第20話『先手必勝』
『先手必勝』
車を走らせる事15分。ポニーテール男はとある月極ガレージに車を停めた。さすがに私もマーチでガレージに入っていくと時間が時間なだけに怪しまれる可能性がある。なので私は月極ガレージを通り過ぎ、少し先の路肩に車を寄せて止まった。
(どこへ行く気だ?)
そして1、2分後にポニーテール男が駐車場から姿を表し、斜め向かいのマンションに姿を消すのをルームミラー越しに確認した。そのマンションは4階建てのこれといって特徴の無いマンションだった。時刻は午前1時に差し掛かろうとしていた。今日はポニーテール男の住まいが判明したのでまずまずの成果だ。
もう1時だしあの男もこのまま自宅で休むだろうと私は体の緊張を解き、車の外に出て煙草に火をつけた。なぜならこのマーチも男のSUVと同様に禁煙車だからだ。
しかしこれからどう進めるべきなのだろうか。あのポニーテール男がジンと繋がっていたとしてもどうやってそれを吐かせる?恐らくジンと繋がっている人間はみなある程度の精鋭だ。そう簡単に口を割らないだろう。しかも今回は中野や森が一切関与していない為、今までの仕事の様に銃など使える武器がない。あるのはホームセンターで購入したキャンプ様の簡素なナイフのみ。もし奇襲を掛け、相手が私以上の手練れだとジ・エンドだ。重火器を持っていてもアウト。
あのポニーテール男と接触するには相当な覚悟を持って接触すべきだ。
煙草を咥えながらあれこれ考えを巡らせていたその時だった。
マンションの入り口から足音が聞こえてきた。そしてスタスタと何者かが1人外へ出てきた。一瞬髪の長い女性かと思ったがそいつはネクタイを締めスーツを着ていた。いや、でもネクタイにスーツで女性はおかしいと瞬時に思った私は煙草を咥えながらこちらに歩いて来るその人物を横目で凝視した。その人物は髪を結っていない状態の先ほどのポニーテール男だった。
(まずいな……)
対策を練りきれていない状況でやり合うのは危険すぎる。だが男は私の考えなどお構い無しにスタスタとこちらへ歩みを進める。
私は右手をポケットに突っ込み、中に忍ばせているナイフを握った。男が私と接触するまであと10mほどに迫った。もうこの時は横目ではなく体を正面に向け男を凝視していた。男は無表情で私に近寄り、そして通り過ぎた。
男が私を避けて通り過ぎたのは、ナイフを出すギリギリのタイミングだった。無計画だった私は安堵した。そしてただの思い込みだった事に苦笑せずにはいられなかった。
(そりゃそーだわな。わざわざスーツに着替えてから殺しに来るはずないか)
しかしこんな時間からどこに行くのだろう。仮にジンやその仲間の所でなくとも不自然すぎる。私が追うか追わないかを考えている間にもポニーテールの男はスタスタと歩いて行ってしまう。幸い男は直進だったのでまだ姿は目視できたが、かなりの距離を離されてしまっていた。
そして今日はこのまま何も起こらない事を願いながらも私は男を追う事にした。男との距離はギリギリ目視できるほどまで広がっていたが、何とか50mほどにまで詰める事ができた。
それからしばらく歩いたが男がどこへ向かっているのかまったく検討がつかなかった。時折、スマホを手に取り何か打ち込んでいる様だったが、それ以外に特に動きはなく時間だけが過ぎていった。それにしてもこいつは何処を目指している?ある程度の距離がある場所ならば自身の車やタクシーで向かえば良いだけの話だ。しかし男はそれをせず、わざわざ歩いて向かう事に不信感を抱き始めた。そう思わざるをえないほど淡々と歩き続けていたのだ。
目的地を知っていて歩くのと、知らずに歩くのでは疲労にも雲泥の差があった。もちろん後者の私の方が疲労はある。そこで私はある事に気付いた。いや、気付いてしまった。
(もしかしてこいつ……この近辺をぐるぐる徘徊しているだけじゃないか?)
私はスマホで現在地と周辺地図を確認し、ポニーテール男が出てきたマンションと今自分が歩いて来た道程を把握した。やはり私の読みは正しかったようだ。
そうと分かれば私は一度男の追跡を中断するべきだと判断した。ポニーテール男は振り返って私の姿を確認する事は一度も無かったが、念の為私は脇道に逸れて身を隠した。脇道に入ってすぐの所に町内の地図を記した看板が建てられており、とりあえずその看板の裏に回り込んで一息ついた。
「おい」
看板の向こう側から声がした。突然の事で驚いた私の心臓は爆発しそうだった。看板の裏から顔を覗かせ声の主を確認した。
そこには上下グレーのスウェットに身を包んだ、まさにランニング中のボクサーですという感じの見た目をした男が立っていた。
年齢はかなり若い。大学生ぐらいか?どちらにせよ私に面識の無い男がそこには立っていた。
「黒川さんをつけてたのはお前か?」
「黒川さん?一体誰の事だ?それに君は何?」
黒川とはポニーテール男の事だとすぐに察したが、とぼけたふりをした。
「とぼけても無駄だよ。黒川さんから伝えられた特徴とお前は一致している」
「一致しているからといって俺とは限らないんじゃないか?それにつけられているというのも黒川ってやつの被害妄想かもよ」
スウェットの男は私にスマホの画面を向けながら言った。そこには私がここまで乗って来た日産マーチが写っていた。
「じゃあこの車両は何だ?なぜマンションの住民でもないお前の車が黒川さんが住むマンションの前に停まっている?」
「さぁな。そんな車知らねぇよ」
男は薄ら笑いをしながら
「おいオッサン、とぼけるのもいいかげんにしろ」
と言った。
「でもまぁ、もういっか……どのみちここで殺すし」
そう言うと男の目付きが一気に変わった。
「少年、悪い事は言わないからやめとけ。出会ったばかりの俺が言うのも何だが、後戻り出来なくなるぞ?色んな意味で」
この少年かジン側の人間である可能性は非常に高い。だが、私もできる事ならこの少年との戦闘は避けたかった。理由は2つ。まずそもそも騒ぎを起こしたくない、そしてこの少年は黒川というあのポニーテール男に洗脳されている様な感じが見てとれた。恐らく黒川という男に色々と上手いように乗せられ、いいように使われているだけだ。確証はないが対峙してみてそんな感じがした。
だが少年は私の思いとは裏腹に構えた。綺麗なファインディングポーズだ。恐らく何か格闘技をしており、自信があるのだろう。
「1つ質問してもいいかな?」
少年はぶっきらぼうに返す。
「何だ?」
「あのポニーテールの人と君はどういう関係なんだ?」
「はぁ?そんなの答える義理はない」
「じゃあ質問を変える。ジン・コリーという男を知っているか?」
「知らねぇよっ!」
少年は答えるのと同時に踏み込んだ。そして私の顔面を目掛けて右ストレートを放つ。格闘家の様な綺麗なフォームだ。だが私のいるヒットマンの世界の戦闘にフォームの良し悪しは必要ではない。いかに無駄のない動きでダメージを与えるかが重要になるのだ。私は少年の綺麗な右ストレートを左手ではたき落とし、そのまま右肘で少年の鼻を打った。
「ぐっ……!!」
少年は鼻を押さえたまま少しよろけて後ろに下がる。私は距離を取ろうと下がった少年に間合いを一気に詰め、右足で股間を蹴り上げた。少年は鼻に当てていた手を咄嗟に股間へスライドさせ膝から崩れ落ちる。続けて座り込んだ少年の側頭部へ蹴りを入れ、少年は完全に倒れた。勝負あった。
少年はピクピクも顔を痙攣させたまま気絶している。そりゃそうだ。殺し屋と格闘家ではこうなるに決まっている。殺し屋はスポーツマンではないのだ。
幸い、ここは人通りがない路地だったので、私はその場で少年が目を覚ます前に携帯していた結束バンドで拘束した。そしてしばらくして少年は目を覚まし、自由が利かないの腕をチラッと見てから全てを悟った様な表情を浮かべた。あぁ俺殺されるのか……という顔だ。
「だからやめておけと言ったんだ。俺が君を殺すつもりだったらもう死んでるよ」
「じゃあなぜ殺さない?お前は残虐なヒットマンだろうが!」
「おい…俺がヒットマンだと誰に吹き込まれた?」
少年はやってしまったと顔を歪めたがもう遅い。
「君の表情が全てを物語ってる。さっさと白状しろ。こんな事で時間を割きたくない」
「……黒川さんだよ」
「だろうな。もうそこまで話したんだ。全て吐くんだ」
「黒川さんはヤクザだが一応職場の上司なんだよ。それで俺は日頃から面倒を見てもらっていた。最近になって突然あんたの写真を見せられた。こいつを殺せってな。理由を知らない俺はもちろん断ったよ。じゃあさ、黒川さんが泣き出したんだよ。こいつは親の仇なのにーって…」
親の仇?私は呆気に取られた。
「その話が本当だとしてなぜ黒川本人が来ない?」
「組の親父の体調がよろしくないそうだ。だから万が一パクられでもしたら親父が1人になっちまうって…黒川さんは組長の側近だから」
「その組の親父の名前は知ってるか?」
「ジン・コリーさ。あんたがさっき言ってた」
あたりだ。やはりあのポニーテールの黒川という人物はジンと繋がっていた。そしてこの少年は黒川と繋がりを持っている。ジンへの手掛かりがすぐ目の前にある事に私は興奮を抑えれなかった。
「君は組長のジンという男を知っているのか?」
「…………」
「おいおい、今さらだんまり決め込むつもりかよ」
私は頭に血が昇るのを感じたが堪えた。だが、しばらく沈黙が続いただけで少年は何も話そうとはしない。
「おいコラ。優しくしてる間に全部喋れよ」
そう言うと、私は拘束され身動きが取れない少年の鼻を潰した。
「ぐあああっ!!」
少年は私が本気だと察した様で、涙目のまま少しずつ話し出した。
「組長の事直接は知らねぇ。これは黒川さんが言ってた事なんだが、組員ですら組長を知る者は少ないらしい。海外でも派手に暴れてるから組長を狙う輩か多く、かなり警戒心が強いとも聞いた」
「組長は普段どこにいる?事務所の住所は?」
「知らねぇよ…本当に知らない。さっきも言ったけど組員ですら組長に関してあまり情報を持ってないんだ。組員ですらない俺が知るわけないだろう」
「では黒川はどこにいる?お前は黒川が組長の側近だと言っていた。そもそもなぜ俺が黒川をつけているのが分かった」
「黒川さんが家に来たんだよ。さっきお前が車を止めたマンション、あれが俺の家だ。まぁ家と言っても黒川さんが用意した仕事部屋なんだがな。そこに用心の為、俺が転がり込んでるって方が正しいか。それで用があって黒川さんが俺の家に来る予定だったんだ。それで予定通り家に来た時に突然お前の事を言われた」
「何て言われた?」
「この前写真を見せたヒットマンを覚えてるか?って…今、俺をつけてやがるから消せって…」
「なるほどな」
黒川は私の尾行に気付いており、この少年を使い俺を消そうとした。しかしなぜ自分が来ない?いくら格闘技をかじっていようがこんな若者が本職の私に勝てるわけがないじゃないか。ヤクザならその辺の観察眼は備わっているはずだが……
まぁなにわともあれ、この少年の使い方次第ではジンまでの距離を一気に詰められる。そして私は少年に問いかけた。
「おい少年。その黒川とかいう男が言う人物像と俺は少し異なる。が、ヒットマンである事は事実だ。だから今君を殺す事も容易なのは分かるな?。そこで提案だが、このまま黒川についておくか俺に寝返るかを選べ」
「ちょっ…!そんないきなり」
「いや、時間が無いんだ。そろそろ通報を受けた警察が来そうだしね。先に言っておくが君が時間稼ぎをしようとしていると判断した場合はここで即殺すから」
少年は俯いたまま、黙り込んだ。
「じゃあ1つだけ質問させて欲しい。あんたにとって黒川さんは……いや組長とはどういう関係なんだ?」
「私はジンに大切な人を殺された。これはジンへの復讐なんだ。だから黒川には用はない。ただジンへの手掛かりにすぎない」
「じゃあ黒川さんには危害を加えるつもりはないと?」
「今のところはな。でも邪魔をすれば殺す」
「黒川さんには何もしないでくれ!これが寝返る条件だ」
「君はまだ自分の立場が分かっていない様だ。君は寝返る事にイエスかノーだけを答えればいい」
「分かった…あんたにつくよ。で、何をすればいい?それよかいい加減これ外してくれよ」
少年は顎で結束バンドを指した。私はライターでバンドを少し炙り、手で引きちぎった。
「よし、交渉成立だ。ではまず黒川には私を殺したと連絡をしろ。そして黒川の指示を仰げ」
「分かった。連絡してみる」
少年はスウェットのズボンからスマホを取り出し黒川に電話を掛けた。すると黒川はすぐに電話に出た様で少年は少し甲高い声で話し出した。
「あ、お疲れ様です。さっきの男は無事始末しました。……はい…位置情報ですね。はい、分かりました。ではお任せします。それでは失礼します」
少年は思いの外丁寧な口調だったのでヤクザに使われるだけの半グレの様な事をせずともこいつは立派な会社員になれそうだなと思った。
「で、黒川は何だって?」
「今から死体処理を担当する者をそっちへ向かわすから、その死体処理係と一緒に俺の所に来て合流だって。とりあえずあんたの死体を処理する前に直接自分で見るっぽかった」
「そうか。その死体処理係はどれくらいで来る? 」
「10分以内だって」
「それだけあれば十分だな。何人か分かる?」
「いや、そこまでは…死体処理係を見るのも初めてだから」
「予想だと1人か2人なんだがな。まぁそいつらに黒川の所まで案内してもらおうか。君は係の奴を引き付けてくれ。後は俺がやる」
「やってみるよ」
そしてそろそろ10分が経とうとした時に真っ黒のバンが現れた。私は電柱の陰に潜んで様子を見ていたがバンの窓にはスモークが施されており、中の様子が視認できなかった。
バンは少年の前で止まり、中から作業服に身を包んだ丸刈りの男が出てきた。そして私は男の背後から距離を詰めた。
男は私には気付いておらず、少年と話し始めた。
「お疲れ様です」
「おう。で?死体はどこだ?」
「はい死体は、えーっと……」
少年の目線が一瞬だけ背後から近付く私に向けられた。その一瞬の目線のブレを男は見逃さなかった。男はすぐさま振り返る。だが男が振り返ると同時に私は男に対して首に手刀を入れた。
「ってぇなぁっ…!!」
男が咄嗟に手刀で打たれた首を押さえる為に腕を上げた隙に、がら空きだったボディに連打を入れた。空いた右脇腹に鉤突き。男の体がくの字に傾く。下がった側頭部に肘を振り下ろして打ち、そのまま顔面に膝蹴りも入れる。この時点で男はふらつき、千鳥足になっていたが私は連打を止めない。金的を始め、みぞおちや喉、鼻と目にも連打を入れた。呼吸が止まる寸前まで打ち続けた…わりと早い段階で男は失神していたが私は連打を止めず、男が倒れそうになるたび胸ぐらを掴み上げ倒れさせなかった。
そして連打を始め数十秒が経過し、私の肺活量が限界を迎えた。男は倒れ、もろに地面に体を打ちつけた。倒れたまま全く動かない。
「ふーっ…ふーっ……ふぅ」
私は呼吸を整えながら突っ立ったままの少年を見た。よほど驚いたのか少年の口は開いたままだ。
「あんたやっぱえげつないな。実戦でこんな強い人間格闘家にもいねぇよ……暴力の天才だ」
「最初からできる事じゃないよ。日々の訓練の積み重ねさ。その訓練に付き合ってくれてたのがジンに殺された友人なんだ」
「って事はその友人はあんたより強いの?」
「そりゃあね。なんせ元軍人だし」と私は笑った。
「すげーや…」少年の目には驚きよりも憧れの念が強く表れていた。かつてヒットマンという職業を知った時の私もこんな目だったのかな?と少し昔を思い出した。
「で、この人どーすんの?」少年は倒れたまま動く気配がない男を見た。
「こいつに黒川の所へ案内させる。死体処理係だって言ってたし直属の部下でもなさそうだ。その程度なら脅せば簡単に案内してくれるさ」
そして私は倒れている男の首根っこを掴み、無理矢理起き上がらせた。
「う……うぅ……」男は顔のあらゆる所から出血していたが、意識を取り戻した。
「な、なにしやがる…」
「黒川の所に案内しろ。断れば殺す」
「いきなり何なんだよ…黒川さんがどこにいるかなんて知らねぇーよ」男はそう言うと私と少年を交互に見た。見た感じどうやら少年とは面識は無さそうだ。
「俺を黒川のもとに運ぶんだろ?適当な事喋ってんなら本当に殺すぞ」
私が言うと男は少年を睨んだ。
「お前かぁ…!」
少年は何も答えない。
「お前らただじゃ済まさねぇぞ……」
「もういいってそういうの。状況を見ろ。ただじゃ済まないのはあんただろ」
私は男の顔を指差した。
「黒川さんの所にお前を案内したとなりゃ俺はどのみち殺される。それならいっその事ここで殺しやがれ」
「そんなに簡単に命を投げ出していいのか?もしかしたら黒川はお前を殺さないかもしれない。自分の手で私を殺せたらばの話だが…よくぞ連れてきた的なノリにはならないか?」
「バカかてめぇは!俺も死にたくねぇよ!でも黒川さんは本当にやばいんだ。それに俺にはお前を殺せる気がしない……」
「俺が黒川に話をつけてやるよ。黒川自体に用はないからな」
「じゃあ何で黒川さんを探すんだよ」
「ジン・コリーへの手掛かりだからだよ」
男は目を見開いた。
「組長か!?……悪い事は言わん、やめておけ」
「黙ってろ。それよか早く黒川のもとへ行け」
「くそがっ!」
私達は男が乗って来たバンに乗り込み黒川のもとへ向かう事にした。どうやら黒川はとある整備工場で死体処理係の男の帰りを待っている様だ。
15分ほどバンを走らせると寂れた整備工場に到着した。
「ここか?」
私は男に確認をした。
「ああ、クラクションを鳴らせば出てくるはずだ」
「じゃあ鳴らせ。分かっているとは思うが余計な事はするなよ」
男は頷き、2回クラクションを鳴らした。
すると奥の事務所らしき所のドアが静かに開いた。
そこにはスーツ姿で髪をポニーテールにした黒川が立っていた。だが手には何かを持っている。
少年は助手席から後ろを振り返り、声をあげる。
「斧持ってるじゃん!あんた大丈夫なのか?」
「ヒットマンを舐めるなよ。過去に日本刀持ってるターゲットもいた」
「マジかよ……」
少年は目をキョロキョロさせた。
「てめーコラ、余計な事したろ?」
私は後ろから運転席の背もたれを蹴り、車を降りた。私に続いて少年と男も車から降りた。
黙って様子をうかがっていた黒川が口を開いた。
「初めまして、神谷さん。黒川と申します。……ってもうそんな事知ってるか。それと小林くん、なぜ神谷さんは生きているのですか?」
どうやら死体処理係の男は小林というらしい。
横に立っていた小林を見ると坊主頭の頭皮から滝の様に汗が流れていた。
「申し訳ございません…私が到着すると、あのー…まだ生きていましてー…」
黒川はゆっくりと反対側に目をやり、今度は少年に問いかけた。
「じゃあ君が失敗した…もしくはわざと殺さなかったという事ですね。なぜですか?」
少年の表情は恐怖に満ちていたが、歯をくいしばって答える。
「私の手に負えませんでした」
黒川は私に視線を戻し、静かに話し出した。
「なるほど、あなたはよほど腕のたつヒットマンの様ですね。どうりでボスが警戒する訳だ…まぁそれはいいとして、ちょっと失礼」
その瞬間、黒川の腕が少しぶれた様に見えた。
「……ぐっ!!?……あああぁ……!」
突然小林が悲鳴をあげた。
小林の胸には先ほどまで黒川が手にしていた斧が突き刺さっている。黒川は手に持っていた斧を小林に向け投げたのだ。
「裏切り者には死んでいただきます。もう私にあなたは必要ありませんから」
小林は膝から崩れ落ち、足下は自身の血で血溜まりができていた。しばらく口をパクパクしていたが数秒後、地面に顔を擦り付けるように倒れ込んだ。
隣にいた少年は顔面蒼白で完全に黒川に怯えていた。
「さて、次はあなたですよ。神谷さん、お見苦しい所をお見せして申し訳ないですが、もう少々お待ちください」
そう言うと黒川は少年に向かって歩き始めた。
「ひっ…!」少年はビビってしまって体が言う事を聞かないらしい。
「おい少年、さっきの約束は取り消しって事でいいか?」
「えっ?や、約束?」
「黒川に手は出さないって話だよ」
「これはもうしょうがねぇじゃんか!そんなの取り消す!だからっ……!」
少年が言い終わる前に私は動いた。
黒川との距離は5メートル。突然斜め向かいから私が動き始めたので黒川は一瞬動揺した。
私は忍ばせていたナイフを黒川に投げつけた。黒川は自分目掛けて飛んできたモノを反射的に手ではたき落とす。この時点で黒川との距離は攻撃が届く2メートル以内にまで詰めていた。ナイフでの攻撃はいわばフェイントだ。
「ちっ!」意図的に意識を一瞬散らされた事に気付いたらしく黒川は舌打ちをした。
が、時すでに遅し。私の右ハイキックが黒川の首へと食い込んだ。もろに頸動脈へ打ち込めた手応えもある。案の定、黒川は怯んで一度私と距離を取ろうと後ろへと下がった。それを読んでいた私は蹴りを入れた直後に黒川と抱きつけるほど距離を詰めていた。首に打撃を入れられ、咄嗟に後ろへ下がり顔をあげた瞬間目の前に私の顔があるのだ。黒川は音が出そうなほど目をぎょっとさせた。そして私は勢いのまま黒川のスーツを掴み、大外刈りを決めた。
肉体がアスファルトへ打ち付けられる何とも生々しい音が響き、黒川は倒れながら息を詰まらせる。
「ごはっ……!!」
私は倒れた黒川に馬乗りになり首を締め付ける。
「ジンの居場所を吐け。お前がジンと繋がっているのは分かっている」
「はっ、そんな脅しが私に通じるとでも?あなたもヒットマンならそう易々と私が情報提供する訳ないと分かるでしょう?」
「じゃあ試してみるか?」
私は首を締め付ける力を強めた。
「ぐっ……ごのやろう……!」
「無駄な抵抗はやめろ。もしここでお前が吐かなくても、また後日ビアンコに張り込みをかけて他の奴にあたるまでだ」
黒川の抵抗する力が弱まった。それに応じて私も締め付ける力を弱める。
「はぁ…はぁ…1つお聞きしたい事が」
「なんだ?」
「あくまで私が得ている情報ですが、あなたはボスを追う事を諦めたのではないのですか?」
「いいや、諦めてない。だがたしかに雇い主はこれ以上ジンを追うなと命じて来たがな。それに納得できなかった私は1人でジンを追ってる」
「あなたは自分の雇い主がなぜボスを追うなと命じたかご存知ないのですか?」
「詳しい事は知らない。圧力がどうとかは聞いたが。でもそんな事私には関係ないよ」
気のせいかもしれないが一瞬黒川が私を哀れむ様な目をしたように見えた。
「ではあなたは一度真実を見た方が良さそうですね」
「真実?なんだそれ?私は友人をあんたのボスに目の前で殺されてんだ。それが真実だろうがよ」
黒川は「はぁ……」とため息をついてから、
「まぁいい。3日後、ビアンコが閉店してから
一度行ってみて下さい。そこにボスが来ます。もちろん嘘ではありませんし罠でもないです」
「その根拠は?」
私はやっと求めていた情報が手に入ったというのに自分でも驚くほど冷静だった。
「今あなたに提示できる根拠はないです。しかし私はボスを誰よりも信用しているし、あなたにボスは殺せないと確信している。ボスもあなたを格下に見ているのでいちいち罠をしかけたりもしない。あなたの復讐とやらも正面から受けて立つでしょう。強いていうならこの自信が根拠です」
「なるほどな。じゃあその誘いに乗ってやるよ。せいぜいボスの最後の姿目に焼き付けとけよ」
私は黒川に馬乗りになっていたが立ち上がり、バンへと向かった。
黒川は寝転んだまま天井を見ている。
少年は「黒川さんどうするの?」と聞いてきたが、私はこれ以上痛め付けても意味がないと判断したのでそのまま放っておく事にした。
私がバンの運転席に乗り込むと、少年もすかさず助手席へ乗り込んできた。少年が乗った事を確認すると車を出した。ルームミラー越しに寝転った黒川の姿が徐々に小さくなっていく。
「聞いてたろう。3日後私はジンを殺す。君はこれからどうするんだ?まぁとりあえず送るよ」
「俺も…俺も3日後ついて行ってもいい?」
「だめだ」
「なんでだよ!?」
「危険だからと言うつもりはない。正直君の安否はどうでもいいからな。でもせっかくのチャンスなんだ。足手まといになられちゃ困る」
「じゃあ外で待機している分には良いよな?邪魔にならんし」
「なぜそんなにも固執する?現場に来て君にどんなメリットがあるんだ?」
「損得なんて考えてないよ。若さゆえの好奇心さ」
少年は爽やかに言った。
「好奇心ねぇ…まぁいいだろう」
私は少し悩んだが少年が同行する事を許可した。
「じゃあ軽く段取りを説明するぞ。まず君を家に送り届けてからこの車は処分する。3日後の夜に連絡するから準備しておいてくれ。君の家まで迎えに行くから。それまではお互い連絡は取らず大人しくしておこう。私も武器など色々準備するよ」
少年は頷き質問した。
「武器って?ナイフとか?」
「ナイフも用意する。本来銃が欲しいとこなんだがな。訳あって今は重火器の調達ができないんだ」
「いやいや、銃がなけりゃいくらあんたでも厳しくないか?」
少年は意味深な笑みを浮かべる。
「なんだ?」
「実はさ、誰のか分からんけど俺の家に一丁あるよ」
「ほんとか!?」
「ああ。良かったら使ってくれよ。俺もそんな物騒なモノ家に置いておきたくなかったからさ」
「じゃあ遠慮なく使わせてもらうよ」
そうこうしている間に少年の家へと到着した。私が乗って来た日産マーチも路肩に停まったままだ。
「じゃあちょっと取ってくるよ」
少年はそう言うと早足でマンションへと入っていった。
5分後、少年が出てきた。手には某家電量販店のロゴが入った紙袋を持っている。
「これだよ!引き出しに入ってた弾も全部持ってきた」
私は紙袋を受け取り少年に礼を言った。
「じゃあ3日後の夜に」
そう言うと私は少年に手を上げ、バンを処分すべく走り出した。
そしてしばらく車を走らせ、コンビニの駐車場へと入った。駐車場の隅の方へ車を停め紙袋の中を確認する。
「マジかよ…」
私は1人で失笑した。銃といえば経験を踏まえ、勝手にグロックかトカレフだと予想していたのだが紙袋に入っていたのはまさかのコルトパイソンだった。
「よりによってコルトかよ…使いにくいな」
グロックやトカレフは装弾数が8〰️10なのに対し、コルトは装弾数が6発。しかもリボルバーなのでリロードに時間を要する。現場ではこの数発の差が生死を分ける。もちろんコルトの威力はものすごいが、状況的には威力よりもスピードや扱い易さの方が大事だった。
まぁ無いよりはマシだと割り切り、私は休む為近くのビジネスホテルへと向かった。
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