第2話
アインと別れた後、俺は『風の楔』で借りていた宿へとやってきていた。
「……おや、リゼルさんじゃないか。なんだってこんなところに?」
俺を出迎えた女将は、目を丸くしていた。
無理もないだろう。俺達はたった今朝四日ほど留守にしますと言って出ていったばかりだったのだ。
「色々あって……俺の部屋だけ今日で引き上げたいんだ」
今までこういった手続きは全部他の人に任せていた俺は、なんとなく気恥ずかしくなって後ろ髪をポリポリと掻く。
そんな俺を見た女将は、心配そうな顔をした。
「リゼルさんだけって……喧嘩でもしたのかい?」
「喧嘩って言うか……まあ、クビにされてな」
誤魔化す気もなかった俺は、素直にそう話した。
今思えば、今日の依頼はいつもと違っていた。緊急性は高かったが難易度は低めのもので、あれはおれを追放して新しいメンバーと行く前提の受注だったのだろう。
それに気づいた俺は、なんとなく寂しさを感じてしまった。
「そうかい……まあ、元気出しなされ。別れもあれば出会いもある。新しい門出だと思って、頑張りんしゃい」
俺はその女将の言葉を聞いて、晴れやかな気持ちを感じることができた。
たしかに『風の楔』に思い残していることはあるが、もうクビになってしまったのだ。そんなことを今更考えても意味がない。
それに、新しい仲間だってもうできたんだ。
心機一転、俺は自分の荷物をまとめて女将に挨拶をすると、新たな一歩を踏み出したのだった。
それから、俺はアインと相談をして前の宿よりはグレードの低い宿へとチェックインすることになった。
俺は伊達にSランクパーティーで活動していたわけではないので貯金はそれなりにあるのだが、アインの懐事情に合わせた結果だ。
パーティーメンバーとしてはやはり同じ宿で円滑に話を進めたいし、後腐れをなくすためにも金の貸し借りなんかはしておきたくないというわけだ。
とはいえアインもBランクの冒険者であるため、決してぼろ宿というわけではなく、特にこだわりのない俺からすると前の宿とも大差がないように思えた。
そんな激動の一日が終わり、翌日。
俺たちは熱も冷め止まないうちに、ギルドへと訪れていた。
「いらっしゃいま……って、リゼルさん!?どうしてここに!?」
うーん、デジャヴ。
昨日の女将のしたたかな反応と比べると、どうしても見劣ってしまう。
「リーダーから事前に連絡みたいなのはなかったのか?」
「連絡?いえ、なんのことか……」
「クビになったんだよ。俺も、こっちのアインも」
そういってアインを示すと、受付嬢はさらに目を見開いた。
「えぇっ!?ちょ、ちょっと待ってください。ギルマスー!!」
慌てて奥に引っ込んでいった受付嬢を見ながら、俺たちは苦笑いを浮かべることしかできなかった。
その後ギルマスに奥の会議室へと案内された俺たちは、詳しい事情徴収をされていた。
「それで、リゼルは本当にクビになったのか?」
「ああ。はっきりとクビだって言われたぜ」
「アインもか」
「はい」
ギルマスはため息を吐きながら頭を抱えた。
「おいおい、冗談だろ……」
「そりゃこっちのセリフだ」
「まあそうか……それで、お前らで新しくパーティーを組むと?」
「まあ、これも何かの縁ってことでな」
ギルマスは再び頭を抱えると、愚痴をこぼし始めた。
「ったく、冒険者どもは毎回毎回事後報告しやがって……パーティーのことは先に報告しろって言ってんだろうが……」
「……」
なにやら底知れない恨みの籠ったその愚痴に俺たちは何も言えなかったが、ギルマスはすぐに正気を取り戻して疲れ果てているその顔を上げた。
「……まあ、お前たちは何も悪くないしな。わかったよ、パーティーのことはこっちで処理しておく」
そういってフラフラと会議室を出ていくギルマスの哀愁漂う背中を、俺たちはただ見届けていた。
「……大変そうですね、ギルマスさん」
「ああ……」
他人の不幸は蜜の味、なんて言うが、俺はこの時それは嘘なんじゃないかなと思ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます