06話.[それかもしくは]

「さてと、恵ちゅあんを優先してあげないとね」

「ははは、ありがとう」


 ただ、あれから少し考えていることがある。

 彼女は香帆ともう一度そういう関係になることを望んでいるのか、ということを。

 香帆の気持ちは聞いた、冷めたって言ってた。

 だけど振られた側である彼女の中にはまだ残っているかもしれないのだ。


「ないよ」

「え、本当に?」

「嘘をついても仕方がないでしょ? 香帆とはこの距離感が一番なんだよ」


 そうか、なら余計なことを言うのはもうやめよう。

 せっかく優先してくれているんだからそれを喜んでおけばいい。


「お嬢さん、ポテトチップスに興味はないかい?」

「好きだけど……」

「よしきたっ、じゃあいまから私の家で作って食べようよっ」


 そもそもここは彼女の家だから私の家でと言う必要はない。

 それでどうやらじゃがいもをたくさん貰ったみたいで、消費しなければならないということだったからそうしようと考えていたみたいだ。


「切って揚げるだけなら私にもできる……かな?」

「できるできるっ、それに失敗をしちゃってもそれ込みで楽しいことなんだから」


 そうか、難しく考えて結局なにもできませんでしたじゃ駄目だもんね。

 何事も挑戦だ、いつだってそうやって動ける人間になりたい。


「まずは皮むきだね、私は包丁でやるけど恵はピーラーでもいいからね」

「わ、分かった」


 少しやって分かったことがある。

 実はこういう単調な作業が私は好きなのかもしれないということに。

 最初は量が多くて終わるのは何時になるんだろうと考えたこともあったけど、そんな心配は無駄だったことを知った。


「よし、次はこれを洗ってー」

「ぬめりが残らないようにって書いてあるよ」

「うん、どうせなら美味しく仕上げたいからね」


 しっかり積み重ねなければいい状態にはなれないということか。

 人間関係とかにも当てはまることだ。

 いきなりすっ飛ばすことはほとんどできない。


「拭くぜ!」

「うん」


 結構量があるなら香帆にもあげたいという考えはあるものの、このじゃがいも達は彼女の家のものだから勝手にそうするわけにもいかない。


「ね、香帆にあげてもいい?」

「え? うん、大量に食べれば食べるほど美味しいというわけじゃないからね」

「そっか、ありがとう」


 自分がされたくないからそうさせてもらうんだ。

 ……こういうことがあるとお小遣いを貰った方がいいんじゃないかという気持ちになる。

 だってなにも返せないからだ、お金が全てではなくてもやはりお金は必要で。


「そういえばさー」

「うん?」


 水気をしっかり取るということに集中していたはずなのにあっという間にそちらに意識が向いてしまった、否、向けざるを得なかったと言うべきだろうか?


「香帆とお風呂に入りに行ったって本当?」

「うん、なんかいきなりそういうことになってね」


 香帆は細くて肌が綺麗で羨ましかった。

 やはり自分のは分からないからどうしても他の人の方が綺麗に見えてしまう。


「も、もしかして晒したの?」

「え、だって……お風呂だから」


 進んで見せるような趣味はないけどそういう場所だから仕方がない。

 最初はあった緊張なんかも大きな湯船につかれたらどこかに吹っ飛んでいった。

 問題があったとすれば帰り道がいつもよりも寒かったということだろうか?


「おいおいおい! 私の友達は痴女だったのかあ!?」

「い、いやいや、お風呂だから……」

「……それは冗談だけどなんかおかしくない? 香帆とこそこそ行動してさ」


 市販のとはいえチョコを渡すという任務があったのだ。

 その点、鈴にはもう渡せていたし、あのときも用事があるということだったから一緒にいられなかったのもそれまた仕方がないことだと思う。


「香帆には渡せていなかったから来てもらったんだ」

「もういいよっ、私とも入ってくれればだけどねっ」


 さ、さすがに二度も他の人のお金で払ってもらうのも申し訳ないと言ってみたものの、


「じゃあここで入ればいいじゃんっ、緊張するなら恵の家のでもいいしっ」


 と、もう既に感情的になり始めてしまっていた。

 こうなったら大抵は止まらない、ポテトチップスのことを言っても優先順位が変わってしまったみたいで無駄だった。


「き、着替えは?」

「私のやつを貸すから」


 揚げたら美味しいポテトチップスが食べられるというところで予定が変わってしまった。

 彼女は早速お風呂に入れるよう準備を始めた。

 私はてきぱきと動く彼女をただ見ていることだけしかできなかった。


「行くよっ」

「う、うん」


 慣れない人もいるのが当たり前の銭湯と誰かの家で誰かと入るのとは違う気がする。

 向こうは割り切れてもこちらはそうはいかない。

 だって知っている子が相手なわけだし、それになにより近距離で見られるわけだし……。


「先に洗っていいよ」

「う、うん」


 ……いや、これは銭湯、脱衣所だと考えればいい。

 中に入ってもそう、これは銭湯、洗ってから入るのが当たり前だと考えて行動すればいい。

 あれから心だって強くなったのだ、いまさらこんなことで負ける私ではないだろう。


「おお、美味しくできたねっ」

「そうだね」


 あまり放置するのもあれだからといっぱい揚げた。

 香帆にも来てもらってどんどんと食べてもらった。

 お風呂? 特になにもなかった。


「別れの時間はあっという間にくるね」

「うん」


 いきなり呼んだ私が悪いけど香帆はもう帰ってしまった。

 そしてもう十七時を過ぎているから私も帰らなければならない時間がきてしまった。


「お風呂に入っているならもうここで寝ればいいのでは?」

「でも、ちょっとお腹空いちゃったから」

「おいおい、あれだけ食べてまだお腹が空いているんですかい?」


 食べることが大好きな私としてはあれぐらいだと……うん。

 それにあれはカテゴリー的にごはんではなくお菓子なわけで。

 まあ、お菓子なのに後片付けなどは結構大変なんだけど。


「食いしん坊だなあ」

「今日はありがとう」

「仕方がないか、気をつけて帰るんだよ?」

「うん、ばいばい」


 歩きながら考えていた。

 今度は母と一緒に作ってみても楽しめるかなと。

 美味しかったから私が頑張って作って食べてもらうのでもよかった。




「香帆? なにぼうっとしてるの?」

「別にしてないわよ」


 ただ静かにしているだけでぼうっとしている扱いは困る。

 別に特に意味はないが鈴の方を見てみたら何故か固まってしまっていた。

 座ったまま寝ている……わけではないだろうからこれはまた珍しい感じだ。


「鈴、どうしたのよ?」

「あ、香帆……」


 鈴は恵の席の方を見て「今日はお休みだから……」と言った。

 なるほど、ただ風邪を引いて来られなかったというだけなのに大袈裟に反応しているのか。


「放課後に行ってあげればいいじゃない」

「そうなんだけどさ……」


 毎日休まずに通うことだけが私にできることだから、とか言っていた人間がこれだ。

 冬というのもあるのだろうが、多分なにか馬鹿なことをしたんだと思う。

 そうでもなければただ寒いというだけで風邪の頻度が増えたりはしないわけだし。

 が、鈴は結局放課後までずっとそんな感じだった。

 ……ま、私もあんまり人のことは言えないのかもしれないけど。


「香帆っ、行こうっ」

「分かったから落ち着きなさい」


 いきなりこんな激しい人間が来ても困るだろうから落ち着かせなければならない。

 はぁ、こればかりは恵を責めるしかないようだ。

 恵のせいで私もなんとも言えない気持ちで過ごすことになったわけだし。


「はい……あ、来てくれたんだ」

「恵大丈夫っ!?」

「うん、大丈夫だよ」


 思ったよりも元気そうでよかった。

 が、文句を言いたいことがあったから勝手に上がらせてもらう。


「元気だから休むことはないんじゃなかった?」

「うっ、ちょっとお風呂でぼーっとしちゃってて……」


 そんなことだと思った。

 なんかむかついたから物凄く軽い力でチョップしておいた。


「あいた……」

「自業自得よ、あんたのせいで私達は今日一日集中できなかったんだから」

「……それって私がいなくて寂しかったってこと?」

「調子に乗んな、あんたは水でも飲んでな」


 あまり長居しても治そうとしているところに邪魔をするだけだからと帰ろうとした自分。

 だが、鈴は絶対に帰らないぞと言わんばかりに恵に抱きついてしまっていた。

 ……こうなると自分だけ帰るのは違うからこちらも残るしかなくなるわけで。


「……私の方が寂しかったんだけどね、鈴や香帆に会えなくて」

「じゃあ長風呂なんてするな、冬にするとか馬鹿じゃないの?」

「ごめん……」


 違う……こんなことが言いたかったわけじゃないんだ。

 そもそも弱っているときに責めるとかクソだし、矛盾しているけど。


「こ、これからは気をつけて、あんたがいないのはなんか調子狂うし」

「……うん、ありがとう」


 ああもう、こいつのすぐ礼を言う癖はなんなんだ。

 調子が狂う、もういいから私は黙っておこう。

 鈴と話したいだろうしね、鈴だって恵と話したいだろうし。


「恵、明日は来られるんだよね?」

「うん、いっぱい寝たからそれは大丈夫だよ」

「ならよかった……」


 これでぼうっとしているとか言われなくて済みそうだ。

 明日も休んだら……そのときは遠慮なく言葉で殴ろうと思う。


「今日は口数が少ないね」

「……それは恵のせいだよ」

「ごめん、だけど来てくれて嬉しかったよ」


 これは空気を読んで帰った方がいいだろうか?

 いや、別に帰れなんて言われていないんだから残ればいい。


「ちゃんと治してほしいからもう帰るね」

「うん、気をつけてね」


 あれ、意外と鈴のやつが帰ると言い始めた。

 これなら残っている必要もないから帰ればいいか。


「珍しいじゃない、帰るって自分から言い出すなんて」

「……だって悪化させたくなかったから」

「あんたも変わったわね」

「そ、そう?」

「うん、変わったわよ」


 昔の鈴よりも好きになれるかもしれない。

 ま、邪魔はしたくないから余計なことは言わないけどね。

 とにかく早く治せよというのが今日の正直な感想だった。




「うぅ、ごめんよぉ」

「ううん、私のせいだから」


 翌日の放課後、今度は鈴が風邪を引いてしまったために西口家へと来ていた。

 ちなみに香帆は「ふたりきりの方がいいだろうから」とかで来ていない。


「はい、飲み物飲んで」

「ありがとぅ……」


 私のときと違って明日来られるような感じではなかった。

 まあ明後日は休日だからそれでゆっくり治すのもありかもしれない。

 無理して余計に悪化してしまったら嫌だし……。


「香帆は?」

「ふふ、空気を読んだつもりでいるみたい」

「ああ……」


 気にしないで来てくれればよかった。

 独り占めしたいとかそういう危ない思考はしていない。

 風邪を引いてほしくないからこれでよかったのかもしれないけど。


「恵ぃ……」

「いるよ」

「好きぃ」

「ははは、ありがとう」


 自分勝手なあれだけどいさせてもらうことにした。

 私が離れたくないというのが大きい。


「授業には集中できた?」

「駄目だった、昨日の鈴達の気持ちが分かったよ」


 一応、静かにはしていたから怒られることはなかった。

 それでも何度も香帆からは注意されてしまったからいいとはとてもじゃないけど言えない。

 だから早く戻ってきてほしかった。

 それかもしくは私に移して、彼女だけは元気に通ってほしかった。


「……恵って結構大胆だよね」

「そう?」

「うん、あのときも真っ直ぐに好きとか言ってきてさ……」


 抱えているままじゃ伝わらないからだ。

 小中学時代みたいな過ごし方はもう嫌だった。

 こうすることでいい方に傾くということなら大胆でもいいのではないだろうか?


「嘘じゃないから」

「それは分かるよ、恵はこういうことで嘘とかつけなさそうだから」

「うん、鈴のことが大切なんだよ」


 ただ、今日のこれは少しだけチート行為なのかもしれない。

 相手が弱っているから勢いでなにもかも吐いてしまおうとしている汚い自分がいる。

 だけどもし、少しでも効果があるのなら。

 ……たまにだけでも来てくれればいいだなんて考えていた私はもういなくなってしまっているけど、これまでのように来てくれるのなら。

 じゃあ言ってみるだけの価値はあるのではないだろうか?

 ……タイミングを考えろって話か。


「鈴、私はもうこれで帰るね」

「……恵さえよければまだいてほしい」

「あ、じゃあ……」


 ベッドの側面に背を預けて座る。

 最初と違って会話がなくても気まずいようなことはなくなった。

 彼女といることで緊張するような自分も消えた。

 それどころかどんどんと好きになっている自分が現れた。


「ねえ、香帆と付き合っていたときはどんなことをしていたの?」

「いまみたいな感じだよ」

「抱きしめたりとかはしたの?」

「それぐらいはね」

「キ……ちゅーとかは?」


 最後の最後でヘタれてしまった。

 彼女がそれを「ははは、質問攻めしてくれますなあ」と笑ってくれてよかった。


「したことあるよ、私からね」

「そっか」


 それなのになにが不満だったのだろうか?

 彼女のどんな行為に冷めてしまったのか。


「興味があるの?」

「ちゅーよりは恋愛にだけど」


 なんと言われても想像することしかできない側だから理想を抱きがちになる。

 この機会を逃したらもうないかもしれない。

 だから鈴にその気があれば……。


「ふぅ」

「大丈夫なの?」

「うん、さっきまでずっと寝ていたから転んでいると痛くてね」


 昨日同じことを体験したから気持ちは分かる。

 立ち上がって後ろを見てみたらなんか少し回復しているように見えた。

 ……願望かもしれないけど治ってくれた方がいいからこのままでいい。


「ちょいちょい」

「うん? はい」

「来てくれてありがとう」

「はは、うん」


 頭を撫でてもらえるの好きだな。

 って、普通は私が撫でる側だと思うけど。


「ぎゅー……っとしたいところだけどまた熱を出されても嫌だからやめておくよ」

「……じゃあ私からするなら別にいい?」

「え」


 固まっている内にやらせてもらった。

 お母さんにしたぐらいでこんな行為は意識していなければやらないことだ。

 勝手にさせてもらって勝手に満足していたら「もう」と怒られてしまった。


「こ、これでもう帰るね、明日無理そうなら無理せず休んで月曜日にはちゃんと来てね」


 って、鍵を閉めなければならないから結局下までは行かなければならないわけだけど。


「鈴、嫌わないでね」

「どうしようかな」

「……仮に嫌いになっちゃっても直接ぶつけてこなければ耐えられるから」


 それでも今日は帰路に就く。

 焦っても悪くなるばかりでいいことはなにもない。

 あと、自由にしておきながら嫌わないでとか言う自分が微妙に思えた。

 寒さがそれを責めるように私を冷やしていく。


「ただいま」


 とにかくいまは治してほしかった。




「体調はどうなの?」

「……さっきので余計に悪化した」


 耳からスマホを離して数秒間馬鹿みたいに見つめてしまった。

 なにも予定ができていなければ恵が行ったはずなんだけど……。


「それより香帆も来てよ」

「空気を読んだつもりなんだけど?」

「……嘘、ありがとう」


 よし、明日恵に色々聞いてみよう。

 面白い反応を見せてくれるかもしれない。

 それこそ昔の私みたいなそんな恵がね。


「明日は来られんの?」

「……うーん、分からない」

「ま、それなら土日も含めてゆっくり休んで学校に来なさい」

「うん、ありがとう」

「ただ、恵が寂しがるから明日来られるのが一番だけどね」


 後ろの席だから授業中は分からないけどどうせソワソワしているに違いないんだ。

 それが鈴が来ればあっさりと普通に戻れる。

 もうこうなったら露骨に変えられていてもむかつくとかそういうのはなかった。

 寧ろ任せたいぐらいだ、これでも一応一度は本気で好きになった相手のことだしね。


「頑張るよ」

「頑張らなくていいからとにかく休みなさい、じゃあね」


 それに元気な鈴が一番だというのは同意見。

 早く治ってほしかった。

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