第7話


「前方からコボルト2,オーク1だ」

「了解です」


 五層を少し歩き、まずは小さな群れを選んで戦うことにした。

 コボルトは二層や三層から出現するためシーナも見たことはあるだろうが、問題はオークだ。


「わっ、あれがオーク……!」


 敵が見えると、俺のそばで待機しているシーナが声を上げた。

 オークは成人男性と同等かそれより少し大きいくらいの図体をしており、比較的小型な魔物しか出ない層しか探索したことがなかったシーナにとっては少し恐怖があるだろう。

 しかし、それにも慣れてもらわないと困る。

 なぜなら、『三ノ塔』では、一層から十層までは階層が上がるにつれて馬鹿みたいに魔物が大きくなっていくのだ。

 大きい魔物は、当然それだけ体力もパワーも高い。そのシンプルな理由で駆け出し冒険者が躓くのというが、『三ノ塔』の特徴でもあった。


「シーナ、オークが怖いか?」

「それは……少しだけ……」

「そうか。でもな、でかい魔物ってのはそれだけ隙も大きいもんなんだ」

「隙、ですか?」

「ああ。オークをよーく見てみろ」


 シーナにそう指示を出してから、アインに支援魔法をかける。

 俺は周囲に気を配りながら、アインの戦闘を見守った。


「……セオリー通り、綺麗に戦うな」


 それが、アインの戦闘を見ていて出てきた感想だった。

 アインは剣と盾を使う、片手剣スタイルの剣士だ。パーティーにおける戦闘において、前衛の最大の役割は敵を食い止めることだろう。今回のような敵の場合、足の遅い敵──オークの注意を引き付けながら、残りのコボルトを速やかに処理することが求められる。

 アインは一目散にコボルトに狙いをつけて首を刎ねると、一度オークに接近して攻撃を誘発させてから、もう一匹のコボルトに狙いを定めた。

 オークがアイン目掛けて叩きつけた棍棒は、アインに当たることはなく地面にぶつかり大きな音を立てた。


「うひゃっ」


 その衝撃に驚いたのか、シーナがなんともかわいらしい悲鳴を上げた。


「シーナ、ちゃんと見てたか?」

「は、はい!ものすごい力でした!」

「まあ、そうなんだが……狙いは的外れだっただろ?」

「たしかに……」


 現にオークが棍棒を振り切る頃にはアインはすでにコボルトとの戦闘を始めており、オークは蚊帳の外だった。


「オークは特にとろいから基準にするのもよくないが、基本的にでかい敵は動きが遅いんだ。だから、もしこっちに近づかれても冷静に躱せばなんとでもなる。俺たちが本当に注意しなきゃいけないのは、どちらかというと小型の魔物の方だな。奴らは数も多いし動きも早い。前衛を抜けてくるのもだいたい小型のやつらだ」


 俺がそう解説すると、シーナは何故か目を輝かせてこちらを見ていた。


「すごいです!そんなこと、考えたこともありませんでした!」

「いや、別に普通のことだが……」

「私、いつも必死に逃げ回ってて……あっ、でも、コボルトなら倒したこともあります!」

「……は?」


 シーナの言葉に、思わずそんな声が漏れた。


「ちょっと待て、コボルトを倒したことがあるって言ったか?」

「……?はい、言いましたけど……」


 嘘だろ。という言葉は、喉を通らなった。

 もし本当にシーナがコボルトを倒せるなら、ポーターじゃなくて冒険者の方が向いているのではないだろうか。

 俺がそんなことを考えていると、突然後ろから棒のような者で小突かれた。


「……あ、アイン……」

「人が戦ってる後ろで、何呑気におしゃべりしてるんですか?」


 そういうアインの顔は怒っているというよりは、呆れているといった感じだった。

 慌てて前を見るとオークもコボルトの既に事切れていて、アインはオークが持っていた棍棒を持っていた。


「まあ、あれくらい余裕なので構いませんけど……これ、結構状態いいですよ」

「お、たしかにいいな」


 よく見てみるとその棍棒はあまり傷もついておらず、腐っているような形跡もなかった。

 さらには軽い魔法が掛けられているようで、ここでは効果はわからないにせよ価値があるのは確かだった。


「まあ、ちょっと大きいので持って帰るかは悩みどころですけど、この辺りにしては当たりなんじゃないですか?」

「そうだな。なんの魔法が掛かってるか次第だが」


 ひとまずは持っていこうということで、その棍棒をシーナに渡しておく。

 すると、シーナがとんでもないことを言いだした。


「えっと、私もこれで戦えばいいんですか?」

「いやいや、運んでくれればって意味で……」

「あ、そっちでしたか!わかりました!」


 さっきから、シーナは何を言っているのだろうか。

 ポーターは荷物を運ぶのが仕事であって、戦うことはなかったはずだ。

 俺の中ではそれが常識だったのだが、違ったのだろうか?


「それより、私の戦いはどうでしたか?」


 シーナに気を取られていると、アインからそんな声がかけられた。


「あ、ああ。良かったよ。手堅く慎重にって感じで」

「そうですか。前は魔法の援護があること前提だったので、少し不安だったんですけど……数が増えたら、もっと手こずるでしょうし」

「まあそうだな……前衛一人じゃな。俺も軽く援護することならできるが……」

「ここじゃ通用しなそうですか?」

「いや、オークくらいなら大丈夫だ。ただ、シーナを見ながら数を裁くってなるともう数層先が限界だろうな。もうしばらくはここで何回か戦ってみよう」

「そうですね、そうしましょう」


 余裕そうとはいえ、無理は禁物だ。

 予想以上に手こずって、逃げた先にも魔物がいた──なんてなったら、失うものは命なのだ。腕試しなのだし、慎重に慎重を重ねるくらいでいいだろう。

 俺は他にめぼしいものがないか死体を軽く漁って何もないことを確認すると、再び良さ気な敵を探してフロアを回ってみることにした。

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