第31話 遅刻のブルー

 本一冊、読んでもらった気分。

 今やっと、ミユキへの長い説明がおわった。

 信じてもらえるかどうかなんて、どうでもいい。

 ただ彼女に話しておきたかった。わたしがこの夏、この日にくることになった、すべての道のりを。


「むむ~」


 でも……わるいことしたかも。

 おそらくミユキの頭はフル回転で、現在の状況を理解しようとしてる。

 腕をくんで下にうつむく、彼女の頭からブスブスと煙が出てるみたい。考えすぎで。


「あ。ごめん!」わたしは手をたたいた。「冗談だよ冗談! 今、女子の間ではやってるの。どれだけアドリブでなが~い話ができるかっていうのが……」

「白鳥サン。わかります」

「わかる? じゃあ次は、ミユキの夏休みの予定とか聞かせてもらおうかな?」

「そうではなくっ‼」がばっ、とテーブルの上においていた右手を、両手でつかまれた。「ずっとつらい思いをされてきたことが、です。そして今日は、それを終わらせる大事な大事な日なんですよね?」

「う、うん」


 ミユキの勢いに押されるわたしを席に残し、彼女は立ってお父さんのところにいった。


「店をしめろ?」

「はい。今すぐに。カーテンも閉めちゃってください」


 おどろいた。

 ためらいもせず、それが当たり前のことのように、お父さんはすぐ行動にうつる。何人かいたお客さんに頭を下げて会計をしてもらい、外に出て、日替わりのメニューが書かれたウェルカムボードを店内に運びこんだ。


「これでいいんだろ」


 ばん、と〈CLOSED〉のボードをドアのガラス面に貼った。

 はい、とカーテンを閉めて回っているミユキが返事する。


「ミユキ。それに、お父さんも」


 父親マスターは何も言わず、親指を立ててお店の奥に消えた。


「ありがとう……」

「お気になさらず。白鳥サン、戦いはこれからですぞ」

「うん」

「――して、先ほど電話していた……」


 チャー、とわたしとミユキの声がシンクロした瞬間、カランカランと入り口のベルが鳴った。

 セレブだ。

 海外のセレブがそこに立っている。


「愛しのミカリン発見……でも、どう見てもこれから楽しいデートをしようっていう空気じゃないネ……。オレ、ビンビンにイヤな予感するんだけど」


 わたしは彼女に駆け寄った。


「かわいい赤のワンピ! 帽子もオシャレ。すごい、サングラスまでしてくれて」

「か、かわいい……? その一言が聞けただけでも、来てよかったかな」

「この服、めっちゃ高いんじゃない?」

「まあ、パーティー用のドレスでイタリア製だからね。それなりにするって感じ」


 じゃあさっそくだけど、と、わたしはチャーの猫のような目を見つめながら言う。


いで」


 さすがのチャーも停止した。

 ポニーテールの先が空調の風でゆれている。


「あ? え? 待って、あの」

「急いで! 待ち合わせまで、もう一時間きってるから」

「待ち合わせ? ちょ……ウラベっ!」と、ミユキのほうに助けを求めるような視線を送る。「どーなってんのっ⁉」

「私からはなんとも――」左の手のひらを、グーにした右手で〈ぽん〉とたたく。「そうか! そういうことだったんですね。それでここにチャーを呼んだわけですか。外の男子たちの注意を向けるために、派手な服まで着てもらって」

「こうしないと包囲網を突破できないでしょ?」と、強引に脱がせにかかった。


 あーれー、というチャーの小さな悲鳴を聞きつつ、衣装チェンジ完了。

 わたしは高そうな赤のワンピースに。彼女は学校の制服に。

 ものすごく不機嫌な顔をしていたが、


「ああ……いい……香水でも柔軟剤でもない、ナチュラルな女の子のにおい最高……」


 いつのまにか機嫌も直り、わたしの制服に鼻をくっつけて、かぎまくっている。遠慮もなく。


「あ、あのクンカクンカはそれぐらいにして……」

「なんだよウラベ。うらやましいの?」


 はあ、とミユキはため息をついた。

 時計をみる。

 二時三十分。待ち合わせの時間は三時。まあ、最悪時間におくれても、現地で赤井あかい青江あおえと合流さえできればいいんだけど。


「わたしが先に出る」きゅっ、と帽子のつばを顔をかくすように下げた。「三分後、店を出て」

「三分後? 一時間後とかじゃなくて?」

 サングラスごしにチャーを見る。「あまり時間をおいちゃうと、カンのいい子がトリックを見破るかもしれないでしょ?」

「なるほどね……っていうか、ミカリン、そこまでしてドコにいくのサ?」

「夏祭り。そこで幼なじみに告白するつもり」

「ふうん……ずっと好きだったんだ?」

「好きだよ。あの二人のことは」


 二人? とチャーがおどろいた表情で、手でピース。

 にこっ、と笑って、そのピースにピースを返し、薬指も立てる。


「三人。わたしたちはずっと友だちなの」


 入り口のドアの前まで移動して、


「じゃ、行ってくるね」


 バイバイと手をふった。 


「ご武運を」ミユキが手をふりかえしながら言う。

 チャーも手をふる。「なんかヘンな感覚……オレとミカリンって、今日はじめて会うんだよね?」


 サングラスを下げて、ぱちっ、とウィンクで返事をした。


 ◆


 どん、どん、と太鼓の音が遠くから聞こえてくる。

 出店や屋台の並びがはじまるくらいの場所で、わたしたちは待ち合わせていた。

 天気が良くて人手も多く、あたりは完全にお祭りの雰囲気。

 これから日が沈んで夜になったら、もっといいムードになるだろう。

 告白に、ふさわしい感じに。


「いやミカオ……その格好は予想外だな」


 三時前。

 赤井はすでにそこで待っていた。浴衣に身をつつんで。シックな濃紺で落ちついたがら。昔から、名前に入っているからイヤなのか、身の回りのものに赤いものは選ばない性格だ。髪を赤くしたことはあったけど。


「これしか着るものがなくて」


 と、ボケたようなことを言いながら、わたしの胸は不安でいっぱいだった。


(青くんがこない!)


 十分、ニ十分、と予定の時刻をオーバー。


「もう、おれらだけで行くか?」


 とうとう赤井もそんなことを言い出す。

 もうちょっとだけ、もうちょっとだけ、とお願いしているうちに、頭上につらなる提灯ちょうちんが点灯してしまった。

 四時前。


「連絡もこねーな。ミカオのほうは、きてないか?」

「きてない。こっちから電話しても出てくれないし……」


 やばい。

 寝坊とかだったら、まだどうにかなる。

 家の場所は知ってるし、歩いて行けない距離じゃないから。

 それよりこわいのは……


(トラブル。やめてよ青くん、この大事なときに)


 わたしの記憶では、この夏祭りの日に、あいつは遅刻していない。

 ドキドキしてきた。


「なあ……おれといっしょじゃ、いやか?」


 あっ。

 ちょうど心臓が高鳴っているタイミングで、赤井の顔が間近まぢかにくる。

〈吊り橋効果〉――とか言ってる場合じゃなくて――

 木琴もっきんみたいなメロディ。

 ぽんぽんぽん、とリズミカルに鳴っている。着信っぽい。


「あ。アオからだ」

「ほんと?」


 赤井はわたしを見てうなずき、電話の声をスピーカーから出てくるようにした。


「うぃっす。あー、シラケンもそこにいる、よな?」

「いいから早く来いよ。今、どこだ?」

「わるい。今日はおれ、祭りに行けねーよ」


 うそでしょ。

 三人いなきゃダメなのに。

 わたしには、もう時間を戻されて最初からやり直すちからは残っていない。

 もうループしたくない!

 もう……


「おい、おまえがそんなこと言うからミカオがすごく落ちこんでるぞ? とりあえず、今どこにいるんだよ、アオ」


 遠い太鼓の音とガヤガヤした雑音の中、耳をすます。

 言うのを迷ったような、みじかい

 そして、ふだんのおしゃべりみたいに青江はこう言った。


「病院だけど」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る