05話.[なんだろうか?]

 二月十四日、バレンタインデー。

 ご飯作りはできてもお菓子作りはできない自分は市販のチョコレートを持って待っていた。


「お待たせ、寒かった?」

「ううん、大丈夫だよ」


 今日の相手は鈴ではなく香帆だ。

 鈴にはもう渡せているからあとは彼女に渡すことだけが私の任務。


「こ、これっ」

「ぐはっ、な、なによっ」

「ちょ、チョコだけど……」


 つい勢いをつけすぎで彼女のお腹に押し付けすぎてしまったようだ。

 同性に渡すというだけなのにどうしてここまで緊張しているのかという話だろう。


「チョコ? 私は用意していないけど」

「いいよ、普段お世話になっているからそのお礼ということで」


 ホワイトデーの際に返さなくていいとも言っておいた。

 これは自己満足の行為だ、受け取ってもらえただけで十分だ。

 目の前で捨ててくれなければ自由にしてくれて構わない。

 家族にあげるのもいいし、まあ、食べてくれれば一番嬉しいけど。


「ふーん、あんたこういうのあげるんだ?」

「今年が初めてだよ、これまでは友達がいなかったから」

「ふーん……って、反応しづらいこと言うな」


 それから彼女は「鈴にもあげたのよね?」と聞いてきた。

 もちろんそうだから頷いたらなんか笑われてしまった。


「ま、ありがと、食べさせてもらうわ」

「うん、いつも一緒にいてくれてありがとう」

「別にいいわよ、じゃあね――と言おうとしたけどたまには相手をしてやるか」


 彼女も鈴とは違う魅力がある人だ。

 一緒にいられるのならそれに越したことはない。

 それに今日は用事があるということでもう会えないし。


「はい、アイス」

「ありがとう」


 彼女の自宅前の段差に座って敢えて冷たいものを食べることになった。

 けど、こういうものはいつ食べても美味しいということを知っている。

 ひとりなら寒さに負けたり、ひとりでいる寂しさに負けるところだけど彼女が、誰かがいてくれるということで気にせずにいることができていた。


「あんたはちょっと変わったわね」

「そう?」

「うん、明るくなったわ」


 それならふたりのおかげとしか言いようがない。

 去年と違って家にいるのも気まずいとかそういうことはなくなったのもそうだ。


「それは香帆達のおかげだよ」

「嘘つき、鈴だけがいればいいんでしょ?」

「ふたりとも大切な友達だから」


 鈴のことを独り占めしたいと考えることは多いものの、香帆ともいられないと嫌だった。

 これも弊害だと思う、多分去られたらまた逆戻りすることになる。

 だからそのことを伝えたら、


「ま、あんたのことは嫌いじゃないからいてあげるわよ」


 と彼女は言ってくれた。

 多少無理やりそう言わさせたようなところはあるけど……気にせずにいよう。

 一応は彼女の意思でそう言ってくれたってことなんだし。


「で、あんた鈴が好きなの?」

「いまはまだ友達としてって感じだけど」

「へえ、まあ鈴は優しいから好きになるのは無理もないか」


 いま私達はふたりきりだ。

 学校や放課後にこうして過ごそうとすると大抵は彼女に予定があって無理だから聞きたいことを聞いておこうと決めた。

 そして早速それをぶつけてみた。


「え? ははは、もしかして私が鈴のことを好きだとでも思ってたの?」

「違うの?」

「好きだけどそういうつもりで見ているわけではないわ」

「泣いちゃうぐらいなのに?」

「……あんたの頬を引きちぎってやりたいぐらいよ」


 それはなんとも……怖い話だ。

 いいか、本人がないって言っているんだから。

 それなら余計なことはしない、応援したりとかはしないということになる。


「それよりあんた……」

「な、なに?」

「何気にある、わよね」


 運気……とかだろうか?

 もしそれなら確かにあると思う。

 だってふたりと友達になれたうえに仲良くなれているわけだから。


「いまから銭湯に行くわよっ」

「え、お金がな――」

「払うから早くしなさいっ」


 腕を掴まれて強制的に連れて行かれている最中、内はごちゃごちゃとしていた。

 大きなお風呂に入れるというワクワクと、他の誰かがいるところで裸になるドキドキと。

 でも、実際はなんてことはなかった。

 どちらかと言えば払ってもらったことが気になっているぐらい。


「なんかむかつくわ」

「あ、なんとかお母さんに頼んで払うから」

「そういうことじゃないわよ、どちらかと言えばマイナス属性なのに体だけはプラス属性じゃないって言いたいの」


 そ、そうなのだろうか?

 自分で見てもなんとも言えない感じだから他者からの意見なら信じるべきだろうか?


「まあいいわ、って、ああ!?」

「えっ?」


 こうやって大袈裟なリアクションをするところは鈴によく似ていると思った。

 ……言ったら怒られそうだから口にはしなかったけど。


「チョコが溶けちゃうじゃない、すぐに食べたいからもう帰るわっ」

「うん、今日は付き合ってくれてありがとう」

「それはこっちが言いたいことよ、ありがと、それじゃあね!」


 寒いからこちらも帰ろう。

 やっぱり香帆といるときも楽しいのだと分かった一日となった。




「恵ちゃん、本当に大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ、これでも一応成長しているんだから」


 荷物持ちぐらいなんのその。

 私だってたまにはお母さんの役に立ちたかった。

 が、もう数店舗寄ったうえにまだ買おうとしている母に負けようとしているところだった。


「い、いつもこんな複数のお店に行くの?」

「そうだね、お店によって安い物が違うから」


 すごいな、これをお仕事をしながら繰り返してきてくれたということなんだから。

 私がただなんとか平和に過ごそうとしていた間にも頑張ってくれていたというわけだ。

 そもそもの話として、私を引き取ってくれた時点でそうだし……。


「恵ちゃん、そろそろ受け取ってほしいんだけど」

「いいよ、あそこで住ませてもらっている時点で十分だから」


 もう十分両親には甘えている。

 血の繋がっていない私を大切にしてくれているんだから幸せだ。

 そのうえでお小遣いも貰う、なんてできるわけがない。

 それにいまでもお昼ごはんを持っていったりはしていない。

 無駄なプライドかもしれないけど、私はこれをずっと続けたかった。


「駄目っ」

「ひゃっ!? び、びっくりしたぁ……」

「子どもなんだからもっと甘えなさいっ」


 学費とか生活費とか、私がいなければもっとお金が出ていくことがなくなる。

 だけど生きていたいからそこはもう仕方がないとしても、謙虚でいなければならないのだ。

 最近の私は少し調子に乗ってしまっているところがあるため気をつけたいというのもあった。


「そ、それよりお店に着いたよ、遠慮なくお買い物していいからね」

「……分かった」


 そのお店も次のお店も次の次のお店も見て回ってやっと帰路に就くことになった。

 徒歩だから家から出てきてもう数時間が経過している。

 ただ、お店に寄る度に買い込むというわけではなかったからそこまで重くもなかった。

 体育テストで残念な結果を出した私でもなんとか歩ける程度のレベルだった。


「恵ちゃんももう少しで高校二年生だね」

「うん、なんか想像ができないかな」

「あれだけ小さかった恵ちゃんがこんなに大きくなっているんだからね」


 小さい頃からマイペースなところはあったかもしれない。

 幼稚園及び小学時代の思い出というのが全くない。

 思い出そうとしてもごはんが美味しかったとかそういうことだけしか思い出せない。

 ……だからこそダメージも低く抑えられたのかもしれない。

 もし活発的だったり、とにかく両親が好きだとかそういうのだったらそれはもう酷かったことだろうといまなら想像することができる。


「どんな感じだったっけ?」

「静かな子だったよ、あ、ごはんだけはよく食べていたけど」

「うっ、なんか恥ずかしいな……」

「いいんだよ、いっぱい食べた方が元気になれるからね」


 あと、小学生だったのも影響しているのかもしれない。

 中学生だったり、いまみたいに高校生とかだったら面倒くさいことになっていたはずだから。


「着いたー」

「お疲れ様、手伝ってくれてありがとね」

「ううん、これぐらい普通だよ」


 しまうのを手伝ってから部屋に戻ってきた。

 ベッドに遠慮なく寝転んだら自然とふぅと息が零れた。

 たまに必死に生きたいと思うのはなんでだろうと考えるときがある。

 を見てしまったからなのか、単純に両親やあのふたりといたいからなのか、鈴といつまでも一緒にいたいからなのか。

 まあでも悪いことではないからどんな理由であれ生き続けようと決めていた。

 散々お世話になっておきながら死ぬとかありえないだろう。

 事故や病気なんかでは仕方がないものの、自死なんか絶対に選ばない。


「恵、開けなさい」

「あれっ?」


 開けてみたらいつも通りな感じの香帆がいた。

 まるでそういう約束をしていたみたいな自然な感じで。


「お、お母さんは?」

「下でゆっくりしているわよ?」

「そ、そっか、ま、まあ、入ってよ」

「うん」


 飲み物を取りに行っている最中、実は約束をしていたんじゃないか、そんな気持ちになった。

 でも、どれだけお休み前のやり取りを思い出してもそんなやり取りは交わしていないと。


「あ、私が勝手に来ただけだから気にしなくていいわ」

「そっか、あ、はい」

「ありがと」


 約束を忘れていたとかそういうことじゃなくてよかった。

 あと、誰かが自分の部屋にいるというのが不思議で仕方がなかった。

 ここでできていたことと言えば勉強か寝転ぶかというところだったから。


「なかなか綺麗じゃない」

「うん、お掃除はできる限りしているから」


 お客さんがいつ来てもいいように、ではなかったけど、自分が快適に過ごすためにしていた。

 汚い部屋では寝るときですら気になってしまうからやるしかなかったというのもある。

 こう言ってはなんだけど、ゴミ屋敷に住んでいる人とかよく過ごせるなっていつも思ってた。


「あ、そうそう、鈴が男子から告白されていたのを目撃して今日は来たのよ」

「仲良さそうだった?」

「うーん、少なくとも私は知らない男子ね」


 同性とばかりいる鈴でも男の子側が興味を示せばこうなってもおかしいわけじゃない。

 受け入れるかどうかは全て鈴次第であり、もし受け入れたらおめでとうと言うつもりでいる。


「鈴ってこれまで付き合ったこととかあるの?」

「一回あったわね、小学生の頃に」

「そうなんだ? なんで別れちゃったのかな?」

「さあ? それは傍から見ている私達には分からないことだしね」


 すごいな、付き合ったこととかあるんだ。

 香帆も「私もあるわ」と言ってきたし、普通なら付き合えるのかもしれない。

 まあただ、私にとって恋とかあの頃はどうでもよかったわけだから……。


「ま、恋なんていいことばかりではないのよ」

「苦しくなりそうだよね」

「それもあるし、確かに好きだから付き合ったはずなのに冷めていく自分を直視することになるからよ」


 実はこの香帆と付き合っていた、なんてこともありそうだった。

 もちろんこれも怒られないために言ったりはしないけど。


「だから幻想を抱くのはやめておきなさい」

「うん、教えてくれてありがとう」

「あんたは礼を言ってばかりね」


 彼女は私のベッドに躊躇なく転んで目を閉じてしまった。

 ……もし付き合うことになったら私もこうするしかなくなるのだろうか?

 鈴に対してはすぐ独占欲を働かせようとする自分だからそうなりそうで少し怖い。


「だけどね、好きなら一生懸命になりさいよ」

「うん」

「ま、それを誰が相手でも、いつでもできたら苦労はしないんだけどね」


 好きな人を目の前にすると言葉が出てこない、なんてこともありそうだ。

 私だったら得意のマイナス思考を展開して後退ばかりしそう。


「さてと」

「もう帰るの?」

「は? なにすぐ帰らせようとしてんの?」

「え、ちが……」

「大体ね、あんたは露骨に態度を変えすぎなのよ」


 そんなつもりはなかった。

 香帆といるときだけは一番優先するし、それは鈴のときでも同じなわけで。

 三人でいるときはあくまで中立的な立場にいるつもりだった。

 間違っていることを言っているのなら鈴が相手でもそれは違うとぶつけるぐらい。

 まあ、間違っていることを言うこと自体がほとんどないんだけど。


「それが最高に面白くないわ」

「どうすればいいかな?」

「鈴が来たときだけ露骨に嬉しそうにするのをやめればいいわ」

「わ、分かった、気をつけるね」


 そうか、例えば三人でいるのに鈴が香帆を優先したり、香帆が鈴ばかりを優先していたら確かに気になってしまうかもしれない。


「あとは……んー」

「色々頑張るよ」


 一緒にいられるようにできることなら少しずつするつもりでいる。

 問題なのは私ができるようなことというのは限られているから役に立つかは分からないこと。

 余計なことをしない方が逆にいられるようになるのかもしれない。


「まあいいわ、それだけ守りなさい」

「うん」

「っと、来たみたいね」


 誰が? と聞く前にとたとたと階段を上がってくるような音が聞こえてきた。

 そしてこれまた聞く前に扉が勝手に開けられる。


「やっほーっ」

「よく来たわね」

「当たり前だよっ、恵の部屋に興味があったからねっ」


 そう言われてもただの部屋だとしか言えなかった。

 綺麗にしている以外は特徴がない部屋だと言ってもいい。


「は」

「ん?」

「なに転んでるのっ」

「は? なにか文句あんの?」

「あるよっ、人のベッドで寝ちゃ駄目でしょっ」

「起きてるんだけど?」

「そういう意味じゃなーい!」


 このふたりは仲がいいのにすぐこうなってしまう。

 でも、少しだけ羨ましくもあった。

 できる限り言い合いなんかしたくないけど、これは仲がいいからこそできることだと思うし。


「恵もなんで許可したのっ」

「え、それは香帆が勝手に転んじゃったから……」

「香帆っ」

「まあまあ、落ち着きなさいよ」


 が、これが逆効果だったのは言うまでもなく。

 それから三十分ぐらいなんでなんでなんでなんでとなんで口撃が展開されることになった。

 気恥ずかしくて少し素直になれない、みたいなこともあるのかもしれない。


「鈴はすぐに感情的になるから駄目ね」

「……それは香帆が悪い」

「なんでそこまで恵にこだわるの?」

「前までは消えちゃいそうで心配になったからだったけどいまは違う」

「どう違うの?」


 一瞬こちらを見てニヤリとしたのはこのためにだったのか。

 もしこれで悪い答えが返ってきたら私はきっと……。


「いまはとにかく仲良くしたいからだよ」

「へえ、そういえばあのとき私にもそう言ってくれていたわよね」

「うん、そうだね」


 私がぼけっと過ごしていた間にも彼女達の間にはなにかがあったんだ。

 当たり前だ、差があることなんて私でも分かってる。

 そこで悲しんでいても仕方がない、過去に囚われていても前に進めないから。


「私はあんたのことが好きだった」

「私だってそうだよ」

「だけど、もう変わったのよね」


 な、なんだろうか? やっぱり過去に付き合っていたのは……ということ?


「まあ、私は振られた側なんですけどね」

「それは仕方がない、理想とは違かったのよ」


 なるほど、やはりそうだったみたいだ。

 言い合いをしながらも仲良く居続けることができているからなにも違和感はない。


「あ、恵は置いてけぼりにされちゃって困るよね、私達は小さい頃に付き合っていたんだよ」

「小学生にしてはあれだったのかもしれないわね」

「だけど上手くいかなくなっちゃってさ」

「いいことばかりではないからね」


 それでも私は興味を抱いている、のかもしれない。

 悪いことだって当然あるだろうけど、そればかりではないだろうから。

 まあこのままでいても誰かに迷惑をかけるというわけでもないからいいだろう。


「なんか固まっちゃった」

「さっきだって鈴のこと気にしていたわけだし、無理もないんじゃない?」


 傷ついているとかそういうのではないから大丈夫だと説明しておいた。

 そうしたら何故か鈴が頭を撫でてくれたのだった。

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