第12話『亀裂』
「どういう事?意味が分からない」
私の話を黙って聞いた後に美加が口を開いた。
そりゃあそうだろう。いきなり夫が仕事をやめて殺し屋になると言うんだ。誰でも驚くし理解に苦しむ。
もちろんこうなる事は想定内であった。
でもやはり結婚している以上、生活を共にするパートナーには打ち明けておくべきだと思った。
もちろん妻の美加以外には打ち明けるつもりはないが……
「ヒットマン?殺し屋?よく分からないけどそんなの賛成する訳ないでしょ?転職云々じゃなくて人殺しは犯罪だよ?逮捕されれば何十年も刑務所だよ?普通に考えてダメにきまってるじゃん」
美加は取り乱すどころか呆れた果てた様子で言った。
まるでお菓子売り場で駄々をこねる子供を見ている母親のような目で私を見ている。
「そんなの俺だって分かってる。でも世の中の殺人犯が皆が皆捕まる訳じゃないんだ。捕まる奴なんてほんの一握りだよ。成功すれば短期間で今の数倍の収入が得られるんだぞ」
「いくら収入が良くたって犯罪に手を染めるなんてありえない。ましてやそれが人殺しなんて…これから子供も欲しいとも思っているのに。私には旬くんの考えている事が理解できないし、したくもない!」
「男である以上精一杯稼いで美加やこれから生まれてくる子供に何ひとつ不自由なく人生を送らせてやりたいと思ってるんだ!今のままサラリーマンでは収入なんてたかが知れてる。ヒットマンになっても数回仕事をこなして稼ぐだけ稼いですぐ足を洗うつもりだしずっと続ける気もないから」
「嘘つき…!」
美加の目には涙が溜まっていた。
「何が?」
「旬くんは家族の為って言うけど、本当は全部自分の為でしょ?自分の願望を叶えたいだけなんでしょ?自分の理想を追い求めているんだよ。結婚した事も後悔しているのも知ってる。結婚て何かとお金掛かるもんね…血も繋がっていない他人に時間とお金を取られるんだもん…ごめんね。旬くんが自分を優先する性格っていうのも理解していたつもりなのに何もできなくて…」
美加は大粒の涙を机に落としながら泣いていた。
私は美加に全て見透かされていた事に言葉が出なかった。
「私が子供が欲しい!って言っても旬くんは話を逸らすしさっ。それも1回や2回じゃないじゃん?さすがに分かるよ…今回の殺し屋?の話も旬くんが独身だったら絶対に見向きもしていないと思う」
「そんなことっ…」
「分かってるからいい!」
美加が話を遮った。
美加には反対されるとは思ってはいたが、心のどこかで「旬くんがそこまで言うのなら…」と言ってくれると期待していた自分がいた。
だが現実は思い通りにはいかない。いくら妻でも相手は一人の人間だ。
私も中野に告白されるまではヒットマンなんて映画や漫画の中だけの存在だと思っていたし、今でも半信半疑だ。
中野が私に見せてきた銃も実はオモチャで、私が殺してしまった大男やトレーニングを担当するアランも役者ではないのか?とも疑念を抱いている。
もしこれが中野が仕掛けたドッキリなら美加との関係が修復不可能になる前に阻止しなければならない。
とりあえず私は現場に出るまではこのヒットマンの話を疑いなら慎重に進める事に決めた。
翌日。
私のスマホにアランから電話が掛かってきた。
「はい、もしもし」
相変わらずアランはカタコトの日本語で
「オッ!カミヤン!クンレンノジガンデース!シュウゴウ!」
中野に言われた通り私はアランに訓練についてもらう事にした。
まずは中野にゴーサインをもらって現場に出る事が目標だ。
それまでは安易に仕事もやめられないし、ヒットマンという仕事に対する疑念も払拭できない。
アランが待ち合わせに指定してきたのはいつもの17番倉庫だった。
ここに来るのはもう3度目になる。
車を倉庫の側面に着けるよう停めて中に入ると、既にアランは到着しており腕立て伏せをしていた。
どうやら訓練はアランと2人きりで行うらしく、中野の姿もなかった。
「こんちわっ」
声を掛けるとアランは腕立て伏せをやめ、振り返った。
「オウ!カミヤン!キタネ!」
アランは汗だくではあったが笑顔で迎えてくれた。
「今日はどんな訓練をするんですか?」
私が質問をするとアランは待ってましたと言わんばかりに腰に着けていた小さなバッグから黒い大きめのナイフを取り出した。
刃の幅や大きさは丁度包丁ぐらいだ。
「シンパイイラナイ!コレゴムナイフネ」
アランはそのゴムナイフを「ホレッ」とこちらに投げ渡し、2時間ほど掛けて、対ナイフの防ぎ方やナイフでの攻撃の仕方を教えてくれた。
ここでも私は素人だと痛感させられた。
ゴムナイフを手渡したアランは自分を刺せと指示した。
前回と同様でどうせ簡単に防ぐのだろうなと思いつつも、思い切りアランの腹部を目掛けてナイフを突きだした。
すると案の定アランは私の手首を掴み簡単に防いだ。
アランは少々苦笑いを浮かべ、
「カミヤン、ゼンゼンダメ」と言い放った。
異国の人間に自国でばかにされるとなかなか腹が立つ。
アランは私からナイフを取り、刃を横に寝かせた。
「サストキハ、ネカス。ホネアタルカラ」
なるほど。私は自然と刃を立てていた。ナイフはそうやって使うんだという固定概念があった。
でもアランはその固定概念を消し去り、人を殺すのに最適な使用法を理屈込みで教えてくれた。
たしか中野はアランは元傭兵と言っていた。やはりそれなりに人を殺めてきているに違いない。普通だったらそんな殺人鬼と2人きりになった時点で震え上がるところだが、今の私の立場からはアランは非常に心強い人物の1人だった。
アランは訓練が終わると「ギュウドン♪ギュウドン♪」とわめきだしたので一緒に牛丼を食べて帰路についた。
家に帰っても、先日の話し合い以降美加は口を開かない。
この日も私が帰ると既に床についていたようだ。
私も真っ直ぐ自室へと向かい、アランに教わった対ナイフの戦い方をイメージトレーニングで復習し、寝ることにした。
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