第2話 変な人たち

 天易覚讀(あまやすかくよむ)は面白い小説が書けると、文学賞に応募し、大事な小説が書けると、投稿サイトに投稿した。

「偉大な真理は万民に共有されるべきで、そのためには、無償で誰でも読める投稿サイトが最適だ」

 彼はそう言った。

 自分の作品を人の読むべき重要な作品と位置づけること自体が既に誇大妄想的だが、そういうおかしな人間の最大にして共通な症状は、自分をおかしいと思わないことだとすれば、彼は純血にして正統なるまともじゃない人だ。

「売文は蔑むべきものだ」

 彼はそういうふうにも言った。

 彼にとって、芸術は神聖にして冒してはならないものなのだ。至上主義の一派だ。


 正直、至上主義系の連中は鼻持ちならない奴らが多い。大昔は書けない小説家という浅薄な流行があったが、書かない小説家を矜持とする輩もいる。その根拠は仏陀の無記だ。無記とは、「記別せざる、説明しない」の義だが、ともかく彼らは書かないのである。


 その一派には、書かないことで逆に現実すべてを表現しているとか、特定の文章ではなく、現実すべてが小説だから(書かない)という奴輩もいる。彝之修羅(いのしゅら)は「世界が俺の作品だ」と宣うのであった。

 至上主義レアリズム派だ。


 ちなみに、彝佐独白(いさどくはく)は文字にせず、語ることで小説を表現するが、小説はメディアを選ばないという、真兮氏の説に同調する者で、かつ、小説の原型は語部であるという考えから、そのように実行する者で、文章には書かないが、書かない連中とはまったく違うし、演劇でも講談でもないと主張し、憚らない人物である。

 彼の親友の平衛漫路(ひらえそぞろ)は文藝は芸だと称し、じぶんは芸人ですと言っていた。


 又、アイロニカル私小説派は毎日自分の行いを日記のようにただ書き連ねていくだけで、最初はネオ私小説派と呼ばれたが、

「どう考えてもディスってるだろ」

 と誰かが言って、むしろ私小説家を揶揄してるのだということになり、そういう名称にカテゴライズされた。

 実際、彼は教室で机の上の右に消しゴムを置いて左にシャーペンを擱いた、そしてノートを開き三行目から書き始めるなど延々事実を綴るのである。確かに真実ではあった。

 平衛ねお(ひらえねお、ねお=Neo、ギリシア語で『新』を意味する)だ。

 

 他者から命名されたという点では、バルザック派もそうだ。白舟門禽鞍(しらふねもんどりあん)は白舟家の伝統に違わず、太った巨漢で、「もし日本の純文学系新人賞にバルザックが応募したら絶対一次予選も通らないだろう」と言って笑わせた功績で、バルザック派と呼ばれるようになった。もし、喩えがスタンダールやフローベルだったら、スタンダール派やフローベル派と呼ばれたであろう。


 炎ジム(ぼのじむ)は何かを運命と勘違いして、彼の祖父が好きだったという『ドアーズ』というロック・バンドに執著し、そのヴォーカリストであったジム・モリソンを崇拝している。彼は一切諸王説を書かず、バンド活動を、楽曲でも録音でもなく、バンド活動を小説と称し、倶楽部に属しているが、活動自体は防音処理され、四つに仕切られた音楽倶楽部の部屋を使っている。


 音楽倶楽部と言えば、逆に小説を書いて、「これは音楽だ」と称し、ジョン・ケージが作曲(?)した非楽音の曲『4分33秒』を超えたと自負する莫迦者、彝佐暖簾(いさのれん)がいる。ちなみに彼女の曾祖母はジョン・レノンのファンである。


 小説を書く異ジャンルと言えば、小説をスマホで書いて印字し、これは美術だと称する美術倶楽部の甃弩我(いしだたみどが)や同じくスマホで小説を書いて「これはパフォーマンスだ」と称する演劇倶楽部の赤門次良鳬(あかかどじらふ)などがいた。


 前衛への反逆としての伝統派、彝之劉奚(いのりゅけい)は普通にプロットや筋書きの構築美を持つ、何度も読み返したくなる含蓄のある文章で小説を書く。彼は又、馬琴派とも言われた。それは曲亭馬琴が、当時、戯作者と言えば一括して軽薄放漫なる奴們(やつら)と顰蹙されていたのに、唯、馬琴だけは儒学など学問を淵源とすると信ぜられ、読み本に興味のない者にもあたかも論語孟子大學中庸のように読まれたという史実に由来する。

 この一派の亜流には、別な意味で馬琴に比された者もいる。同源伊之介(どうげんいのすけ)は南総里見八犬伝のような狂言綺語を弄し、俗語俚諺を交えつつ、「をかしく」綴ることを使命としていた。又、伝統派のコアな信奉者である白舟白舟(しらふねはくしゅう)は大和・奈良・平安期の文体で書く。


 琢磨寮の諸子百家はまさしく、百花繚乱であった。


 

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