第19話『違和感』

『違和感』


中野が病室を出てから1週間が経った。ジンに刺された太股は完全ではないが傷が塞がりつつある。医者いわく、明日の午後には無事退院できるそうだ。


病院に搬送されてから約2週間。とにかく体がうずいて仕方なかった。一秒でも早くこの手でジンに制裁を加えてやりたい。目を覚ましてからそれしか考えてなかった。多少準備が必要だが、ジンへの復讐のプランは既に練り終えていた。


翌日、午前中に退院の手続きを済ませた私は予定通り午後には退院する事ができた。病院を出てからやる事は決めていた。それはセックスだ。生まれて初めて自宅以外の場所で2週間もの生活を余儀なくされて、ストレスと性欲が溜まっていた。昨日の時点で愛人である杏菜にメッセージアプリで連絡を入れていたが今だに返事はない。


(何だ、スマホ見てないのか?)と思い、電話を掛けてみる事にした。


しかし杏菜は電話にも出なかった。まぁ仕事中だろうと諦めた私はタクシーを呼び自宅へと帰った。


久しぶりに帰った自宅は私が家を出る前と少しも変わらずそのままだった。まぁ私以外誰も住んでいないので当たり前だが、その変わらなさに安心した。荷物を片付け、2週間分の掃除をしていたらスマホから通知音が聞こえた。


スマホを手に取り画面を開くと杏菜から連絡が返って来ていた。待ってましたとばかりに杏菜からの文面を読むと、そこには期待していた文章とは違う文章が並んでいた。


「ーー連絡が遅くなってごめんね。前から言おうと思ってたんだけど、私いまお付き合いしてる人がいて…その人と今年中に結婚するの。だからもう神谷さんとは会う事はできない。初めて神谷さんと関係を持った日から神谷さんは私を幸せにするつもりはないと分かってた。もちろん奥さんがいた事も……でも神谷さんはすごく魅力的な人だったから私も駄目だと頭で分かってても関係を断つ事ができなかった。でも決して嫌な思い出だとは思ってないしそれはそれで楽しかったよ。突然でびっくりだよね、ごめんね。ーー」


文章を読み終えた私は驚きや悲しみはなく、とにかく腹が立った。何に腹が立ったかは分からないが、多分思い通りにいかなかった事だと思う。杏菜とセックスをするつもりでいたのに断られ、もう二度と会う事もないだと?ふざけるな。


抱けりゃまどかでもいいかとも考えたが、あまり乗り気になれなかった。今はどっちかと言うとまどかの様な遊んでそうなタイプより、杏菜の様な素人の女をむちゃくちゃに乱してやりたかった。


(あー…イライラする…)


私は昔から一度むしゃくしゃし出すとなかなか収まらない質だった。風俗にでも行こうかと考えたが馬鹿らしくてやめた。とりあえず腹が減ったので近くにあるコンビニへ買い物しに行く事にした。


買い物を終えて1人歩いていると、前方からこちらへ向かって歩いて来る40代ぐらいの男に目がいった。


その男は165cmぐらいの小柄な男だったが、ひどく汚い身なりだった。幸い背丈に合ったスーツを着ていたが、何日も家に帰ってない様な見てられないほど疲れきったみすぼらしい格好だった。髪も最初はセットしていたであろうが、今ではボサボサになっていた。


言っちゃあなんだが、こんな住宅街でこれほど汚い格好だったら嫌でも視線は釘付けになる。男の方は下を向きながら歩いているので前方の私には気付いている様ではなかったが。


(背が小さくなかったらな…せめて格好だけでも何とかしろよ……だらしねぇーな)


見ず知らずのその男には大変失礼ではあるが、私はすれ違い様にその男の身長と身なりを哀れんだ。


そしてすれ違ったその時だった。言葉に表せないほどの違和感?というか嫌な予感がした。私は咄嗟に足を止め、その場に立ち止まった。恐る恐る振り返ったがその小柄な男はスタスタと歩いて行ってしまった。

(なんだ今の違和感は……)


しかし考えても仕方がないので考えるのを諦めて歩き始めた。


そろそろ自宅が見え始めた頃、自宅の玄関前に人影が見えた。


(誰だ?)


近づくとその人影はまどかだった。


「あ、旬くん。退院おめでとう。いま帰り?」


「おう」


私は杏菜の件と、先ほどの違和感のある小男の存在がストレスになっており今は機嫌が悪かった。だからまどかには悪いが早々にこの場を立ち去って欲しかった。


「なーにぃ?ちょっと冷たくない?」


まどかはいつも通りの笑顔で私に詰め寄った。


私もいつもなら冗談をして返していただろうが、今はとてもそんな気分にはなれなかった。


私は詰め寄って来たまどかをかわし、玄関のトアノブへと手を伸ばした。


「ちょっと旬くん!!急に何なのよ!」


「お前こそ急に何の用なんだよ?」


振り返った私の顔がさぞかし怖かったのだろう。まどかの表情には恐怖が見てとれた。


「この前病室で中野さんと何話してたのかな?って…多分中野さんは旬くんに伝えなきゃいけない事ちゃんと伝えてないだろうなと思って…」


「伝えなきゃならない事?」


恐らく1億でジンから手を引けという話だろうと思った。それなら聞いているし思い出すだけでも中野の冷酷さに腹が立つ。


「うん…アランて人の事なんだけどさ」


まどかの口からアランの名前が出た瞬間に私の怒りのボルテージがマックスになった。


「その話はやめろっ!もう聞いてるよ!お前はそんな話をしにわざわざ来たのか!?」


「あ、聞いてたの…なら良いんだけどさ。ほら、中野さんっていつも肝心な事言わないじゃない?だからと思って」


本来なら帰れと怒鳴り付ける所だが、私は怯えきったまどかの姿に無性にそそられた。まるで狩人に追い詰められた野ウサギの様な表情が私の性欲を掻き立てた。


もうこの際、杏菜が駄目ならこいつでもいい。


気付いた時にはまどかの手首を引っ張っていた。そして玄関のドアを開け、中に引きずり込んだ。


「ちょっとなに…!」


抵抗するまどかに平手打ちを浴びせ、後ろからスキニーのベルトに手を掛け半ば力ずくで引き抜いた。


抵抗するまどかを無視し、スキニーをずり下ろした。すると見慣れた細く白い脚と赤い下着が露になった。


「やめてってば!!」まどかは悲鳴に近い叫び声を上げ、必死に抵抗していた。だが所詮は女の力。男の私に勝てるはずがない。


私はまどかの赤い下着を下に下ろし、冷えきった指を陰部に突き立てた。


「あっ…ん……!」


まどかの陰部は既に十分な湿り気があり、私は後ろから抱き付く体勢ですぐに自分の性器を入れた。


まどかは今だに叫び抵抗する事をやめなかったが、私の性器がゆっくりと中に入るにつれて抵抗する力が弱まっていった。性器がまどかの中に完全に入りきるのを確認すると、腰の骨が折れそうなほど前後に腰を振った。


そこまでいくとまどかは悲鳴ではなく、あえぎ声を上げていた。かなりのボリュームだったが私は気にせず腰を前後に振り続けた。


玄関には「パンッパンッパンッ」と私の体とまどかの体が当たる音がリズミカルに響く。そこにまどかのあえぎ声も加わり一種の演奏の様に感じた。そして数分間腰を前後に振り続け、とうとう絶頂を迎えそうになった。


この頃になるとまどかには抵抗する様子は無く、単純に快楽を求めている様だった。そして我慢できなくなった私は最後に思いきり性器を突き上げ、絶頂を迎えた。ドクドクと自分の精液がまどかの体内へと入っていくのを感じる。まるで小さな津波の様だとも感じた。


性欲が満たされた私はズボンを上げ身なりを整えると、玄関にぐったりと座り込んでいるまどかの手を掴んだ。まどかの意識はもうろうとしており、何も声を上げなかった。私はまどかを立たせ、まだ半裸状態のまどかを玄関の外に放り出した。子供が古くなったおもちゃを捨てる様に…


放り出した時にまどかは事態を飲み込んだらしく「いやっ!ちょっとやめてよ!!」と怒り、中へ戻ろうとした。だが私は玄関の中へ戻って来ようとしたまどかに「だまれ。アバズレが」と吐き捨ててドアを閉めた。


ドアを閉めて2秒後ぐらいに「ちょっと!!」とまどかが怒りを露にし叫んだが、私は外に目もくれず玄関に座り混んで煙草に火を点けた。


別にまどかの事が嫌いだった訳ではない。怒りが先行してしまったのは認めるが、ただ私がジンへ復讐するには中野が絡んでいる人間は不必要だと思ったのだ。まどかには悪いがこうでもしなければ私へ関わるのをやめないだろう。もしジンが私に関わるまどかの存在に気付いたら何をしでかすか分からない。中野や森は自分の力で何とかなるだろうがまどかは女だ。しかも堅気の人間でジンの事も知らないだろう。だからこれ以上私に関わってはいけない。遠ざける必要があった。


まぁここまで最低な事をしたんだ。もうまどかに会う事も無いだろう。少なからず私に好意を持ってくれていたのでこんな別れ方しかできなかったのは少々心が痛むがしかたがない。もっと方法はあっただろうが私もそこまで器用じゃない。


こんな時、サラジャならどんなアドバイスをくれただろう。サラジャの姿は私を生き返らせてくれた時以来見ていないし、もう姿を現す事はないかもしれない。


それも含め全てはジンへの報復が済めば取るに足らない事だ。私は身の回りの最低限必要な物をまとめ家を出た。そしてタクシーを拾い、あの日俺達がジンにコテンパンにされた雑居ビルまで向かった。前回と違い、外は夕暮れで明るかった。少し離れた所でタクシーを降り肉眼でビルが見えるギリギリの所で待機する事にした。ジンの隠れ蓑になっているバービアンコは何の変哲もないただのバーだ。だから必ず来訪する客がいるはずだ。私はその客に中の様子を探らせる事にした。私が潜入しても恐らく防犯カメラの映像やらでバーの連中には顔が割れているだろう。もしそんな所に足を踏み入れてしまったらどうなるか分からない。だからこそ何も知らないバーへ向かう予定の一般人を使うのがもっとも合理的だった。潜入の為だけに人を雇う事もできたがそれだと必ず違和感が生まれる。その違和感にジンサイド気付けば雇った人間が危ない。まぁ最悪今日の作戦がダメなら探偵でも雇って調査させるつもりだったが…


時刻は21時を回った所だ。 これまでの数時間に数組の人間が出入りした。そしてまだこのビル内に留まっているのは、若い女の2人組とサラリーマンの3人組とカップルの3人組だけ。


この全員がバービアンコに行っていると確証が無かったので全員に声を掛けるつもりだったが、女好きの私は若い女達に目をつけた。そこからさらに待つ事1時間半。ようやく若い女達が外に出て来た。女達は何も知らずにビルから離れていく、後ろからつけていた私は1つ目の曲がり角を曲がった所で声を掛けた。


「ねぇねぇお姉さん達」


「なーにぃ?」


偏見だろうがギャルっぽい見た目通りすんなり返事に応じた。それにずいぶん酒臭い。


「今さ、あのビルから出て来たでしょ?もしかしてバービアンコに行った?」


「そうだよぉ。てか何で知ってんの〰️きもくなーい(笑)」


きもいという単語に多少イラつきはしたが抑えた。


「お兄さんは何でも分かっちゃうんだ。そこで相談なんだけど今から少し時間良いかな?2人でいいから」


「別に終電までなら時間あるけどぉ。てか何?ナンパ〰️?」


ずいぶん酔っていて使い物になるのか?と不安にはなったがとりあえず誘ってみる事にした。


「ナンパかな?というか教えて欲しい事があるんだ。もちろん報酬は弾むよ。どうかな?」


「えーそうなの〰️。いくら〰️?」


「1人3万ずつ出すよ。どうかな?」


「え、マジ!?ラッキー!そんで何を教えてほしいの」


「君達が今行っていたバービアンコについて。店内にこの男いた?」


私はジンの写真を見せながら聞いた。


「ん〰️、こんないかついオジサンは居なかったけどな…」


どうやらジンは表に出ていない様だ。


「じゃあさ、店員はどんな感じだった?あと、店内の客もどんなだった?」


「店員?店員さんは…別に普通だったよ。2人居たけど2人共どこのバーにも居そうな感じの。強いて言うならば1人はメガネでもう1人はポニーテールだったな〰️。あと客はウチらとカップル1組だけだったよ」


どうやらサラリーマンは違う店に入っていた様だ。


片方の女が答えるともう1人の女も「そうそう」と頷いた。


「それ以外は居なかった?」


「うん、居なかった」


「ありがとう、じゃあこれ。裸で悪いけど」


私は礼を言うと金を渡した。女達は「マジラッキーだよね!」と興奮していた。


「あ、あと1つだけ!その2人の店員だけどさ、メガネとポニーテールどっちが喧嘩強そうだった?」


「喧嘩?喧嘩って殴り合い?うーん…ポニーテールの方はヒョロかったからメガネじゃね?背は低かったけど腕とか結構ムキムキだったし。なんで?お兄さん喧嘩するの?」


「あぁ、そのつもり」


私がおどけて答えると女達ケラケラ笑った。


「じゃあ気をつけてね」


「うん、ありがとう」


女達は私には手を振ると真っ直ぐ行ってしまった。


「さてと……いきますかっ」


私は1人呟くとポニーテールの店員の方に的を絞った。理由は判別しやすいから。

メガネの方だと、いまいち特徴が無いから出て来た時にどこの店舗から出て来た人間なのか判別が難しい。でもポニーテールなら簡単だ。さすがにこのビルにポニーテールの男は何人もいないだろう。


そうこうしていたらビル内の照明がポツポツと消え始めた。時計を見ると0時10分。相変わらずバービアンコは照明が点いたままだった。


次第にビル内で働いているであろう人達がチラホラ外に出てき始めた。辛抱強く待つ事20分。丁度0時30分になる頃にポニーテールの男が出てきた。


濃いブルーのジーンズにダボついた黒いパーカー。胸の所にはスポーツブランドのロゴがデカデカと貼りついていた。私服を見る限り、私とあまり歳の差を感じなかった。


そして私はポニーテールの後をつけた。もしかしたらジンへ繋がるヒントがあるかもしれない。ポニーテールとは50mほど距離をあけながら尾行したが、なかなか警戒心が強かった。20mほど歩いては左右をキョロキョロ見ていたのだ。ずっとそれの繰り返し。だが一度も後ろを振り返る事はなかったので、私の尾行がバレずに済んだ。もしかしたらこのキョロキョロはただの癖かも知れないとも思った。


するとしばらくしてコインパーキングへ到着したポニーテールは自身の車に乗り込んだ。名前は分からないが白いSUV車。あまり車に興味がない私でもCMで見た事がある車種だ。


徒歩でつけている時に車に乗られちゃさすがに尾行は無理だ。私はポニーテールが乗った車のナンバーをサッとメモし一度この場を離れる事にした。


位置情報を使いスマホで周辺の施設を検索すると、幸いにも近くに大手ネットカフェがあった。しかもコインランドリーとシャワー付きだ。私はひとまずそのネットカフェに向かう事にした。


深夜という事もあり店内は静まり返っていた。私は喫煙のブース席を選択し、腰を下ろした。そして今日得た情報を頭の中でザッと整理し、次の尾行からは車が必要だと感じたので手頃な値段のレンタカーをネットで予約した。車種はシルバーの日産のマーチ。可愛いらしい見た目のコンパクトカーだ。これならばさすがに怪しまれにくいのである程度深く尾行する事ができそうだ。


一通り準備が済んだのでひとまず私は寝る事にした。



翌日。


店内がガヤガヤし出したので一度昼に目が覚めたが、二度寝を決め込み夕方に完全に目を覚ました。

起きてから施設内のシャワーを浴び、軽く柔軟を行ってから軽食をオーダーし食事をとった。残念な事にあまり美味しくは無かったが……


それから1時間ほどインターネットを使用し、

ニュースなど日々の情報の収集を済ませ、支払いをし店を出た。


そして予約していたレンタカーを借りに行き、再度バービアンコの入った雑居ビルまで向かう事にした。今回は前回と違い、ポニーテールのSUVが停まっているコインパーキングにレンタカーを停める事にした。ポニーテールのSUVは昨日と同じ所に停まっているのが確認できた。私はSUVと向かい合わせになる様に日産マーチを駐車した。


時刻は20時を少し過ぎた頃だ。0時30分まで約4時間半。下手に表をうろついても危険なので0時まで車で仮眠を取る事にした。


あまりしっかりと仮眠は出来なかったが、いよいよ時刻は0時を回った。ポニーテール男が昨日と同じ行動パターンなら後少しでこの駐車場にやって来るはずだ。


そして私の読みは見事に的中した。この日ポニーテール男は帽子を被っていたので少々気付くのが遅れたが昨日とほぼ同時刻に車のもとまでやって来た。


ポニーテール男は車に乗り込む前に煙草に火を点けて一服している。どうやら禁煙車にしているみたいだ。という事はあのSUVは自分の所有物ではないのか?それとも家庭を持っていて奥さんに口うるさく言われているのか……


様々な憶測を立てながら私は座席のシートを少し倒し、ハンドルの隙間からポニーテール男を観察した。そして男は煙草を吸い終わるそそくさとエンジンを掛け、コインパーキングから出て行った。男のSUVがゲートを右折したのを確認してから私もすぐマーチのエンジンを始動させゲートまで進んで料金を支払った。


SUVがパーキングを出てから1分後に私も後をつける。離されてなければいいが……


だが道路に出ると30mほど先の信号でポニーテール男のSUVが止まっていた。私も男のすぐ後ろに車をつけ、誰がどう見ても自然な信号待ちの状況を作り上げる事に成功した。後は一定距離を保ちながらこのSUVをつければ良いだけの話。何としてもジンの手掛かりを掴みたい。まだそのポニーテール男がジンと繋がっていると確証も無かったが、私は大いに期待を抱き必死に体がうずくのを堪えた。

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