第11話『堕天使』
先日、中野が提案してきたテストに無事合格した私はついにヒットマンになった。
テストの日から今日で丁度2週間が経つが今だに仕事は何一つ無い。
中野とはいつも通りの頻度で会ってはいるが仕事の話にはならず、毎度お馴染みのちゃんねーの話が大半を占める。
このままでは腕を磨いて金を稼ぐ事ができないと判断した私は思いきって中野に訪ねてみる事にした。
「あのー中野さん?仕事の件なんですがどんな感じですか?あの日以降何一つ仕事という仕事がないですけど…今は暇な時期なんですか?」
すると中野は渋い顔をした。
(この人ヒットマンの話になるといつも嫌な顔するよな)
しばらく沈黙が続き、気まずさはあったが中野が話し出すのを待った。
中野は思い詰めた様子でゆっくりとした口調で
「あのな神谷くん。前のテストの日から考えてはいたんだが、君はもう少し訓練を積んでから現場に出るべきだと思うんだ。ただ誤解しないで欲しいんだけど、君を雇うのは約束だから必ず守る。そこは安心してくれ」
どうやら中野は私が仕事を請け負うのはまだ早いと踏んでいたようだ。
当然のことながら中野の言う通りだと思う。
前回のテストではかろうじて大男に命を奪われなかったが、手応えはほとんどなかった。実際にもう一度戦えばどう転ぶか分からない。
中野が私の為を思って言ってくれているのは理解できるが、正直少しムッとした。
「経験不足は百も承知ですよ。でも皆初めは経験無しの所から徐々に経験を積んでいくものじゃないんですか?」
中野は煙草に火をつけると、フーッと煙を吐き出し
「もちろんそうだ。俺も初めは右も左も分からないまま現場に放り込まれた。でもそれは訓練を積む環境が無かっただけなんだよ。訓練を積まないまま現場に出てもロクなことないよ」
中野はそう言うと左目からコンタクトを取るような動きをして何かを見せてきた。
初めはコンタクトかと思ったが目の前には差し出されたそれは義眼だった。義眼を見たのも初めてだし中野が義眼だったことも知らなかった。
「えっ…?」
「まだ駆け出しの頃にしくじってね…それで俺は左目を失った。あの頃きっちり訓練を受けていれば目をえぐられることもなかっただろうし、阻止もできたはずだ」
続けて中野が
「神谷くんは大金を稼いで自分の人生を豊かなものにしたいって言ってたよね?だがいくら金を稼ごうが命を落としてしまったらおしまいなんだよ。この業界に腰を据えてからそこそこ経つけど、そんなやつを腐るほど見てきた。君には命を落としてもらいたくないんだ」
中野の普段の明るい姿からは想像がつかないほど悲しい顔をしていた。
「もちろん金は大切だ。それは認めるよ。でも金より大切なモノだって少なからずある。もうこれ以上しつこくは言わないがやめるなら今だよ?」
この人は本当に優しい人なんだな。
私はここまで自分を気にかけてくれる中野に感謝の念を抱いた。
しかし私の気持ちは迷う事なくヒットマンになりたいと答えていた。
中野の目を見ながらゆっくり頷いた。
中野は終始悲しそうな顔をしていたが、もうこれ以上は何も言うまいと呆れた様子である人物へと電話を掛けた。
「もしもし?今からいつもの場所に来れる?そうそう。じゃあまた後で。はーい」
電話を切り終わった中野は
「これから訓練をつける。これは君を雇っている俺からの命令だ。覚悟はいいね?」
そう言うと中野は自身の愛車へと乗り込んだので私も後を追った。
電話で話していたいつもの場所とは一体?と考えていたら、この前テストを行った埠頭へと到着した。
前回と同じく17番の倉庫へと足を運ぶ。
すると1人の男が倉庫の中心でシャドーボクシングのような事をしていた。
まさかまた見ず知らずの人間と戦うのか?
私は勘弁してくれと目で中野へ訴えた。
中野は私の思いを察知したのか「今日は違うよ」と言い、私にここで待つように伝えると、シャドーボクシング中の男へ近づいていった。
あまり聞き取れなかったが、中野がその男に何かを伝えている。
すると男がシャドーボクシングをやめ、私の方へと体を向けた。
その男は外国人だった。見た感じ中東出身の様で肌の色は褐色だった。
背丈は170cmほどで体型もこれといって特徴はなく、標準体型だ。
特に特徴のない中東出身の様なその外国人は私の方へと近づき、「ヘイ!カミヤン!」と握手を求めてきた。
日本語が通じるか分からなかったが、「どーも…神谷です」と右手を差し出し互いに握手をした。
すると中野が
「これから君を鍛えてくれるアランだ。アランは元傭兵で経験も豊富だ。俺が直接教えるより断然早く成長するだろう」
中野にはもっとアランについて聞きたいことがあったが、アランは握手した手を離さず目をキラキラと輝かせていた。
少し変わってそうだが、悪いやつではなさそうだ。
それにしても何だこいつ?なかなか手を離そうとしないではないか。
「アラン?そろそろこの手離してもらって良いですか?」
私が言うとアランはカタコトの日本語で答えた。
「デハ、ハナシテミテクダサイ」
「は?俺から?」
言われた通り手を離そうと腕を上下左右へとくねらせたがアランの手は握られたままビクともしなかった。
アランはまるで赤子と遊んでいるかのような笑みを浮かべ
「フフフ、ボウリョクオーケーヨ」
「暴力OK?」
私は聞き返すと同時に空いている方の拳をアランの顔面めがけて振りあげた。
その瞬間私の視線は激しく回転し、背中に衝撃が走った。
気付くと、私は天井を見ていた 。背中が痛い。
天井を見つめているとアランの顔が私を覆うように現れ
「コレデ、カミヤンシンダヨ」と言った。
こいつはえげつないや。これは素直な感想である。一体何が起こった?私は投げられたのか?
すると中野がこちらへ寄ってきて
「相変わらず神谷くんは良い筋してるね。電光石火の如く相手に拳を打ち込んだ。でも今のじゃ君はここで死んでいたよ。だから訓練が必要なんだ」
私の脳内はまだ混乱を起こしており、いまいちどういう風に投げられたか思い出せない。
するとそれを見かねたアランが
「コブドーネ」と言った。
「古武道…?」
「ソウ!ニッポンノブドウ!」
中野は「いや、それだけじゃねぇだろうが」と笑った。
どちらにせよ私にはどうでも良い事だ。
まずは強さを身に付けなければ話にならない事を実感させられた。
実際の現場ではこんな輩がゴロゴロしているんだろうな。私は背中の痛みに顔を歪めながらもっと強くなる事を誓った。
すると中野が「これから最低でも週に4回はアランと訓練するように。日にちとかはアランと調整してくれ。もちろん実際に現場に出るまではギャラは1円も出ないけど牙を研ぎ続けてね」と言うと、アランも「ヨロシク!カミヤン!」と笑顔で握手を求めてきた。
私は警戒しながら手を差し出すと「コンドハダイジョウネ!」とアランは笑い、普通の握手を交わした。
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