第3話 真究竟真実義大賞
真究竟真実義大賞という全俱楽部合同の賞がある。真実義を真に究竟するという附属高校の教育目標に沿った大賞ではあるが、倶楽部系の、謂わば“私設の賞”なので、成績にも進級にも進学にも影響はなく、報奨的なものもない。無意味で、且つ無意義とも言えた。
しかし、彼らに世俗的な価値など関係ない。むしろ、世の潮流に合わないことを喜ぶ向きすらあった。
最高の哲学で、且つ最高の芸術である作品に与えられる賞であるが、応募と審査会推挙委員会が推挙した作品の中から、審査会が審査して選定、全員投票で決定される。
推挙委員会と審査会には、倶楽部OG・OB(GB)も数名含まれていた。審査会の最高顧問はGBで、ここ数年は天易真兮である。
なお、通年行われている全倶楽部員による人気投票の上位作品も審査会にかけられた。
大賞受賞作、及び優秀賞の発表は毎年二月である。授賞式は映画倶楽部が撮影し、ネット配信された。
卒業生であり、(農家の手伝い以外は)仕事もしていない平衛隆臥は喜んで推挙委員会の委員を引き受けている。頻繁に各倶楽部に出入りしていた。
又、在学中は文學倶楽部に属していた彼はシニア倶楽部にもよく顔を出す。カフェ『浪漫’S』でスツールに坐ってカウンターに肘を突き、ペパーミントの酒を啜りながら、頌歌を創るのが常であった。
今年は誰を推挙しようかなどと楽しく思案している。昨年度は古代工芸倶楽部の銅板製透かし彫りの幡(ばん。幡というと、寺などで見る布製のものが多いが、銅板などで造ったものも古代にはあった)と、演劇倶楽部の授業乱入事件劇を推挙したが、いずれも受賞には至らなかった。
後者の、授業乱入事件劇は、実況型演劇とも言わる類のパフォーマンスで、実際の授業に乱入して授業妨害でしかないパフォーマンスを演じ、職員室で怒られ、自宅謹慎処分となって(二人と寮生活なので)三日間、寮の自室にて自粛するという一連の事柄を作品と(称)したものだが、自粛に入った時点からは鑑賞者のいない劇で、当然だが、当事者である二人以外に観客はいない。
「それがいいのさ。俺たちはオーディエンスに迎合しないし、拝金主義者でもない」
そう宣うのであった。
彼ら倶楽部人の活動が正規の部活になれないし、なりたくもない理由がこの逸話一つを聞くだけでも、明々白々であろう。
ちなみに、今年の有力候補は、文學倶楽部の座禅派で、座禅によって得た観想を小説と称する輩で、誰にも読めない。自分も二度と観ることができない。
読者は空想によって、観想したであろうものを観照するのである。
「すべての文学も根本原理的には同じようなもんだろう」
それが大勢の意見であった。
まあ、そう言えなくもない。確かに、文藝とは読者の胸郭の中で醸造されるものであった。
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