第13話『初仕事』


「仕事だよ。今夜23時に17番倉庫集合で」


アランと訓練を始めて1ヶ月。


唐突に中野から連絡が来た。


私は何の心構えもなかったのでドキッとしたが同時に武者震いも起こった。



現時刻は16時半。


23時までまだかなり時間がある。


幸いにも今日は仕事が休みだったので約束の時間まで時間を自由に使える。


普通こういう時はどうやって時間を潰すのだろうか?


訓練か?いや、そこでもし怪我でもしてしまったら話にならない。


そもそも中野はヒットマンは殺しだけが仕事じゃないと言っていた。


探偵のような調査のみの仕事もあると。


もしかしたら今日は調査だけなのか?だからこんなに急に連絡を寄越したのか?


23時になると答えが分かるが、現時点では予測を立てる事しかできなかった。


だんだん考えても仕方がないと吹っ切れてきたので私は昼寝をする事にした。



目を覚ますと21時を過ぎていた。


腹が減ったのでリビングへと向かったが食事の用意はなく、美加は居間でテレビを見ていた。


先日の話し合いから尾を引いている美加の態度に腹を立てたが、食事を取るとかえって眠気が来ると思ったので私は食事を取るのをやめた。


(そろそろだな)


私は適当な黒っぽい服に身を包み、待ち合わせ場所へと向かった。


約束の時間よりも15分ほど早く到着したのだが、倉庫の前には既に中野の愛車が停まっていた。


近寄って窓をノックすると中野はハッとし、窓を開けた。


「早いじゃん!緊張する?ま、とりあえず中で話そうか」


私は助手席に乗り込み、中野の次の言葉を待った。


「おっけー?じゃあ説明するよ。先に言っとくと今日の仕事は殺しじゃない」


中野がそう言うと、心構えは一応してたが安堵した。


「じゃあ仕事って何をするんですか?」


「今日はある人物を痛めつけるのが仕事だ。それとなぜ?って質問はNGだよ?俺達はただ報酬をもらって仕事をするだけの存在だから」


中野は1枚の写真を取り出した。そこに写っていたのはおそらく70代であろう老人だ。


「これは?」


「こいつがターゲット」


私は目を疑った。痛めつけると言うからもっと若いゴロツキのような奴かと思っていたが、まさかこんな老人がターゲットとは。


私はなぜ?と聞きそうになったが堪えた


「何でこんなにじいさんを?ってか?詳細は言えないが、こいつは政治家の裏で糸引いてんだよ 。だから俺の依頼人はこいつが邪魔なわけ。でも殺しちゃったら本腰入れた警察の捜査が入るだろ?それは依頼人の立場上マズイみたいだから半殺しでって事なんだ。でもやっぱり数日後に死んじゃいました〰️ってのは仕方ないからおっけーみたいだけど」


もっと複雑な内容だったり、指示があるものだと思っていたが、中野はそんなものはないといった様子だった。


「仕事内容は理解しました。それで俺は何をすれば?」


「その質問を待ってました。神谷くんには実行犯になってもらいます。要するにボコる人だね」


「えっ!?いきなり?」


私はてっきりサポート役にでも回るものだと思っていたので驚きを隠せなかった。


「俺も近くで待機してるから大丈夫だよ。でも今回は足がつくといけないから武器類はなるべく使用禁止で」


「ってことは素手ですか?そもそも半殺しってどれぐらいでやめたらいいんですか?」


中野は少し考えてから


「まぁその辺は適当かな(笑)とりあえずはそのじいさんに次はないぞって恐怖心を与える事が目的だからね」


相変わらず中野は肝心なところを曖昧にする。


でもまぁ相手は年寄りだから軽めに痛めつけるだけで大丈夫か。


もし打ち所が悪く死なれても困るからな…


私は初めての仕事だけに勝手に難易度が低いと決めつけて実行を承諾した。


だが、この安易な考えが後々後悔する事になるとはまだ考えてもいなかった。



午前1時頃。


私は中野と農道の近くの短いトンネルまで移動してきた。


時間も時間なだけに人気は一切ない。周囲も田んぼや畑だけなので明かりは全くなく、トンネル内の薄暗い照明だけが頼りだった。



中野が言うにはもうすぐしたら仕事用の車両がここに到着するらしい。


そういう事を聞くとプロらしく思えて胸が踊った。


しばらくすると100mほど向こうから黄色い光がこちらへ向かって走ってくるのが分かった。


しかしよく見てみるとその光は左右に1つずつの2つではなく、1つしか見えない。


仕事で使う車両とは車ではなくバイクのようだった。


しかもよく見ると400ccや250ccではなく50ccの原付だった。


そして原付に乗った何者かが私達のいるトンネルへ到着し、漆黒のヘルメットを取った。


その何者とは森だった。



「よう大介。待たせたな !おっ、今日は神谷もいるのか!久しぶりだなおい」


私は森に軽く挨拶を済ませると森が


「今回の仕事はこの原付が最適だ。明日にはスクラップになる盗難車だから気にせず使え。だが間違っても違反で警察に取っ捕まるなよ!」


と言った。


まぁたしかに中型や大型のバイクよりも原付の方が小回りも聞くしエンジン音もでも目立ちにくい。


「じゃあそろそろ行くか!これ地図ね」と中野が号令をかけたので私は原付にまたがった。



「中野さんは何で向かうんですか?」と聞くと、どうやら中野は車で向かうらしかった。



今回のターゲットは毎日深夜3~4時頃に散歩をし、風呂に入って寝るという生活リズムらしい。これは既に中野が調査済みだった。


そしてその深夜の散歩中に襲撃するのが今回の仕事内容だった。


私は渡された地図を頼りに現地へ向かい、ある空き地へバイクを停めた。


地図は手書きで比較的簡素なものだったが、車両を停める位置やターゲットが通るルート、私が防犯カメラを避けて通るルートなど事細かく記載されていた。


原付を停めてから地図を熟読し、完璧にルートを把握して進んだ。


私は待機場所と記された場所で待つ事にした。


とはいうものの、待機場所とはただのバス停だった。目の前に丁度ベンチがあったのでそこに腰掛けターゲットを待つ事にした。


時刻は午前3時10分。


しばらくすると、目の前の道路を挟んだ反対側の歩道に早速ターゲットらしき人物を発見した。


ターゲットらしき人物はスウェットの様なジャージを着た、杖をついた今にも転げそうなほどヨボヨボの老人だった。


手元の写真と前方にいる老人を見比べた。辺りは暗く街灯と月明かりだけでは正直判別が難しかったが、恐らく前方の老人はターゲットで間違いない。


念のため中野に連絡を入れ、前方の老人の特徴を伝えた。



歩くのがやっとの杖をついた老人、髪は綺麗な白髪で歳のわりにはふさふさ、俳優の誰々に似ている、など思いつく限りの特徴を中野に伝えた。



「そう、そいつで間違いないよ。健闘を祈る」


中野はそう言うと一方的に電話を切った。



気付くとターゲットはゆっくりだが私から離れていっていた。


私はすぐにベンチから腰を上げ、老人の歩くスピードに合わせて後をつける。


改めて見るとやはりターゲットはかなりの老人だった。杖をついているが、杖を取り上げただけで転倒し大怪我をしそうだ。それほどにターゲットはヨボヨボだった。


(これは楽勝だな)


一応作戦としては、ターゲットが次の曲がり角を曲がった時にダッシュで一気に距離を詰めて、背後から奇襲をするつもりであった。



作戦通りにあと数秒でターゲットは曲がり角を曲がる。


徐々に体が左へと反転を始める。


よし、今だ。


私はそこから一気に距離を詰め、ターゲットの後を追い、曲がり角を曲がった。



そして曲がった瞬間。



右頬に何か違和感があった。


とっさに右手で頬に触れる。そして触れた手を見ると何か生暖かい液体がついていた。街灯に照らしよく見てみるとその液体は血だった。


「はっ?」


訳が分からずつい声が出てしまった。


右頬が徐々に焼けるように痛みだした。


ターゲットを見るとこちらを向いていた。その手には杖ではなく刀を握っている。


姿形は数秒前に見た老人で変わりなかったが、立ち姿がまるで別人だ。


一言で言うならば武人のようだった。


そして老人は「ふぅーっ」と息を吐き、口を開いた。



「さっきからワシをつけておったようだがお主は何者じゃ?誰の差し金だ?」


私はこういう場合何と返答するかまで教わってなかったので返事をするのに数秒掛かった。



「別に誰でも良いじゃないですか。あなたには関係ありませんよ」



「そうかそうか…ではこの場で死ね」


言い終わると老人は手に持った刀を時代劇の殺陣のように振り回した。


フォン!フォン!と鋭い風切り音が深夜の住宅街に鳴り響く。


とても間合いに入れるものではなく、バックステップで避けるのが精一杯だった。


表現だけならば華麗にかわしているように思えるが、私はただ防衛本能的に避けているだけだった。


あの手に持っていた杖が仕込み刀だったのだ。


「あっ」


自分でもステップに勢いをつけすぎたのが分かった。次の瞬間、背中をコンクリートの壁に強打した。


「ごふっ!」自分の意思に反して自然と声が漏れる。


老人は終わりだと言わんばかりに刀を容赦なく大きく振りかざしてきた。


反射的に目を強く閉じた。


それと同時にゴツッ!と鈍い音が響く。


体には何も痛みを感じない。


恐る恐る目を開けるとそこにはうつ伏せに倒れる老人と中野がいた。


中野の手には名前は思い出せないが、ボルトを締める時などによく使う工具が握られており、その工具の先端は赤黒い血で染まっていた。


まるで悪魔が突如舞い降りた光景のようだった。


中野はいつも通りの口調で



「どう?やばかった?」と笑った。


「かなりやばかった…です。ありがとうございます」


気にすんなと言わんばかりに肩を手で叩かれた。


ターゲットの老人は倒れたまま動かない。


死んだのか?


私がターゲットを凝視したまま固まっていると、それに気付いた中野が


「大丈夫だって。人はそう簡単には死なんよ」と言った。


それを言うと「あ、そうそう」と私に封筒を差し出した。


「これ今回のギャラね」


私は自分が失態しか犯していないと自覚していたので受け取るか悩んだ。


だが中野は私が封筒に手を伸ばすのをずっと待っている。


だからしぶしぶ受け取った。

とにかく中身が気になったが、こういう時、すぐ中身を確認するのはマナーとしてどうなのかというのが自分の中であったので、中身の確認はせずズボンの後ろポケットに押し込んだ。


その私の行動を見ていた中野が


「いや、確認しろよ!」と笑う。


中身が気になってしかたなかった私は、一切抵抗せず「じゃあ…」と中身を見た。


(1、2、3、4…)


枚数を声に出さず数える。


なんと封筒の中には50万入っていた。


「いやいや。こんなに貰えません」


私は中野に抗議したが、中野は


「貰えませんって言われてもなー…俺も依頼主にそれだけ渡されてるから受け取ってもらわないと面倒なんだよね」


じゃあ私への金額を下げて残りは中野さんが貰えば?と提案はしたが、それは業界でタブーな行為らしかった。


そして私は中野に丸め込まれる形で報酬の50万を受け取った。


怪我を負ったもののこんな数分で50万…?


いまの会社では半年分のボーナスに値するほどの金額だった。



「半年分が数分で …」



強欲であろうとなかろうとこればかりは誰しも欲が出てしまうだろう。


もっと仕事がしたい。


私は犯罪に手を染めてしまうという罪悪感よりも金を選んだ。



「おつかれさんっ。初仕事にしたら死ななかっただけで上々だよ!今日はゆっくり休むといいよ。またこっちから連絡するから」



ここでようやく気が緩んだ私は、頬の傷が痛み出した事に気が付いた。



「痛ってぇ…」


中野は頬の傷を見て

「そんなに浅くはないけどこの程度なら明日には傷が塞がってるさ。それより刃に毒や薬品を塗られてなかって助かったな」と言った。



まぁたしかに中野が言うよう刃に何か細工がしてあったら傷を負わされている時点で終わってたな。


私は心底ホッとした。



「まぁ明日はゆっくりしなよ。その傷じゃあ会社にも行けんだろうから」


「あっ…ほんとだ」


そして私達は早々にその場を後にした。



中野には自宅近くの月極駐車場で下ろしてもらい、自宅までの道を歩いて進む。



切られた頬はもちろんだが、全身も筋肉痛で痛い。


歩くのが億劫だったので目の前の月極駐車場の車止めに腰を下ろして一服する事にした。



「ふぅーっ…」



白煙が頭上に広がる。


真っ黒な空をバックに煙を見たら汚れのないまっさらの雲のようで面白い。


くだらないと思いながらもそれを何度か繰り返した。


そして先ほどの老人の事を思い出した。


最初見た時は楽勝だとたかを括っていたが、実際は中野が来なければ確実に殺されていた。


ただの老人に刀を持たせただけではあんなにも追い込まれない。


おそらく何かしらの武術を極めた達人だろう。


ターゲットに選ばれる人間にはターゲットになる何かしらの理由がある。逆に私達ヒットマンも中野のように普通の見た目をしている。


この一晩で色々衝撃を受けた私は疑心暗鬼の一歩手前ぐらいまできていた。



だが同時にヒットマンとしての仕事にやりがいも感じていた。現在の会社では毎日が退屈で同じ仕事の繰り返し。しかも収入もたかが知れている。


しかしヒットマンはどうか?


まだ一度しか現場には出ていないが、たしかに命のやり取りを肌で感じる事ができた。報酬ももらい過ぎなぐらいだ。


もっとヒットマンとして腕を上げて金を稼ぎたい。


しかし私の想いを実現するならば現在の会社を辞めなければならない事は明白だった。


でないと、とても訓練に時間を割けないし、ヒットマンは命懸けの仕事なので兼業できるほど甘い仕事ではない。



気が付くと、車止めに腰を下ろした私のすぐ隣にサラジャの姿があった。



「旬よ…迷うな。己の道を行け」


その一言を残すとすぐにサラジャは消えた。



「ふっ…だよな」



翌日、私は上司に退職届を提出した。

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