら鈴がいなかった。
仕方がないから席に着いて待っていたら鈴も戻ってきた。
それから何故かこちらを見下ろしてきたけど。
「どこに行ってたの?」
「香帆と外に行ってたんだ、鈴は突っ伏しちゃっていたから……」
怒られるかもしれない。
こっちを見る顔は少しだけ冷たいように見えるから。
けど、
「そっか、放課後は相手をしてね」
「うん」
彼女はそれだけで許してくれた。
というか、勝手に嫉妬しているみたいに捉えるのが間違っているか。
とにかくよかった、放課後は一緒に過ごせるみたいだ。
なにかを作ったりもせず、どこかに行ったりもせず、ただただどちらかの家でゆっくりするというのもいいかもしれない。
前者だとどうしてもお金が必要になるから私的にはそれが一番だった。
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