03話.[行ってやるかー]

「メリークリスマース!」


 十二月二十五日、学校が終わるなり自宅で集まっていた。

 途中でご飯とかも買ってきてあるから作る必要もない。

 ちなみに両親はたまにはということで食事に行っている。

 もちろん誘ってくれたけど、友達と集まると言ったら少し寂しそうな顔をしてたな。


「メリクリスマスー」

「ちょっ、なんで香帆がいるのっ」

「は? いちゃ悪いわけ?」

「もう、恵とふたりで楽しもうと思ったのに」


 や、やめてほしい、無駄に敵を作るようなことはしないでほしい。

 私ならいつでも相手をさせてもらうから、大丈夫だから今日は楽しもうよ。

 出口さんだってこんなことを言われたら面白くない。

 本当に西口さんが好きなんだ、それを邪魔してしまっている私が去るべきでは?

 ……なんて、自分の欲望を優先して残るんだけど。


「西口さん、これ……」

「え、プレゼントっ?」

「うん、マフラーだけど」

「あれ、もしかしてこれ手作りっ?」

「うん、ちょっと頑張って作ってみたんだ」


 私は出口さんから参加することを聞いていたから困惑はなかった。

 しかもプレゼントは既に渡してあるから緊張もしなくていいのはいい。


「ありがとう!」

「う、うん」


 やっぱり嘘、ここから逃げたくて仕方がなかった。

 その笑顔は本物なの? そのありがとうは本物なのと内が混乱している。

 だけどここまで気持ちのいい笑顔が偽物だとは思えないし、……などと願望を抱くそんな自分もここにはいた。


「で、香帆からはないの?」

「ないけど」

「えぇ、じゃあなんのために来たの……」

「だから楽しむためよ、恵の家も気になっていたしね」


 初めて彼女達を家に招いた。

 勇気が出なくて無理だと考えていた私はもう消えたのだ。

 仲良くなりたいならなるべく受け入れるべきで。

 そしてこれは特別無茶なことでもなかったから来てもらった形になる。

 私も友達とクリスマスパーティとまではいかなくても盛り上がりたかったのもあった。


「はぁ、だけどちょっと疲れたわ」

「他の友達と集まるって言っていたんだからそのままいればよかったのに」

「どんだけ私と過ごしたくないのよ」


 だけどそうだ、途中で抜けて違うグループに参加というのも微妙な気が……。

 ま、まあ、私的には来てくれて嬉しいから余計なことは言わないでおこう。


「恵はどうなの?」

「私は出口さんとも仲良くしたいからこれでいいかな」

「うん、じゃあ許してあげる」

「はぁ、鈴はこれだから困るわ」


 とにかくせっかく買ってきたのならということでご飯を食べることにした。

 大抵はなにかを食べていれば不満というのも感じなくなるもので、出口さんはもう西口さんに文句を言うことはなかった。


「食べたら眠くなったわ、寝てくるから後で起こして」

「はぁ、香帆はこれだから困るわ」

「真似すんな」


 どこで? と疑問を抱いている内に彼女はリビングから出ていってしまった。

 うーん、一度部屋には連れて行っているから私の部屋で寝てくるのだと片付けておこう。


「恵のばか」

「え……」

「私はふたりきりがよかったのに」


 そう言われても拒んだりなんかしたら嫌われてしまうかもしれないから難しい。

 それに彼女とは普段からふたりきりみたいなものだから満足できると思うけど……。


「私とふたりきりになっても楽しくないでしょ?」

「勝手に決めないで」

「あ、ケーキ食べよ?」

「話を逸らさないで」


 うぅ、どうすればいいんだ。

 他の話題にしようとしても「話を逸らさないで」で終わってしまう話だし……。


「……ごめん、だからそんな顔をしないでよ」

「うん……」

「あと、今日はこのまま泊まってもいいんだよね?」

「うん、それは両親にも説明してあるから」


 出口さんはどうするのかは分からないけど、彼女が泊まるなら泊まると言い出しそうだ。

 それならそれでも問題はない、客間には人数分の布団があるから。


「お風呂入る?」

「入らせてもらおうかな」


 それならと説明するために移動を始める。

 

「それじゃあゆっくり入ってね」


 と、戻ろうとしたんだけど……。


「せめてここではふたりきりがいい」

「わ、分かった」


 当然のようにできなかったから残ることにした。

 彼女が浴室に入ったのを音で確認してから洗面所に再度入室。


「誤解しないでね、別に仲が悪いわけじゃないから」

「うん、出口さんだって西口さんといたがっているよね」

「あの子は寂しがり屋なんだよ、だから相手をしてあげなければならないって分かっているんだけど……」


 彼女は少しだけ小さな声で「恵との時間も大切にしたいんだよ」と言った。

 私だって彼女との時間を大切にしたい。

 だけど、できればもうひとりぐらいは普通に話せる人がいてほしいという気持ちもある。


「恵、マフラーありがとね」

「受け取ってくれてありがとう」


 ひとりでいることばかりだったから色々なことをやろうとした。

 その中で複数好きなことができて、そのひとつの結果がこれに繋がっている。

 まだまだこれから寒くなるというところだから使用してくれると嬉しいなと内で呟いた。


「ふぅ、先に入らせてくれてありがと」

「お客さんなんだから当たり前だよ」


 ある程度のところでリビングに戻ったら暖かった。

 暖かい風を出すことのできる機械というのは本当にすごい。


「さてと、香帆でも起こしに行くかな」

「私が起こしてくるから待ってて」

「あ、じゃあ客間の方に行かせてもらうね」

「うん、すぐ連れてくるから」


 一応客間の方を確認してみてもいなかったから二階へ。

 自分の部屋にそーっと入ったら、


「きゃっ、あ、お、落ちたわけじゃないよね……?」


 床で寝転がっている出口さんを発見して少し驚いた。

 が、ここは心を鬼にして起こさなければならない。


「出口さ――」

「鈴……」

「泣いてる……」


 それを見てやっぱりそうだよね、と。

 多分、これまで毎年ふたりで過ごしてきていたのかもしれない。

 それが今年は相棒がなんか訳の分からない女に構っていたせいでそれがなくなってしまった、みたいな感じになるのかな?


「出口さん起きて」

「ん……」


 それでもこれが私の仕事だ。

 大丈夫、明日の朝まではふたりきりでいられる。

 しかも一緒の部屋で寝られるんだから多少はマシになるだろう。


「西口さんは泊まるんだけどさ、出口さんはどうする?」

「……鈴が泊まるなら泊まらせてもらうわ」

「一階に布団とかあるから行こうよ」


 私は空気を読んでひとり寂しくここで寝ることにしよう。

 邪魔をしたいわけじゃないんだ、他を優先してほしい。

 私のところにはたまにでも来てくれれば十分だった。

 一緒にいればいるほど私のつまらなさが出るだけ。

 それならある程度に絞っておいた方がいいはずだろう。


「あ、じっとしてて」

「え、なん――……もしかして泣いてた?」

「うん、西口さんと一緒に過ごしたかったんだよね? ごめん」

「別に恵が悪いわけじゃないから気にしなくていいわ」


 扉前まで案内して戻ろうとしたけど布団を敷いていなかったことを思い出して入らせてもらうことにした。


「なに先にすやすや寝てるの」

「……それは鈴が冷たいからじゃない」

「悪かったよ、だから拗ねないで」


 布団をしっかり出してから今度こそ退出。

 ただふたりきりにさせたというだけなのに力になれたような気がしていた。

 だからそこまでひとりになっても寂しさはなかったのだった。




「恵、起きなさい」


 今度は私が起こされる側だった。

 体を起こしてよく見てみるともう部屋内は明るかったから結構寝てしまったのかもしれない。

 

「おはよ」

「うん、起こしてくれてありがとう」

「別にいいわよ」


 一階に行ってみるとどうやらまだ西口さんは寝ているようだった。

 彼女の場合は少し早く寝ていたから早起きできた、というところだろうか?

 そもそも早めの時間に起きる人なのかもしれないけど。


「鈴はいつもあんなよ、だから起こさなくていいわ」

「え」

「意地悪がしたいとかそういうのじゃない、鈴は基本的に朝に弱いのよ」


 そうか、しかもいまは冬だから余計に対応しづらいと。

 鬼になる必要はないからゆっくり寝てもらうことにしよう。


「昨日、いっぱい話せてよかったわ」

「そっか」


 私も特に寂しくはなかった。

 でも、できればふたりともう少しぐらい話していたかったかもしれない。

 一緒に過ごした時間の違いから仲間外れみたいになるのは当然だけど、私だって多分……友達なんだから一緒にいたいわけで。


「あ、だけど特別に好きとかそういうのじゃないから安心して」

「えっ、べ、別にそれでもいいけど……」

「ははは、あの子は私になんて興味ないから」


 別に悲しそうな顔をしているとかそういうことはなかった。

 それからふたりで結構会話をしたり、ご飯を食べたりしていたんだけど……。


「全く起きてこないね」

「そうね」


 お昼頃になっても出てくることはなかった。

 これはそろそろ鬼にならなければならないかもしれない。

 友達なんだ、一切気にしなくていいだろう。

 ……本当はただ西口さんとも会話をしたいだけだけど。


「西口さん起きて」


 声掛けを複数回しても反応がなかったから揺する。

 ……手強い、これでも起きないなんてどれだけ眠たかったんだろうか。


「西口さ――」

「うるさいっ」


 腕を掴まれたものの、正直に言えば温かいなというのが感想だった。

 いままで布団の中に入っていたわけだからそうなるのは当たり前だけど。


「……ん? あ、なんか恵の腕を掴んでたよ」

「おはよう、もうお昼頃だけど」


 さすがにもう寝るようなことはしないみたいで体を起こしてくれた。

 よかった、なんか寝顔を見ているのも申し訳ない気がしたから。


「ふぁぁー……香帆は?」

「リビングでゆっくりしてるよ」

「よし、顔を洗ったりしてから行ってやるかー」


 私はその間にご飯を温めたりしておこう。

 この時間だと朝昼兼用みたいになってしまうものの、そこは我慢してもらうしかない。

 

「いただきます」

「寝すぎよ」

「うるさい」


 喧嘩にならなくてよかった。

 やっぱり出口さんも彼女といるときは少し安心できているような顔になっているし。


「ね、ねえ」

「「ん?」」

「大晦日、一緒に行きたい」


 受け身でばかりいるのは違うからとたまには言わさせてもらった。

 こういうことは滅多にしないから早くも部屋に逃げ帰りたくなってきているけど。


「いいよ、どうせ行く相手とかいないし」

「私は誘われているから無理ね」


 ということは彼女とふたりきりか。

 それで緊張したりはしないけど、なんというか喜んだ自分がいた。

 ほ、ほら、出口さんとは最近話し始めたばかりだから、……彼女ともそうだけど。


「ま、鈴のことよろしく頼むわね」

「うん」


 任せてとは言えなかったからとにかく返事だけはしておいた。

 いまから年内最後の日が少しだけ楽しみになったのだった。




「さて、掃除をしようか」

「うん、うん?」


 どうしてか二日が経過しても彼女が家にいた。

 掃除をしたいから家に帰った方がいいと言っても聞いてはくれなかったことになる。


「でも、十分綺麗じゃない?」

「そう……かな?」


 自分の部屋は快適に過ごせるよう日々少しずつしている。

 部屋以外は母と私で協力しながらやっているから確かにそうかもしれない。

 二十八日まで両親は仕事だからいまこの家にはいない。


「……ど、どうせなら私の部屋の掃除を手伝ってほしいかなって」

「うん、分かった」

「よしっ、出発っ」


 ちゃんと鍵を閉めてから外へ。

 珍しく暖房機器を使用していなかったから屋内も十分に寒かったけど、やはりというか外は別格でふたり「ひゃ~」と漏らしながら急いで彼女の家に向かった。


「ふふふ、かかったな?」

「え?」


 彼女の部屋も特に問題はなかった。

 そして彼女からは特に掃除がしたいような雰囲気が伝わってくることはなく。


「私がキミを独占したかっただけなのさ」

「そうなの?」


 嫌ではないから勝手に座らせてもらうことにした。

 クリスマスも一緒に過ごしたぐらいなんだから仲良くはなれているだろうし。


「大体ね、あそこでは普通に断ってほしかったものだけどね」

「西口さ――」

「鈴ね」

「鈴さんだけだと来てくれないときは寂しくなっちゃうから」


 中学時代があんなのだったから誰かといられるようになったらこうなるのは当然だ。

 ひとりだけではなく他の人とも、そんな風になってしまうのは仕方がないと思う。

 だけど私としてもがむしゃらに数を増やせばいいだけとは考えていないので、鈴さんとは特に仲良くしたいというのが正直なところだった。


「出口さんとも仲良くなりたいけど、私は鈴さんともっと仲良くなりたいよ」

「じゃあ呼び捨てプリーズ」

「……す、鈴」


 自分から望んだくせにいざ実際に口にしたら腕を組んで黙ってしまった。

 ここで拒まれたら拒絶し始める可能性がある。

 そんな風にだけはなってほしくはないけど……。


「仕方がないから仲良くしてやるかあ!」

「ひゃっ!?」


 驚いていたら「いちいち驚きすぎ」と言葉で刺されてしまった。

 それは仕方がない、だって不安で不安でどうしようもない時間だったのだから。


「嘘だよ、私が仲良くしてもらう側なんだよ」

「……なんで?」

「まあ細かいことはいいでしょ、それより足を貸しておくれよー」


 なにかを言う前に彼女はダイブしてきた。

 それからこちらを見上げて「よく見えるね」なんて言ってくれている。


「早くマフラーを使いたいな」

「無理して使わなくていいからね」

「そういうこと言わない」


 それなら今日ここに来る際にも使ってくれればよかったと思う。

 でも、それを使用するタイミングなどは彼女次第なんだから野暮なことは言わない。


「恵には自信を持って過ごしてほしいな」

「鈴のおかげで多少はマシになったよ?」

「嘘つき、そろそろ邪魔なら捨ててもいいからとか言い出しかねないところだったよね?」


 さすがにそこまではマイナス思考をしていない。

 時間がそこそこかかったからそれを捨てられたら悲しい。

 いくら私でも、仮に保険をかけるためでもそこまでは言わないわけで。


「使わなくてもいいから捨てないで……」

「捨てないよっ、私のことをなんだと思っているのさっ」

「いい人だよ、私にも話しかけてくれるし、優しくしてくれるし」

「ふーん」


 どんな反応をされようとそう思っていることには変わらないから気にしなくていい。

 悪口を言っているわけではないんだから文句を言われるようなこともないだろう。

 いやでもいま思うのは、よくアレを見て精神が死ななかったということだ。

 普通だったらトラウマになっているはずなんだけど……。


「私、死体を見たことがあるんだ」

「え、ど、動物の……だよね?」

「ううん、朝まで普通に生きていた人のだよ」


 馬鹿すぎたのか、人はいつか死ぬものだからと片付けられたのか。

 ただ、私の中のなにかが欠けていたのかもしれないといまそんな風に考えている。

 ふたりに引き取られてから気づいて暴れたとかそんなことは一切なかったし。

 うーん、だけど私のせいでとも考えたことがあるから変な人間ではないと思いたいけど……。


「じ、事故?」

「ううん。でも、もしかしたら私がこうなったのはそれが関係しているかもしれない」


 どこにお墓があるのかも分からない。

 小学生の頃からこっちにきたというのにお墓参りをしたこともない。

 しかも聞こうともしていないからやはり問題はあるのかもしれない。


「だけど私は変わりたいと思ってるよ」

「そ、そうなの?」

「うん」


 他者からしたらマイナスな思考ばかりをする人間かもしれないけど。

 せっかく巻き込まずに残してくれたんだから生き続けたかった。

 もちろん嫌なこととかはたくさんあるだろうけど生きていれば前に進めるから。


「直せるところは直していくから不満があったらどんどん言ってほしい」


 指摘されなければ気づけないかもしれないからこれしかない。

 友達で、優しくて、一緒にいたいって言ってくれている子だからこそ言えたのだ。

 この先同じような人が現れるとも限らないからこのチャンスを無駄にしたくなかった。

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