第30話 午後のオーダー

 桜の花びらが舞う中を歩く、おろしたての制服を着た同世代の女の子たち。

 彼女たちは全員、マネキンのように動かない。

 この世界で動いているのは、わたしともう一人だけ。


「……」


 そのもう一人、黒いフードの人が沈黙してしまった。わたしが「夏」と答えたきり。

 急に不安になってきた。

 あれ? もしかして聞こえなかったのかな?


「……」


 もう一回「夏」と答えたけど、無反応。

 いつもなら、お決まりのフレーズを口ずさむのに。

 季節はめぐる。いつも美しく、って。


「夏……だよ?」

「白鳥様……礼を言うのはこちらのほうでございます。〈嫉妬心の顕在化〉より産み出された当方にとって、いかなる苦境に置かれても前向きなあなたは、さながら夜空の星のようにきらめいて、なにより美しかった。心が救われる思いがしました」


 右手を高くあげた。まっすぐ天に向けて。魔法使いが、大きな魔法を使おうとするかのように。


「不思議とわかります……夏と答えられた理由が。しかし……このままでは、その日から数週間も前の時点に送られてしまうでしょう。ここは全力をもって、当方が白鳥様を〈希望の日〉にじかに送ってさしあげます」

「ほんと?」

「なにとぞ、お気をつけください……。もはや白鳥様には、一日たりとも安全な日はありません。異性から向けられる好意が、ほぼ上限値となっておりますゆえ」


 うん、とわたしはうなずいた。

 表情は見えないが、フードからのぞく口元が、ニヤッ、と笑ったような気がした。


「けっこう。季節はめぐる。いつも――美しくっ!」


 あがっていた右手が、わたしに向かってふり下ろされる。

 ちょっと待って。

 尻餅しりもちぐらいじゃすまない、かなりの衝撃がくる気が。

 光のビームみたいなやつが、わたしに一直線に――


「いたっ! ……くない?」


 笑われた。

 ここは教室だ。みんな夏服。

 先生はわたしが寝ぼけたようなことを言ったのをスルーし、淡々と説明している。

 夏休みの注意事項。

 どうやら終業式の日らしい。

 そうだ。そして、今日が夏祭りの日だ。学校が終わったあと、現地で待ち合わせをした。


「じゃ、遅れんなよ」

「おまえがいうなよ。アオ、おまえが一番ルーズだろ」


 わたしは、二人の幼なじみに念をおす。


「あのさ……遅れてもいいから、絶対に来てね」


 学校の外に出たら……あっつ!

 少し前まで雪がふるような環境にいたから、よけいあつく思える。

 ま、いっか。

 これぞ夏って感じがするし。

 セミが鳴いてる。


(やっぱり、言われたとおりだ)


 わたしのファンというかストーカーというか、とにかくそういう男の子がいっぱい。

 たとえば、突然うしろを〈バッ〉とふりかえると、〈バババッ〉と高速で反応し、みんな先を争って物陰ものかげにかくれようとする。

 不気味といえば不気味。

 でも、だるまさんがころんだみたいなゲームだと思えば、がまんできなくもない。

 それに、こうやって人通りの多い道を歩いている分には、彼らもムチャはしないだろう。


(……とはいえ、いえバレするのもちょっとね……)


 まっすぐ帰宅できない。

 どうしよう。この炎天下で外を歩き回るっていうのもキツいし。

 街路樹の木陰こかげで考えていたら、


「ふんふ~ん」


 この鼻唄は!

 グッドタイミング。こまったときの〈告白請負人うけおいにん〉。

 スキップするような足どりでこっちに向かってくる彼女に、わたしは声をかけた。


「助けて!」

「た、たすっ⁉ なにごとですかっ?」


 おどろく彼女の手をひき、そのまま移動。

 ここに避難させてもらった。ミユキのおうちに。おしゃれなカフェに。


「あの……サンドイッチか何か、たのんでもいいかな?」


 ちょうどランチタイムで混雑していたけど、運よく壁際の席があいていた。

 対面にはミユキが座っている。おたがい学校の制服のままで。


「それは大丈夫ですけど」席を立って、カウンターにいる父親マスターに耳打ちすると、もどってきた。「なんだったんですか、さっきのアレは」

「あやしい人に、尾行されてて」

「なんと。もしやストーカーで? ううむ、白鳥サンなら、ありえる話ですなぁ」

「ごめんね」


 全っ~然いいです、とミユキははっきり言ってくれた。ニコニコの笑顔で。

 うるっときた。

 やばいやばい。泣いてる場合じゃないから。

 一学期も終わったね、と世間話をしていると、


「どうぞ」


 と、テーブルにBLTサンドがはこばれてきた。めっちゃおいしそう。


「あと、これもサービスです」


 カプチーノ。注文オーダーしてないのに。鳥がはばたくラテアートつきで。


「ごゆっくりどうぞ」

「あの……」

 マスターは首をふった。「お代はけっこうです。これからも深雪みゆきと仲良くしてやってください」

「え~、私にはないの~?」


 ねだるように言うと、ミユキの前にも同じものがならんだ。

 いいお友だちに、いいお父さん。心があたたかくなる。

 うん!

 今は食べよう。

 ハラがへっては戦はできぬ、なんだから。

 ぜんぶ食べ終わって、ミユキとおしゃべりしているうちに、ランチタイムがすぎて店内も落ちついてきた。

 あの二人との待ち合わせの時間は、三時。


「……やけに外がさわがしいな」


 マスターがつぶやいた。

 窓の外には、


(いる! すごくいる!)


 男子男子男子。

 見たところ、ほとんどうちの学校の子のようだ。

 あからさまにこっちをのぞきこんでる子もいれば、そ知らぬ感じの子もいる。

 ミユキが、ごくっ、とのどを鳴らしたのが聞こえた。


「ただごとでは、ありませんな……」


 ほんとだよ。

 ドラマでいえば「君たちは完全に包囲されている」ってヤツだ。

 もう自宅に帰れないのは確定。

 幼なじみのあいつらと行くんだし、このまま制服でもいいかと思ってたけど、この様子じゃ待ち合わせの場所に無事にたどりつけるかどうかもアヤしい。


(スタンガン……いや、マシンガンがいるかも)


 そんな物騒なことを考える。

 待って、今、いいこと思いついた。

 たぶんこのプランなら、少なくともここから脱出はできる。

 あとの問題は……


「ね、ミユキ。みんなの連絡先に、くわしかったりする?」

「うーん、まあ、それなりに目立つヒトであれば」

茶谷ちゃたにっていう子はわかる?」

「あ。チャーですか? 去年いっしょのクラスだったから、知ってますぞ」


 さっそく電話番号を教えてもらった。


「もしもし」

「知らない番号……キミ、誰?」

「白鳥美花」


 スマホの向こうで、がたっ、と物音がした。


「白鳥美花だと! これは……妙なタイミングで出会えたな」

「いま時間ある?」

「キミのためなら、山ほどある」

「外、出られるかな?」と、チャーにこのお店の場所を教えた。「……なんだけど」

「ネットで地図を見て、現地の写真も確認したよ」仕事はやっ。「いつでもオーケー」

「きて」

「なんと情熱的でムダのないアプローチ……。すばらしく高踏的こうとうてきで、うるわしの白鳥美花にふさわしい、まさに王女の命令プリンセス・オーダー! すぐにでも――」

「あっ、ちょっと待って、チャー」

「キミからあだ名で呼ばれるなんて感動」


 お願いがあるんだけど、と窓の外の男子たちを見ながら言う。


「なるべく派手で目立つ格好してきてくれない? で、徒歩で、店の近くまで来たらゆっ~~~くり歩いてほしいの。あとは……そうそう、顔がかくれるような、つばの広い帽子もかぶってきてね」


 チャーが首をかしげたのが、雰囲気でわかった。

 目の前で、ミユキの顔もななめに傾いている。

 わたしがやろうとしていることは、現時点、わたししか知らない。


「ね?」


 と、強引に押し切り、通話終了。

 不安そうにミユキが言う。


「白鳥サン……これから、なにをされるおつもりで?」


 わたしは胸をはって答えた。

 たった四文字の音を、スタッカートで区切って。


告白こ・く・は・く

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