第21話『真実』

『真実』


少年と別れて3日が経ち、黒川の言っていた真実が今日暴かれる。私は興奮とは少し違った高揚感に包まれていた。


3日前、少年と別れてから私は武器の調達に励んだ。銃は少年がくれたが、それだけではどうも心もとない。だがさすがに重火器は市販で手に入れる事はできないので銃の次に殺傷能力のあるナイフを揃える事にした。


ナイフといっても多種多様で選ぶのに苦労したが、キャンプ用品を取り扱う店で気に入ったものを数点見つけた。シンプルに振り回すのに長けた長さや投げるのに最適なものまで買えるだけ買った。


使用用途が異なるナイフばかりを購入したので店員は少し驚いた顔をしていたが、おそらく収集家か何かだろうという目ですんなり売ってくれた。


そして私は宿泊していたビジネスホテルの部屋で3日間イメトレと体の動きをチェックし続けた。コンディションは良好でジンの命乞いする姿までもが自然とリアルに想像できた。


納得がいくまでトレーニングを重ね、約束通り3日後の夕方に少年に連絡をした。


「準備できたか?」


少年は待ってました!と言わんばかりのテンションで「いつでもいける!」と返事をした。


「じゃあ22時に迎えにいく」


私はそういうと電話を切り服を着替え始めた。今宵はスーツで仕事をすると決めていた。これは私なりのこだわりだ。


「いよいよだな…」


黒川の言っていた真実というのが少し引っ掛かりはしたが、それも現場でジンと出くわせば分かる事だ。どうせ過去にアランに対する因縁があった云々とかだろうと推測した。仮にジンがアランに対して根深い因縁があろうともアランを殺した事実は変わらない。客観的にみてアランの方に非があろうが知ったこっちゃないし、どんな真実を突きつけられようが私はアラン側の人間だ。とっくに腹は括っている。


少年の家へ迎えに行くと、少年は既に外で私を待っていた。足下に転がる煙草の吸い殻の数からして、30分はここで待っていたようだ。少年は見るからにそわそわしていた。


「お前、だいぶ緊張してんな」と私が笑うと少年は


「いやいやヒットマンがヤクザの組長殺すなんて誰でも緊張するでしょ!」と言った。


「人が殺し殺される所なんて見慣れてるだろ?」


「そりゃあ見た事はある。でも何回見ても慣れないよ」


「そうか…」と私は吐き捨てる様に言った。


少年を車に乗せ、私は寄り道する事なくビアンコに向かった。ビルの前に着くと私は車を降り少年に運転を委ねた。


「いいか?今から車を適当に走らせて15分後にもう一度ここに来い。私はここで待っている。だがもしその時に私がここに居らず建物の照明も消えている様ならそのまま車で家に帰れ。警察の気配がしたり、近隣の奴らが騒ぎ出していても同じだ。分かったか?」


「分かった」少年は首が重そうに頷いた。


「じゃあ後でな」


私が手を上げると少年は軽く頷いて車を出した。


「ふぅー……」


この時、私は少なからず緊張していた。太股と手先も震えていた。だが恐怖から来る震えではなかった。これが武者震いというやつか?


ビルの入り口からビルを見上げ、何気なく目を閉じてみる。すると徐々に辺りの騒音が耳から消えた。これぞ静寂。


私は大きく深呼吸をし、ビルのエレベーターに乗った。今度は屋上からではなく店の正面から入る。


私を乗せたエレベーターがビアンコのある6階へと到着した。エレベーターのドアが開くと目の前に入り口のドアがあった。ドアにはcloseと記した札が掛かっていたが、私は立ち止まる事なく店内へ入った。


「いらっしゃいませ」


店内へ入るとすぐにカウンターから声がした。声の主は黒川だ。黒川は1人でバーテンダーの様にカウンターの中に立っていた。


カウンターに目をやると、1番奥の席にジンがいた。


ジンは私には目もくれず、酒を嗜んでいた。


徐々に私の中に怒りが込み上げて来た。


(だめだ。抑えろ……)


私は深呼吸を繰り返し、何とか怒りを制した。


「こちらへどうぞ」と黒川に促されて、私はジンと反対側のカウンターの端に腰を下ろした。


「何にされますか?」と黒川が聞いた。


一瞬意味が分からなかったが、オーダーの事だと思い「ウイスキーを」と短く答えた。


黒川は手慣れた手つきでグラスにウイスキーを注ぎ、私の前に置いた。


毒殺の可能性を捨てきれなかったのでウイスキーに手をつけずジンの方へ体を向けた。


「おい、なに呑気に酒飲んでんだよ」


ジンは何も答えない。黒川はジンをチラ見する。


「なにしらばっくれてんだよ。殺すぞお前……」


またふつふつと怒りが込み上げてくる。


するとジンが前を向いたまま口を開いた。


「お前はなぜ私を狙うのだ?私が何かしたか?」


それを聞いた瞬間、私の中の何かが切れた。


黒川も私の変化に察した様で、気が付いた時にはカウンターから出て私の隣に立っていた。


黒川はジンに向かって歩き出す私の肩を掴み、「だめです」と制した。


振り払おうと思えば振り払えたが、私は立ち止まり

「お前も今の聞いてただろ?なぜ止める?」と質問した。


すると黒川は「まだ話の核心には至っておりません」と歯を食い縛りながら答えた。


私はジンの方へ向き直り「その話の核心とやらを話せ」と言った。


ジンはおもむろにジャケットの胸ポケットから煙草とライターを取り出し、煙草に火をつけた。


「ふぅーっ」と煙を宙に吐いて、初めて私の方を見て話し出した。


「お前は雇い主から私を追う事を禁じられたはずだ。この事はお前の雇い主は知っているのか?」


こいつはこの期に及んで何を言っているんだ?今さら雇い主がとか契約がどうとか関係ないだろう。


一見私を前にして自分の身を案じているのかとも思ったが、ジンの目はむしろ勝ち誇った者のように私を見下していた。


「お前は俺に殺される運命だ。今さら雇い主なんて関係ねぇよ。これは俺の独断だ」


「では雇い主はこの事を知らないと?それはこの業界じゃご法度の雇い主への背信行為じゃないか!」


ジンは大袈裟に両手を広げ笑った。


「背信行為でも何とでも言えばいい。言うならば雇い主とはもう契約も解除している。だから私の行動に雇い主は一切関係ない」


「それはひどい。お前のここまでの生い立ちは知らないが、少なからずここまで生き残れたのは雇い主のお陰でもある」


私はジンのうだうだと話す様子に飽き飽きした。


「そうかもな、でも今はもう関係ない。あかの他人だ。そろそろお前を始末させてもらう」


そう言うと私はズカズカとジンへ近寄り、少年から預かったコルトをジンのこめかみに当てた。ジンはまったく動じない。今度は黒川も止めには入らなかった。


「最後に1ついいかい?」


ジンはピエロの様におどけて質問した。


「何だ?手短に話せ」


「神谷……だっけ?お前は私を殺してその後はどうする?そこにいる黒川も殺してまたヒットマンとしてコソコソと生きるのか?それとも罪を償う為に自首でもするのか?」


「邪魔さえしなければ黒川は殺さない。この件に関係ないからな。お前を殺した後はこれまでの様に普通の生活に戻るだけさ」


「それは興味深い……普通の生活とは一体何だ?今の生活は普通ではないのか?」


早くこのボンクラを撃ち抜きたい。


コルトの引き金を支える私の指にこもった力が徐々に強まる。


「普通とはって…普通は普通さ。そこらにいる人間と変わらない。かつての私の様に朝から晩まで働いて休みの日はゆっくり体を休める。たまに同僚と酒を飲み仕事や上司の愚痴を言う…そしてふと我に返り、自分はこのままでいいのか?と人生を振り返ってみたりする。一見退屈でしかたなく見えるが、人生とはこんなもんなのさ。こんなもんだがこれが1番幸せだ」


ジンは目を見開いたまま唖然としていた。


何かおかしな事でも言ったか?と言いたくなる様な顔で。


「くくっ…くははははっ!」


ジンは突然笑い出した。笑う所など1つもなかった。だがジンは狂った様に笑い続ける。後ろの黒川は無表情だった。


ジンはしばらく笑い続け


「はぁ…はぁ…お前は最高だ。バカすぎる…ククッ」


この時はもう不思議とジンに対してそれほど怒りはなかった。目の前にいる蚊を殺しても何も感じない様に、ただ不快だからこいつを殺そうと思った。


コルトを握る私の手に力が入ったその時。


「本当に残念だよ」


後ろから声がした。だが黒川の声ではない。


かつて私とアランがこの店に侵入した時には使った、黒川の後ろのドアがゆっくりと開いた。


そこには銃を私に向けた中野が立っていた。


「何してるんですか?」


私が驚いて質問をすると「プシュッ!」と中野がサプレッサーー付きの銃を発砲した。


発砲した弾は私の左太股を貫いた。


「ぐぅ……!」驚きと痛みのせいで私は膝まずいた。そして中野を見ると無表情のまま私に銃を向けていた。


「どういう事ですか?」と私が聞くと、中野は


「あれだけジンを追うのは止めろって言ったよな?雇い主の命令は聞くもんだ。なぁジン?」


「あぁ、もちろんだ」ジンはゆっくり立ちあがり、私の前まで来た。


「とりあえずその物騒なもんは没収な」ジンはそう言うと私の手にあったコルトをもぎ取った。そしてそのコルトを私に向け


「どうだ?自分の銃で狙われる気分は?最悪じゃないか?」と笑った。


「なぜですか?」私はジンを無視し、中野に聞いた。


「なぜって…強いていうなら金かな?」


「金って…あんた、金には興味ねぇって言ってたじゃねぇか!」


「たしかに金にそれほど興味はないよ。だけどね、君の命よりははるかに金の方が大事だ」


「は?何言ってんですか?」


中野は溜め息を吐いて話し始めた。


「初めはたしかにジンを追ってた。だが前にも言ったが俺のクライアントがジンを追う事にストップをかけた。ストップがかかった当初は俺も納得できなかったけどね。でもある日そこにいる黒川と一緒にジンが俺の前に現れたんだよ。そいで手打ちにしないか?って交渉になってね」


「そこで金を弾まれて心変わりしたって話ですか?」


「そうだよ」中野は食い気味に返事をした。


アランの話も出そうかと思ったが、今さら無駄だと思いやめた。金に目が眩んだ人間には感情論など通用しない。金がモノを言う業界に身を置いている私にはそれが手に取る様に分かった。 命と金を簡単に天秤に掛けるイカれた業界だ。


「君の面倒を見てきただけあって本当に残念だよ」と中野が言った。


そして中野は続ける。


「退職金も渡し、わざわざ警告もした…なのに君は俺の温情を踏みにじったんだよ 」


「私がいつ退職金をくれと言いました?あれはあなたの都合でジンを追うなと手切れ金を用意しただけでしょう。あなたはあの時、自分はより良い世の中を作る為に活動を続けると言った。それが何です?今は金に目が眩んだただの悪人だ」


「ははっ、言うじゃねぇか」


ジンが中野の横で腹を抱えて笑っている。中野はジンを無視し


「たしかに俺はこの腐りきった世の中の為に活動をしている。ただな、その腐った世の中の原因は俺達のターゲットになる様な人間だけじゃない。それを狩る俺達ヒットマンも金を貰って人を殺めている時点で同類だ。もちろんその金は犯罪を犯す事に対しての対価だけどね。誰も無償では罪を犯さない」


「あんたのいう事が正しいのなら、あんたも世の中を腐らしている1人の悪人ですよ」


「そうだよ。でも悪人は俺1人でいいと思ってる。なーに簡単な話だよ。1人しか悪人のいない世の中か10人悪人がいる世の中…どっちが腐ってると思う?俺が言いたいのはそういう事だよ」


「おい、中野。こんな目障りな奴とっとと始末しろ」


ジンがじれったそうに横槍を入れる。


「そうだな…ここで死ななくとも君はすでに警察にマークされてる。だから君は死ぬか懲役かの二択しかない」


中野の言葉を聞いて始めて自分が警察にマークされている事を知った。だが私は動じなかった。なぜならその二択以外の選択肢を考えていたからだ。


ここにいる全員を殺し、高跳びをする。それしかなかった。幸いにもジンや中野は私から銃を取り上げているので反撃に警戒はしてない。そこを狙う。


私には銃を突きつけている中野を見ると目が据わっていた。本気で私を殺すつもりだ。


タイミングは不完全だったが今やるしかないと思い、私は動いた。


私は突きつけられている中野の銃のスライド部分をを右手でつかみ隣にいたジンの太股の方へと銃口を反らした。スライドを捕まれれば発砲はできない。しかしそれで銃から手を離せば相手に銃を取られる。だから人間は本能的に捕まれた銃を何としても取り返そうともがく。中野も例外ではなかった。


私の咄嗟の動きにジンも一瞬驚いた顔をしたが、ジンが状況を把握し私にコルトを向け直した時点で私はスーツに忍ばせておいたナイフをジンに向け投げた。ナイフはジンの耳をかすめた。


「このガキ!!」ジンが耳を押さえながら私を見たその時。私は腰に忍ばせていた包丁でジンの胸を貫いた。


映画や漫画では刃物を立てたまま刺すシーンがあるが、実際は刃を立てたままでは肋骨に当たり臓器まで達しない事が多い。だから私は刃を横に寝かして思い切り刺した。これもアランに教わった。


そして包丁の刃は文句の言いようがないほど綺麗にジンの臓器へと達した。


「ぐぶっ……!」


ジンの口から血しぶきが散る。


ジンはフラフラと後退りをし、カウンターを背もたれに座り込んだ。「オヤジッ!」と血相を変えた黒川が大量のおしぼりを手に取り、即座に止血を始める。


気付けば私の手に中野の銃が握られていた。


(よし、銃を奪ったぞ)と認識した時、私のあばら骨に衝撃が走り、息が出来なくなった。中野に蹴りを入れらたのだ。中野は倒れ込んだ私に容赦なく馬乗りになって顔面に連打を打ち込む。初めの数発は拳を食らっても中野の顔や表情を認識できたが、殴られた勢いで後頭部を何度も地面に打ち付けたせいか徐々に視界がぼやけだす。


意識を失う。そう諦めかけた時、私は自分の手に中野の銃を握ったままだった事に気が付いた。私はなりふり構わず銃の引き金を引き撃ちまくった。フォームもくそもない。ただ単に何回も引き金を引いた。


すると中野の連打が止まり、かすかに中野の表情が見えた。中野は馬乗りになったまま、眉間にシワを寄せて呼吸がしにくそうだった。そして私の腰辺りに生暖かい血が徐々に垂れ落ちてきた。どうやら私の放った弾丸が中野の横っ腹をかすめたようだ。


「ちっ…!」


中野はギリギリ聞こえるほどの声のボリュームで舌打ちをし、立ち上がって小走りで店を出た。


「ま…ちや…がれ……!」


私は中野の背中に向かって手を伸ばしたが、もうすでに中野は店から出た後だった。私はまんまと中野を逃がしてしまった。


私は何とかその場で膝をつき、立ち上がろうとしたが殴られ過ぎたせいで足に上手く力が入らず膝をついたまま立ち上がる事を断念した。


ふとジンの方へ目をやると、ジンは目を開けたまま黒川の腕の中でぐったりとしていた。黒川は放心状態のままジンを見つめ、私の方へ顔を向けた。


黒川の顔は背筋がゾッとするほど憎悪に満ちており私は殺されると恐怖で体が全く動かなくなった。その表情はまさに般若だった。


黒川がゆっくりと立ち上がる。私は必死に逃げようと足に力を入れるが、両足は膝立ちのまま1センチたりとも動かなかった。


コツ…コツ…コツ…と黒川の革靴の音が私へ近づく。顔を上げ黒川を見上げるもまだ視界は中野の殴打のせいでぼやけたままだった。


(俺の人生…最後の景色ですらこんなぼやけた状態で終わんのかよ…ついてねぇな)


そう覚悟を決めた時だった。


「バァーンッ!!」


バーの入口が物凄い音を立てて開かれた。


何事だと入口の方へ顔を向けると、いきなりスーツの男達に馬乗りにされ押さえつけられた。


「なんだてめえらはっ!」黒川が吠える。


「マル対2名確保っ!!」「動くなコラァ!」「確保じゃ!」


バーの中に怒声が響く。


そうこうしている内に私と黒川は見ず知らずのスーツの男達に拘束された。


「案外あっさり終わったな」


後ろの方から関西弁の誰かが声を上げる。


「お疲れ様です」私を押さえ付けていたゴツい男が関西弁の男に挨拶をした。


「おう」


背丈に合ったスーツを着こなし、髪をカッチリセットした関西弁の男は短く答えると私の前うんこ座りをしガンを飛ばした。少し太めの黒ぶちメガネが印象的だった。


「よう、神谷。どうやらお前も今日が年貢の納め時だなぁ」


私はその関西弁の男に面識は無かったがなぜか初対面だと思えなかった。


「誰だ?お前…」


私が聞くと関西弁の男は目をまんまると見開いた。


「え?この状況でそれが分からん?ビックリするわホンマ!しかも1回自分ワシとすれ違ってるし」


「すれ違ってるだと?」


「そや。ワシなあずっとお前追っかけててん。自分も気付いてたんとちゃうん?ずっと俺の後ろ姿見とったやん」


思い出した。先日すれ違ったみずぼらしい格好だったチビだ。あの時感じた違和感はそういう事だったのか…今はきっちりとスーツを着こなしているせいで気付けなかったが間違いない。


「どや?思い出したか?」


「あの時のこじきか……」


私がそう言うと関西弁の男は笑い


「こじきって…えらい言われようやなあ。あれは自分の事追ってて忙しくてなあ。何日も家帰れてなかってん」


「一体なんなんだお前は…」


するといきなり、私を拘束していたゴツい男に後頭部を殴打された。


「誰に口聞いとんねんワレェ!」


ただでさえ中野にタコ殴りにされていた私はその男の1発の殴打でさえ意識が飛びそうになった。


「何しとんねんアホか!そんな殴ったら落ちてまいよるで」


関西弁の男は部下らしきゴツい男を制した。


「別に答える義理はないけど、礼儀としてお前のアホらしい質問に答えたるわ。ワシな、刑事やねん。ケ・イ・ジ!警察や。分かるか?」


私は何も答えなかった。だが男は続ける。


「あ、分かるか?ってのはな、刑事が警察って事じゃなくて何で自分が刑事に拘束されてるか?って事よ?」


「分かんねぇよ」


関西弁の刑事は回りの刑事と顔を合わせ、わざとらしく驚いてみせた。


「こいつすごいわ。自分が何したか分かっとらへん…」


「別にお前らにとやかく言われる事はしてねぇよ。そこでぶっ倒れてるおっさんの事を言うならば、これは正当防衛だろーが」


関西弁の刑事はため息を吐き話し出す。


「自分なぁ、それは一般人同士での話や。殺し屋とヤクザで正当防衛?そないなもん成立するかアホ。成立したとて俺がねじ曲げたるわ。とりあえずお前はここで現逮するし。おいっ!」


男がそう言うと後ろのゴツい刑事が返事をし、私に手錠をかけた。


「えー23時7分。殺人の現行犯で逮捕!」


ひんやりとした真っ黒の手錠が私の両手首をロックする。


「よし、無事終わったな。お前ら外出とけ。後は俺がやる」


関西弁の刑事がそう言うと部下達は店を出た。


部下が全員出たのを確認すると男は黒川の方に顔を向け、「自分が黒川やな?」と尋ねた。


黒川は刑事を睨みながら頷いた。黒川も私と同様に手錠をかけられている。


「自分は本件に関係ないからもう帰ってええで」


男はそう言うと黒川の手錠を外した。


「え?」と黒川は驚いた顔をする。


「だから帰っていいって。心配せんでも自分が今まで何して来たんかもこっちは全部知ってる。やけど今回は帰っていい。ええ加減自分もヤクザなんやったら察しろや」


刑事が話終わると黒川は頭を下げ、店を出た。


すると刑事が「やっと2人になったな」と待ちわびていた様に言った。


「かなり申し遅れたけどワシは布施っちゅうもんです。お前を地獄の底に送り込む使者や。よろしゅう」


布施はそう言うと高らかに笑った。私は何も言わずただ布施を睨みつけた。


「その目は、今だにこの状況が分からんのかこの状況に納得がいかんのかどっちや?」


布施は腕を組んで私の前に立ちはだかる。だが、布施は以前すれ違った時と同様にかなり身長が低い。だから自然と私が布施を見下ろす様になる。


「両方だよ」


「両方か…しかしまぁ見下ろされてたらやっぱ気悪いなぁ。ちょっと寝とけや」


そう言うと布施は私の膝を蹴り、再び膝をつかせた。


布施は「よし」と言うと再び話を続けた。


「ほな時間も無いし簡潔に教えたるわ。まずワシらは警察や。という事は事件があったら捜査するわな。やけどその事件もプロが起こしたもんとなれば捜査はかなり難航する。プロはほとんど証拠残さんしなぁ。でも刑事やってる以上、証拠ありませんしこれ以上の捜査は無理でっせってのはなかなか通用せんのは分かるな?」


私は黙って頷く。


「そんな時俺はひらめいた。あいつに頼もうって。まぁそいつは裏の人間やからあんまり刑事の俺らが接触するんは良くないねんけどな。まぁ何て言うの?お互い貸し借りしあう仲やねん。向こうは罪を揉み消して欲しいし、こっちは情報が欲しい。って具合にな」


「あんたら警察だろ?それがどういう事か分かってるのか?」


私が言うと布施は冷ややかな目をして言った。


「ワシはな、正義の為やったらある程度目をつぶる事も必要やと思ってる。そのおかげで今までも数えきれんほど悪人を捕まえてきた。勘違いせんといて欲しいねんけど、ワシが裏で接触してる人間は信用できる1人だけや。その1人の罪を見逃すだけで何十、何百の悪人を裁ける。その1人を捕まえるのか飼い慣らすのか…算数できたらどっちが合理的か分かるやろ?」


「だからって…!」


布施は私の言葉を遮り「だまれや罪人が!」と言いら放った。


「お前自分がして来た事分かってんのか?分かってる分だけでも数えきれへんほど人殺めとるやん。分かってると思うけどお前はもうシャバには戻れん。俺が小細工せんでも確実に死刑や。まぁ安心して死ね」


「てめぇ…!」


「お前もしかして正義の味方のつもりやったんか?たしかにお前が殺してきた人間が糞みたいな奴ばっかりってのは調べで分かってる。でもな、糞みたいな奴は殺して良いって訳ちゃうねん。お前が殺す事で救われた人間も多いやろ。でもあかんもんはあかん。法律や。例外はない」



「こんなんで…こんなんで俺の人生終わりかよ…」


私は布施にではなく1人、天を仰いで言った。


「終わりや。生まれ変わったらその正義感もっとちゃう方に使えや。警察なりたいんやったら俺が推薦したるわ……ほな、いこか」


布施は膝をついた私の起き上がらせ、肩を抱く様に歩き出した。


2人で店を出て、正面のエレベーターに乗る。下に着くまでお互い話はしなかった。1階に到着すると布施がおもむろに舌打ちをした。


布施は道路しかない正面を見ている。反射的に私も正面を見た。


「マスコミや。車乗るまで顔下げとけ」


布施が歩き始めると凄まじいフラッシュとシャッター音が鳴り響く。私は布施の指示通り終始下を向いていたがフラッシュが止まらない。すでに0時近くだというのに日中だと錯覚するほどフラッシュの光は辺りを照らす。地面を見ながら歩いたが先程の布施の部下達がマスコミと奮闘しているのが足元を見ているだけですぐに分かった。


やらかした芸能人や政治家ならばここで記者からマイクを顔に突きつけんばかりに押し当てられるだろうが、私は殺人を犯した犯罪者。マスコミもさすがにそこまで接近するのは恐怖したのだろう。ビルの前に停めてあったパトカーに悠々と乗り込む事ができた。


駆け付けた警官は全員でマスコミを制していたので運転席にもまだ誰もおらず私は後部座席で手錠をしたまま少し待ちぼうけを食らった。


居心地が悪かった私は下を向き、一切顔を上げなかった。すると突然後部座席の左側の扉が開き、布施が「言い忘れてたわ」と上半身をぬっと入れてきた。そして私の耳元でささやいた。


「お前を売った俺が接触している裏の人間は中野や。お前はまんまと中野にはめられてん。あいつ言うとらんかったか?警察に知り合いおるみたいな話。それが俺や。まぁこれは復讐させる為に言うたんやない。これからはあんまり簡単に人信用すんなっちゅう事や。ほな、お元気で」


バンッ…


布施は車のドアを閉めると、近くに停めてあった別の車両に乗り込み立ち去った。


私を必死に追っていたという割には呆気なく感じた。すると先程店にいたゴツい刑事達が3人乗り込んで来て1人は運転席につき、残りの2人は後部座席へ乗り込み私の両脇をしっかり防いだ。


「よし、出せ」私の右にいた刑事が運転席に座る刑事に指示を出し、車がゆっくりと走り出した。


辺りにいたマスコミも車の速度に合わせてフラッシュをたき、追って来たがすぐに見えなくなるほど距離を離された。


「とうとう捕まっちまったな」


車が走り出してしばらくすると、ふいに右にいる刑事が言った。


私は返事をせず黙っていたが刑事は「今日はもう遅いから明日の朝まで署の留置場にいてもらうから」と御丁寧に説明をしてくれた。


そしてこの刑事達が所属しているであろう警察署に到着した。私は手錠をかけられたまま腰縄も追加で装着され、3人の刑事に囲まれたまま署内に入った。まるで私が要人であるかの様な警戒ぶりだった。まぁある意味要人か…


時間も時間だった為、署内は最低限の人数しかいないように思われた。そのほとんど全員が私を見ていた。「やっと捕まったな」「お手柄だ」「これでしばらくは平和かもな」などと口々に話し声が聞こえる。


そして迷路の様な署内をしばらく歩き、徐々に人気が少なくなってきた。そして先頭の刑事が鉄の扉を開けた先に留置場が存在した。そこはイメージと少し違ったが、鉄のフェンスと看守の待機所だけの案外簡素な作りの空間だった。


「とりあえず簡単に手続き済ませるから」


そう言うと刑事は書類を手にし何やら事務的な作業を始めた。他の2人の刑事は入念に私のボディーチェックを行い、スマホや煙草に至るまで全て没収された。


パッと見た感じ留置場は数部屋あり、どれも空いている様に見えた。私は1番の奥の部屋に通され「ここでは名前では呼ばれず各自番号で呼ばれるから。えー、番号は2番な。覚えといて」


書類を手にしていた刑事にそれだけを伝えられると、鉄のフェンスに覆われた部屋に放り込まれた。

まるで動物園の動物になった気分だ。


部屋に放り込まれたのはいいが、何をしていいか分からなかった私はとりあえず腰を下ろし壁にもたれた。その様子を見ていた刑事が去り際に


「基本的にここでは自由に過ごしてくれたらいいから。読書とかしたかったら看守に言えば本の貸し出しもあるぞ」


それだけ伝えると少し離れた所に立っていた看守に敬礼し「よろしく」と言うと留置場を後にした。

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