04話.[それを見ていた]

「「あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」」


 寒くて暗いそんな場所でお互いに挨拶をしていた。

 あっという間にこのときがきてしまったとも言える。

 四月になれば高校二年生になるということは分かっているものの、なんとなく自分が二年生になっているところが想像できなかった。


「これ、暖かいよ」

「それならよかった」

「長めじゃないから恵にも巻いてあげられはしないけど……」

「いいよ、鈴といられるだけで十分だよ」


 でも、ここはとにかく寒いからどっちかの家に行こうということになった。

 私的には自宅を選んでくれた方が気が楽でいい。

 やっぱり話せるとはいっても向こうが我慢してくれているだけとも言えるから。

 だけどそれは鈴に同じ思いを味わえと言っているようなものだから難しいと。


「私的には恵の家でいいけどね」

「む、無理しなくていいよ」

「いいから行こ、恵といられればそれで十分なんだから」


 逆にここまで言ってくれるとそれはそれで怖かった。

 彼女は本当に私のどこに興味を抱いてくれているのだろうか?

 少しずつ変わろうとしているところだから無駄にマイナスに考えたりはしないけど……。


「お邪魔しまっ――いけないいけない、もう時間がやばかったんだった」

「ははは」


 もう一時三十分というところだ。

 体が冷えているから無理やり温めるためにも牛乳を温めて飲むことにした。


「はは、白いおひげができてるよ?」

「それは恵だってそうだよ」


 なんかこういう時間が幸せだ。

 彼女にとっては関わる人の中のひとりというところだろうけど、私にとっては違うから。

 こういう日でも優先してくれているということが嬉しかった。


「ふぅ、どうする? もう寝る?」

「私はまだ鈴と話していたいかな」

「おお、だいぶ言えるようになりましたな」

「正直になろうと思って、マイナスに考えてばかりいても悲しい結果になるだけだから」


 変わろうと決めたのに同じ選択ばかり続けていたら駄目だ。

 慣れていないことをするわけだから失敗もするだろうけど、失敗を恐れてなにもしないままでいたらいつまで経っても変われない。

 きっと彼女だって興味を失くして離れていってしまうだろうから頑張るならいまなんだ。


「もう冬休みも終わりだね」

「あっという間だったね」

「香帆は元気にしているかなー」

「あ、やっぱり気になるんだ?」

「まあね、あれでも一応大切な友達だから」


 大切か、私がそう言ってもらえるようなときはくるのだろうか?

 いや、いくらマイナス思考をなるべくしないと決めていてもどうしても考えてしまうのだ。

 こればかりはひとりで過ごした中学時代がある以上、どうしようもないことだと思う。


「いまから呼ぶ?」

「んー、ちょっと気になるから恵がいいなら呼ぼうか」


 彼女が連絡している間、なんとも言えない気持ちでそれを見ていた。

 ……独占欲を働かせてしまっているのが本当に駄目だ。

 どうしてこうなのか――は何回も考えたように初めて友達と言える相手が現れたから。


「はぁ、いきなり呼ぶんじゃないわよ」

「気になったんだから仕方がないでしょ、全く顔を見せないしさ」

「元気にやっているわよ」


 寧ろこのふたりの仲をもっと深めさせることで無駄な期待をしなくて済むかもしれない。

 いや、それどころか私といるよりも絶対にその方がいいだろう。

 でも、ここでひとつ引っかかるのは、それとなく行動できる自信がないということだ。

 極端なことしかできないのであれば動くべきではないかもしれない。


「で、なんで恵はそんな顔してんの?」

「ううん、あ、ホットミルク飲む?」

「あー、じゃあ貰おうかな」


 とにかく、一緒に過ごさないようになんかはできないから気をつけないと。

 ほどほどにしておかないと近くにすらいてくれなくなってしまうから。


「どうぞ」

「ありがと」


 だから少し観察してみようと決めた。

 今日だけでは足りないだろうから学校などでもしっかりと見る。

 四月になったらクラスも別れてしまうかもしれないから、矛盾しているけどさらに仲を深めておくのもきっと役に立つことだろうと判断して。


「じー」

「な、なんかめちゃくちゃ見られてるんだけど……」

「香帆がなにかしたんじゃない?」

「え、クリスマス以外は会っていないわよ?」


 いま分かっているのはお互いに名前で呼び合って仲良さそうだということだ。

 言いたいことも結構言えていると思う、そのせいでこちらがハラハラすることがあるぐらい。

「私に興味はないわよ」と言ったときの出口さんは別に特に気にしている感じではなかった。

 だけど思わず涙を流してしまうようなぐらいだからそういう気持ちがあってもおかしくはない――という風に私は勝手に考えている。

 もし協力してくれと言われたら私は素直に協力、そして応援ができるだろうか?

 ……違う、もしそうなったら無理矢理にでもそうするしかないんだ。

 何度も言うけど、私よりも彼女といる方が絶対にいいから。

 そのときがきたら甘いものとかをたくさん食べて発散させようと決めた。




 年が変わってから早くも二十日が経過した。

 その間にも決めた通り観察を続けているものの、別になにかをする必要がないぐらいふたりは既に仲が良かった。

 だから余計なことはしないでいるようにしている。

 だからといって変に拒んでひとりでいるわけでもない。

 それどころかあれからさらに仲良くできているような気がした。


「香帆」

「ごめん、呼ばれたから」

「はいよー」

「放課後は約束を守れよー」

「分かっているわ」


 香帆を連れて廊下に出る。

 そうしたら何故かおでこにチョップされてしまったけど。


「もう、あんたは寂しがり屋ね」

「だって鈴は他の子と盛り上がっているから」


 大体、香帆達が一緒にいないのが悪いんだ。

 香帆が属しているグループの子とは話せるようになったからこういうこともできるけど、鈴がいつも一緒にいる子達のところに突撃はできていなかった。

 なんだろうね、鈴に近づく人間を許さない的な――勝手にそう思っているだけか……。


「なにかおかしくない? どうして別々のグループができてるの?」

「そりゃできるでしょうよ、それぞれが色々考えて行動しているんだから」

「……泣いちゃうぐらいなのに鈴といなくていいの?」

「それを言うな。いいのよ、それにそんなに気になるならあんただけで行けばいいじゃない」


 それができたら苦労はしていないよ。

 これは遠回しに言っているのと同じなんだ。

 香帆を利用してでも鈴に近づきたい。

 だけど彼女にそのつもりがないから来てくれるまでは見ているしかできないというわけだ。


「協力してください……」

「やだ、自分で頑張りなさい」


 仲良くなれてから少しだけ意地悪になってしまった。

 仲良くなれたからこそなのかもしれないものの、なんか自分の場合は冗談とかではなく本気で言われれているような気がして気になってくるというか……。


「おいおーい、そんなところでなにしているんだい?」

「鈴、こいつの相手をちゃんとしてやらないと駄目じゃない」

「え? さっきも一緒に過ごしたし、なんなら放課後だって約束をしているぐらいだけど」


 鈴から聞いて「うわあ、こいつそれでもこんなんなの?」という顔で見てきた。

 仕方がない、少しでも一緒にいられないと不安になるんだ。

 あと、一緒にいる子達と比べて自分には魅力がないからどうしてもこうなる。


「やだなー、恵ってば寂しがり屋さんなんだからー」

「鈴が悪いのもあるわよ、こういうタイプは少しでも構わないと駄目なんだから」

「んー、じゃあグループに入れちゃおうかな」

「それはやめてあげなさい」


 よかった、香帆が代わりに言ってくれて。

 グループに所属しようとするのは変わろうとしている私でも無理だ。

 一対一、それかもしくは慣れた相手ふたりと話すのが精一杯で。


「といってもねえ、一応友達がいるわけですからね」

「まあそうよね、私だって鈴だけを優先とかはできないわけだし」

「でしょ?」


 いまは独占しようとなんて考えていないからこのままでいい。

 いまでも望みは変わらないのだ、たまにだけでも来てくれればいいわけで。

 だけど彼女達はそこそこの頻度で来てくれているから寂しくならずに済んでいる、というところだろうか?

 ……まあいまみたいに漏れ出てしまうこともあるんだけど……。


「放課後にはちゃんと相手をするから許しておくれ」

「うん、それに他の人を優先してくれればいいから」


 予鈴が鳴ったから解散、というか、教室に戻ることになった。

 それからすぐに授業が始まって教室内は静かになった。

 最後列だから鈴も香帆も見ることができる。

 もちろんそればかりに意識を割いているわけにもいかないから、しっかりと聞き、板書をしながら見ていた。

 あのふたりは私に優しくしてくれる、毎日話しかけてくれる。

 一緒に遊びに出かけてくれるし、一緒に頑張ろうとしてくれるし。

 鈴が入学した頃から話しかけてきてくれなかったらあのとき変えることもできなかったし、香帆とも普通に話せるようにはなっていなかった。


「なんか視線を感じるわ」

「出口、誰のだ?」

「あっ、す、すみません……」


 ……私以外にももしかしたら見ていた人がいるのかもしれない。

 それこそ鈴の倍ぐらいの人と関わっているわけだからモテたりもするかもしれない。

 授業はあっという間に終わった。

 そしてそれと同時に何故か香帆がこちらに近づいてきた。

 友達がこちらにはいるからきっとその人達に用があるんだと考えていたら私の机をバンッと叩いて見下ろしてくる。


「あんたのせいで恥かいたんだけど」

「な、なんで私?」

「私達の後ろ姿をずっと見る人間なんてあんたしかいないじゃない」


 これは怒られて……いるのかな?

 とりあえず謝罪というのも失礼な気がしたからすっとぼけておいたけど……。


「私もなんかぶるぶるしたよ」

「え、なんで私?」

「私達の後ろ姿を熱心に見るクラスメイトなんて恵しかいないでしょ」


 何故か私のイメージはよくなかった。

 いや……これが普通かと片付けておいた。




「「鈴と香帆のお仕置きをくらいなさいっ」」


 放課後、何故か勉強をすることになった。

 罰として彼女達の課題をしている、とかではなく、普通にそれぞれの課題をしているだけ。

 なにが罰なんだろう……?


「終わった?」

「うん、量もなかったから」

「じゃあ行くよ、まだまだお仕置きタイムは続行なんだから」


 なんか鈴の方もその気になっているようだ。

 あ、香帆と盛り上がれるから楽しもうとしているのかもしれない。

 それなら私がその罰を受けることでもっと時間を確保できるということで。


「はい、これを着てみて」

「うん」


 友達と服屋さんになんて初めて入った。

 言われた通りに服を試着してみた結果、


「ふーん、似合っているじゃない」

「うんうん、普通に可愛いわ」


 なんか香帆がふたりに増えたみたいになってしまったものの、悪くはなかったらしい。

 数着試着したところで買わないのにいるのは申し訳ないと退店することになった。


「私、この石のチョコが好きなのよ」

「あ、分かるっ、地味に美味しいよねっ」

「でも、数個食べるともういらないわってなるんだけどね」


 小さい頃はなるべくわがままを言わないようにしていたからこういうのを食べたことがなかった自分としては、新鮮な感じだった。

 ま、まあ、石と言う割には不思議な色をしているんだけど。

 い、いや、もしかしたら自分が知らないだけでこういう色をした石があるのかもしれないからこんなの石じゃないと判断するのはよくないか。


「もういいわ、寒いし暗くなるから早く帰るわよ」

「あいあいさー」


 暗くなるからではなく既に暗かった。

 あと、さすがに雪は降っていなかったけど凄く寒かった。


「あれ?」

「んー?」

「あんた達は放課後に約束をしていたんじゃなかった?」


 ああ、そのことについては問題はない。

 私達は集まって一緒に過ごそうとしていただけだから。


「大丈夫だよ、ただ一緒に集まろうとしていただけだから、ね――す、鈴?」

「忘れてたあ!? もうっ、香帆が変なことを言ってくるからだよっ!」

「はあ!? 大体あんたが恵に悪戯したいからって言ってきたんでしょうが!」


 ああもうすぐこうなるんだから……。

 ふたりには仲がいいままでいてもらいたいから止めておいた。


「まあいいわ、それじゃあね」

「気をつけてね」

「うん、恵も気をつけなさいよ」


 もちろんこういう反応を示していたわけだからすぐに解散、とはならず。


「へへへー、いまからでも恵を独占できればそれでいいや」

「公園で話す?」

「寒いから私の家に行こうっ」


 早く暖かくなってほしいと思うし、暖かくなったら=として二年生になってクラスも別れてしまうかもしれないからあんまり早くこないでほしいと思うわがままな自分がいる。

 きっと彼女達のことだから別々になっても来てくれはするだろうけど……。


「で、どっちを多く見ていたの?」

「な、なんの話?」

「無駄だから吐いてしまいなさい」


 場所的に香帆と説明したら怒られた。

 当たり前のようにこちらの足に頭を乗っけて、しかもそのうえでつねってきた。


「いたたっ」

「そりゃ怒られて当然だね」

「お、怒っているのは鈴だよね?」


 彼女はにこにことしているのにまだやめようとしない。

 こちらの顔がどんな感じになっているのかは鏡がないから確認しようがないけど、涙目になっていることだけは自分でも分かった。


「……許してあげる」

「あ、ありがとう……」


 ……今度からなにかがあったら涙目になって止めようと決めた。

 冗談はともかくとして、いまこのときだけは鈴の時間を独り占めできるのが嬉しいかな。

 家に帰れば、学校に行けばほぼそんな時間はないから余計にそう思う。

 いっそのことこのまま時間が止まってしまえば、そんな風に本気で考えかけて慌てて捨てた。

 だって止まってしまったら相手は動かないということだ。

 私は元気で楽しそうにしてくれている鈴が好きなんだからそれでは意味がない。

 ……そもそもそんなことは絶対に起きないんだから考えるだけ無駄だけど……。


「もう二月になるね」

「うん、早い」

「毎日悔いなく過ごせているかい?」

「過ごせてないかも」


 少なくとも彼女が関係するそれでは。

 他では特に問題があるようにも思えないからとにかくそれだけだ。


「ほう、どんなことを悔いているんだい?」

「自分から行くことができていないから、私は確かに鈴といたいはずなのにいちいち悪い方に考えて行動できないことが多いからかな」


 人は急には変われないし、変わろうとしても変われるかどうかなんて分からない。

 それでも、不安になりながらでも頑張れる人というのは自分からすれば眩しい存在だった。


「なるほど、私が他の子と盛り上がっているときはそんな風に考えているんだ?」

「うん、だけど邪魔したいわけじゃないことも分かってほしいかな」


 たまにでいいとか考えておきながら守れていない自分だけど、相手を進んで困らせたいみたいなそんな面倒くさい人間というわけでもなかった。

 ただひとつさらにわがままを言わさせてもらうと、どうせなら香帆と盛り上がってほしいというのが正直なところだけど。

 だって別のグループに属しているというのも私からすれば変な感じだから。

 私が積極的に話すようになるまではいつも一緒にいたんだから。


「私は鈴が好きだよ」

「おー、なんか告白されちゃった」

「だから一緒にいたいと思っているということも分かってほしいかな」


 依存……しているところもあるのかもしれない。

 恨むのであれば鈴は自分を恨むしかない。

 こんな人間に優しくしたらこうなるに決まっているから。

 

「そろそろ帰るね」

「うん、気をつけてね」

「うん、今日もありがとう」


 一方通行のままでいい。

 寧ろ一方通行のままの方が傷も少なく済んでいいのではないだろうか?

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