第29話 集結のサマー

 決闘のように一対一。

 告白って、そうだと思っていた。


(わたしが同時に二人に告白?)


 それは考えもしなかったことだ。

 すごい。そんな発想があるなんて。

 まだ具体的なイメージはわかないけど、なんとなく、うまくいくような気がする。

 二兎を追うもの一兎をも得ず、的な感じで。


(さて……)


 放課後になった。

 教室の前後の引き戸がどっちもいて、冷たい風がフーッと入りこんでくる。

 幼なじみの二人は、黒板の前にいる。

 楽しそうにしゃべっていて、いい笑顔。

 いかにも親友同士って雰囲気。

 親友といえば、


「……」


 静かに立ち上がった、ひとつ前の席のトモコ。

 わたしがループする世界にいる間は、彼女は一日ごとにわたしを嫌いになってゆく。

 告白がうまくいかないことより、これが一番つらい。


「バイバイ、トモコ」


 ちらり、と一応、視線だけは向けてくれた。でも当然バイバイを返すこともなく、クールに教室を出て行く。

 心が折れそうになる。

 ダメ。

 もう少しがんばったら、仲良しのトモコがちゃーんと戻ってくるんだから。 

 チアアップ! 立ち上がれ自分!


(ここが考えどころよ)


 やるか、待つか。

 待つっていうのはチャーのこと。彼女の記憶の中にある、あの〈小説〉の内容をもっとくわしく思い出してくれる可能性にかける。

 しかし、


「またデートしてくれたら、なんか出てくるかもネ~」


 とか言ってて、イマイチ信用できない。あの性格だし。

 なら、やるしかない。

 立ち上がる。


「お、ミカオだ」

「ははっ。いつ見てもかわいいよな、シラケンは」


 わたしが考えていることなど、もちろん知らない二人。ミカオと呼ぶ赤井あかいと、シラケンと呼ぶ青江あおえ

 両方とも、大事な友だちだ。

 できれば、だましたりキズつけたりとか、したくないんだけど……。


「ちょっといい?」


 まずはライトな感じで切り出す。


「三人だけで、話がしたいの」


 ぴりっ、とした感覚。お肌が針でツンとつつかれたような、そんな一瞬の時間があった。


「ここじゃダメか?」と言ったのは青江。

 うん、とうなずくわたし。

 まがりなりにも告白するわけだから、人気ひとけのない場所に移動したい。


「今すぐに……だよな?」と、どこか不安げに言ったのは赤井。

 もう。告白される側で、しかも男の子なんだから、もっと落ちついてよ。

 でもこんなところも、きっと赤ちゃんの良さだ。

 絵にかいたようなスポーツ少年で、運動は得意で勉強は苦手。

 やさしくて、わたしがトモコに「大嫌い」と言われたあの日も、


――「バカ! 風邪ひくぞ!」


 と、大雨の中を追いかけてきてくれた。

 ほかにも、彼のいいところを、わたしはたくさん知っている。


「なんだよシラケン。アカのこと、じっと見ちゃってさ」

「え?」知らず知らず、わたしは赤井を見つめていたらしい。「いやべつに……赤ちゃんが髪の毛赤くしたら似合うかなー、なんて」

「ふーん」と、小声で言った数秒後、突然、「わりぃ!」と片手をあげた。

「青くん?」

「テニス部のヤツと遊びにいくの忘れてたわ。ほんと、わりぃ」


 あわただしく教室を出ていった青江。


「なんだあいつ……せっかくミカオが三人で話しようって言ってるのに」


 同じく、なんだあいつ、だ。

 でもわたしの違和感は、たぶん赤ちゃんが受けた違和感とは微妙にちがうはず。

 うそだ。

 遊びにいくっていうの、絶対うそ。


(どうして?)


 結局、その日は赤井と進路の話でお茶を濁して帰宅した。

 次の日。また放課後。


「ちょっといい?」


 と談笑する二人に近寄って、リトライ。


「昨日も同じようなこと言ったよな」と、肩をすくめる赤井。「また進路の話するのか?」

「おい、進路ってなんだよ進路って」口をとがらせる青江。「そんな話だったのか? おれはてっきり……」

「てっきり?」わたしは彼の顔を斜め下から見上げた。

「いや」ぷいっと横顔を向ける。「ってかシラケンさぁ、そんな話だったらべつに〈三人だけ〉とかじゃなくていいじゃん」


 ううん、と首をふるわたし。

 わかってない。これから告白しようっていう空気を、女の子の勇気を、もっと感じとってよ。

 イケメンのくせに、肝心なところでニブいんだから。

 でも、やるときにはやる。

 わたしがナイフで襲われそうになったとき、間一髪で助けてくれたし。


――「白鳥しらとりを好きな気持ちは、絶対におれのほうが上だ!」


 あの熱いセリフは、容姿とか関係なく、かっこよかった。

 ほかにも、彼のいいところを、わたしはたくさん知っている。


「どうしたミカオ。アオのほう見たまんまで、かたまって」

「はい?」まただ。まるで昨日の再現。今日は青江を見つめていたみたい。「いやべつに……青くんがもっと背がひくくて女の子みたいな外見だったらどうかなー、なんて」 

「なんだよそれ。ありえねー」と、笑う。「おれはともかく、アカが女子みてーになったらやばいよな」がしっ、ととなりにいる彼の肩をつかむ。

「やばい、か……」つぶやいたと思ったら、「おれ、今日は用事あるから……」とつづけてつぶやく。


 そして、どこかさみしそうに教室を出た赤井。


(あれ?)


 イヤな予感。

 すごくすごくイヤな予感。

 三人に告白する以前に、まず三人だけになれない。二日連続で。二度あることは三度ある、なんていう。

 そのとおりだった。

 三日目も四日目も、作戦がうまくいかない。

 五日目。わたしは思いきって、みんなのいる教室で告白をこころみた。

「二人のことが好き」と。

 けれど、 


「まあ、そうだよな」と赤井。

「そんなの知ってるぜ?」と青江。


 二人は友だちとしての「好き」、英語の「ライク」のほうに受け取って、さらりと返すだけ。


(告白にならない! やっぱり、まずは三人だけにならなきゃ――)


 これが簡単じゃなかった。

 どうして?

 必ず一人が身を引いて、二人だけになってしまう。

 告白される権利を相手にゆずるかのように。

 わたしは、ベッドに寝転んだ。


(ストレートにいってもムリかも。もっとじっくり考えないと……)


 名探偵のように。中森なかもりくんのような、えた頭で。

 三人だけ……三人……。

 机の上に目を向ける。

 写真立てがある。修学旅行で撮ったトモコとのツーショット。

 思えば、赤井や青江とのスリーショットっていうのは、ない。

 もしあったら、その写真も飾ってもいいかな――


(ん?)


 いやいや。つい最近、目にしたはず。

 どこで、だったっけ。


「はーい、ミカリン」


 電話だ。


「またデートしようよぅ」

「切るね」


 われながら冷たい仕打ち。

 ループの問題が片づいたら、イヤっていうほどしてあげるよ。

 今はデートして、プリクラとか撮ってる場合じゃ……


「あっ!」


 ひらめいた。

 手帳だ。

 ほら、やっぱり。

 三人で撮ったプリクラが、そこに貼ってある。

 赤井と青江が浴衣を着てて、普段着はわたしだけ。

 これ、夏祭りの日に撮ったヤツだ。

 たった一回きりの、三人だけでお出かけした日に。

 そこだ。そこで告白すればいい。確実にできる。

 チャーありがとう。

 スマホを手にとって、電話をかけ直した。


「うん?」

「聞いて、チャー。わたし……あなたのことが大好き!」

「まじで?」


 衝撃にそなえて、わたしはベッドから立ち上がった。


「つきあってください!」

「もちろんさ。当たり前だろ。ガールズラブ封印の卒業式の日まで……いや! 白鳥美花なら生涯愛するよ!」


 どん、とおへそのあたりを強く押された。

 逆らうよりもダメージを軽くするために、わたしはあえて尻餅しりもちをつく。

 パジャマはどこへやら、制服のスカートから露出する両足。

 高校の正門前。


「ほう……告白失敗でここに戻されたというのに、少しも失敗したという悲壮感がない。じつにいい目をしています」


 黒フードの人が言う。

 わたしは立ち上がった。


「おかしな言い方かもしれないけど、やっぱり言っておきたいの。今まで、ありがとう」

「白鳥様をループに巻き込んで苦しめている〈原因〉ではないにせよ、当方も関係する者の一人。それに礼などを言いますか?」

「うん」

「あなたは変わっている」

「さあ……言ってよ、いつもの言葉を」

「わかりました。好きな季節をえらんでください」


 すう、と息を吸って、目をつむる。

 いこう。

 すべてを終わらせるために。

 はあ、と息をはきながら、ゆっくり目をあける。

 わたしは答えた。


「夏」

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