全面魔法戦争
@CureCarrot
第1話
ネバダ砂漠の地下20mにある師団司令部で、ジョン・ウイリアムス大佐はワンドをもてあそびながら不機嫌そうにあくびをかみ殺していた。
「よりによってクリスマスイブに当直を押し付けられるとは・・・・・・」
司令官をはじめ、多くの将校がクリスマスイブを楽しんでいる中、不運にも当直を押し付けられクリスマスイブを司令部ですごさなければならないのは、不幸としか言いようがなかった。
彼が眺めている司令部の面々にしても、大半は彼と同じ気持ちであるようだった。
またウイリアムス大佐は、目下大きな悩みごとを抱えていた。自分の将来のことである。
彼は将官になることを夢見ていたが、定年までの残りの期間を考えるととても将官には昇進できそうもなかった。
「良くて営門准将か・・・・・・」
営門准将とは、退任の日に准将の辞令を受け、退任式典とその後の年金だけ将官の待遇を受ける将校のことである。将官の年金は魅力的ではあったが、そんな年金記録の上だけの将官なんて彼には願い下げだった。
彼は魔道士としても軍人としても、クリスマスイブに師団司令部の最先任将校を任させる程度には優秀ではあったが、将官になれるほどではなかった。将官になることはきわめて狭い門であるからだった。
「せめて軍功でも立てられれば・・・・・・」
ウイリアムス大佐は小声でつぶやいた後、あわてて頭をふってその恐ろしい考えを払いのけた。およそ魔法軍ほど「軍功」に縁のない部署はない。ベトナムでドンパチをやっている連中とは違うのだ。
あと1時間ほどで当直が終わる、そんなことを考えていたところ、不意に目の前の赤い電話が鳴った。戦略魔法軍総司令部からの直通電話だ。
「戦略魔法軍総司令部より第8魔法師団司令部へ、アテンション! アテンション! これは訓練ではない。
命令コード512638、識別符丁、アルファ、デルタ、デルタ、フォックスロット、ゴルフ、エコー。
復唱せよ」
「復唱、命令コード512638、識別符丁、アルファ、デルタ、デルタ、フォックスロット、ゴルフ、エコー、オーバー」
そのまま何も言わずに電話は切れた。
ウイリアムス大佐は立ち上がり、矢継ぎ早に命令を下した。
「警戒態勢をイエローに、将軍を呼び戻せ、保安士官をここに、命令書を確認する」
アラートを知らせるサイレンが鳴り響く中、大佐は首にかけていた鍵を取り出し、保安士官とともに司令官席の後ろに備え付けられている金庫をあけた。
金庫の中には、いくつもの命令書がプラスチックケースに封印されて収められている。
ウイリアムス大佐は、命令コードと同じ番号の書かれているプラスチックケースをとりだし、保安士官に番号を確認させたあとプラスチックケースを破り、中の命令書を取り出した。
命令書の上端に大きく引かれた赤帯が目に飛び込んでくる。訓練用の緑帯じゃない!
祈るような気持ちで識別符丁を確認する。一致した、畜生!
命令書を一読した彼は、内心の動揺を表に出さないように注意しながら基地全体に通じるマイクを取り上げた。アラームが鳴り止み、痛いほどの沈黙が司令部を支配する。
司令部全員の祈るような視線を受けながらウイリアムス大佐は命令を下した。
「私は司令官代理のウイリアムス大佐だ。全面魔法攻撃の大統領命令が下った。
大陸間攻撃魔法用意! 攻撃目標、ソビエト連邦首都モスクワ! これは訓練ではない!」
師団が動き始めた。カーキ色の軍用ローブに身を包んだ何千人と言う魔道士が待機していた地下壕より飛び出し、地上に複雑な魔方陣を人文字により描きだしていく。
これから撃ち出される魔法の一撃ごとに敵国の大都市がひとつずつ消滅し、百万人単位で人が死ぬだろう。
巨大な攻撃魔法陣が組み上げられていくのを眺めながら、ウイリアムス大佐は、先ほどまで考えていたことを思い出していた。
「軍功をあげるチャンスがやってきたじゃないか。司令官不在にもかかわらず、混乱に陥ることなく大陸間魔法戦を指揮して敵国の首都を吹き飛ばす。
将官への昇進は確実だろう。もっとも、すべてが終わった後でも合衆国と言う国家が存続していられたらの話だが・・・・・・」
彼は部下を安心させるために、余裕ある司令官として振舞おうとしていた。
だが、ついにプレッシャーに耐え切れなくなり、おもわず声に出してしまった。
「畜生! 俺が子供の頃は魔法と言えばファンタジーと相場が決まっていたのだぞ。
いつから魔法はこんな血なまぐさい代物になったのだ?」
20世紀、2度の世界大戦を経て科学技術と魔法技術は爆発的に進化した。
そして進化した魔法技術は、ついに射程1万キロメートル以上、破壊力はTNT火薬換算で100万トン以上という大陸間攻撃魔法(Inter Country Buster Magic)を生み出した。
世界は東西二つの陣営に分かれ、互いに強力な魔法軍を組織し、そのワンドの先を互いの首都に突きつけあうことによって平和が保たれていた。
これが東西魔法冷戦である。
魔法軍は最も重要な軍となり、魔法適性の高い軍人は最優先で魔法軍に回されるようになっていた。
しかし、およそ30年前に行われた第2次世界大戦までは、
極東の島国で巨大な都市すら一撃で粉砕する攻撃魔法が生み出されるまでは、魔法はたしかにファンタジーであったのだ。
その古きよき時代のことを彼は考えていた・・・・・・
全面魔法戦争 @CureCarrot
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