第28話 閃光のホリデー

 ムカつく、っていう言葉が好きじゃない。

 声に出したくないし、できればそんな感情も持ちたくない。

 そんなわたしが久しぶりに〈ムカついて〉いる。


「ミユキに気をつけろ、ってどういう意味?」


 彼女に、胸があたりそうなほど詰め寄った。

 身長差は約五センチ。相手のほうが高い。


「ミユキは大切なお友だちなの。どうして気をつける必要があるわけ?」

「あらら、お気にさわったカナ?」

「ふざけないで……ねぇ、わたしに失礼なことは、いくらでも言っていいよ。『女子力が低い』でもなんでも、好きなだけ言うといい。でも友だちをわるく言うのは許さない」

「誤解だよ白鳥美花」

「どう誤解してるの? 説明して」

「次の日曜日、あいてる?」


 はい? と、わたしは鮮やかな肩すかしをくらった。

 ここから手品のように連絡先を盗まれて、じゃー連絡するねー、と笑顔で手をふるチャーとともにムカついた心もどっかに退散してしまう。

 うまく逃げられた?


(いいえ、逃がさないんだから)


 スマホに表示されている彼女の電話番号やメアドなどを、きっ、とにらみつけた瞬間、二時間目開始のチャイムが鳴った。


 ◆


 もっとはやく気づくべきだった。

 駅で待ち合わせて、開口一番、


「どうしてミユキのことを、あんなふうに言ったの?」


 と、核心をついたのに、


「じつはね……それは、とある映画の中に答えがあるのさ」


 ほら行こ、とそのまま映画館へ移動。

 まだ、不自然なことに気づいてないわたし。

 二時間の恋愛映画を観る。


「いや~、い~ハナシだったねぇ~」クライマックスのところで大泣きしてたチャー。まだ目に少し涙がのこっている。

「あ。鼻水でてるよ」

「う~ハンカチかティッシュぅ~」


 なんという甘えん坊。しかも女子なのにどっちも携帯してないなんて。


「ほら」ティッシュでぬぐってあげる。人の鼻にこうやってさわるのは、はじめてかも。

「サンキュー、ミカリン」


 さらっとあだ名で呼ばれた。

 まあ……フルネームよりはマシか。

 映画館の出口のゴミ箱にそれを捨てて、さあ今度こそ、


「ミユキのことなんだけど……」

「うん。立ち話だと、なんだから」


 路地裏にみちびかれて、カフェにつれていかれる。


「ここのパフェが絶品でさ」

「そうなの?」


 と、二人で食事を楽しむ。

 そこでした会話といえば、


――かわいーコーデだねぇ。

――ふだん、どんなトコで遊ぶの?

――入試の勉強たいへんだよね~。


 いかにも、たわいのない話題ばかり。

 向こうが質問して、わたしが答えて、すかさず「ミユキ……」と言い出そうとすると、次のトピックに飛ぶ。

 巧妙なやり口。

 このあたりでやっと、わたしはチャーに〈手玉にとられている〉ことを自覚した。

 思えば、さっきの映画もミユキと何も関係なかったし。

 客観的にみれば、


(ただのデートじゃない)


 ポニーテールを結んだ女の子と、一対一で。

 はあ、と小さなため息をつきながら窓の外に目を向ける。

 雪だ。

 ふわふわと舞っている。朝からくもってて気温も低かったから、やっぱり降ってきた。


「雪だね」

「電車がとまるかも」


 ははっ、とチャーはみじかく笑う。


「この程度なら大丈夫さ。それより、さすがだね。今のセリフ。ロマンチックのカケラもない現実的なつぶやき」

「また女子力の話?」

「いや、ミカリンらしくていいよ、オレは好きだゾ」


 チャーが両手を頭のうしろに回した。

 髪を真っ赤なリボンでっている点が、性格と行動に反してとてもガーリー。


「あー、いい一日だ。夢がかなった!」


 なんか、おおげさなことを言っている。


「キレカワの女子……しかも校内で一番の美人とデートできたんだ。もうクイはないね」

「また、ふざけようとしてる?」


 手は頭のうしろのまま、横顔を向ける。


「決めてたんだよ。女の子を好きになるのは中学までで終わりって。高校に入ったら、男の子と普通の恋愛をしよう、ってさ」

「べつに、普通とか気にしなくていいと思うけど」

「だよね。オレもそう思う。でも現実問題、女と女じゃ子どもができないじゃん」


 まじめなトーンで言う。

 なんか……ミユキのことを問いただせる空気じゃなくなった。

 しんみりしてしまった。

 よく見ると、チャーはおいしいとすすめてきたパフェを半分も食べていない。わたしは完食してるのに。


「『オレ』っていうのも今日でヤめようかな……」

「ダメ」


 えっ、と彼女の目がこっちに向いた。


「デートでしょ? テンションさがりすぎ。男女関係なく、こんなときに元気がないのはダメ」

「ミカリン……」

「こうなったら、徹底的につきあうよ。次はどうする? チャーは、どんなデートがしたかったの?」

「食事のあとで、いっしょにプリクラ、かな」

「いこう」


 席を立った。

 なんだか、攻守が逆転した気がする。

 でも楽しい。こうやって外出して遊ぶの久々だし。今まで、ずっとループとか告白とかのことで頭がいっぱいだったし。

 たまにはいいよね。

 でも――なんか忘れてる気が……。


「待ってって、ミカリン」


 このへんは、お母さんと買い物にきたりして、まあまあ土地勘がある。

 せまい道に入って、どんどん進む。


「いいからいいから」うしろをふりかえる。「これがゲームセンターへの近道なの」

「じゃなくてさ、チアンが」


 チアン? ああ、治安ね、とおくれて脳内変換したとき、視界がちょっと暗くなった。


「あまりよくないから……ああ、もう遅かったか……」


 男がすぐ目の前に。

 大柄。両手で押しても、ビクともしそうにない。


「まいったな。うしろにもいるよ」


 言いながら、たたた、とそばに駆け寄ってきたチャーの向こうに人影。男だ。三人いる。

 日当たりのよくない路地裏で、行く手をさえぎられた。両サイドは雑居ビル。上を見上げても、どの窓にも人気ひとけがない。

 やばい。


「めっ~~~ちゃキレーだな、おまえ」


 大男が言う。

 彼が着てる黒のダウンジャケットは、はちきれそうなほどにパツンパツン。ただのサイズまちがいで、まさか筋肉じゃないと思うけど……。


「ちょっと、つきあえよ」


 信じられない。

 マンガじゃないんだから。デートしてたらカラまれるっていう王道シチュ、こんなタイミングでくる?

 いや……


(男子の好感度アップのせいだ!)


 と、すぐにその原因に思い当たった。

 ループのたびに男の子に好かれてしまうというルールのせい。


「こっちも、そーとーイけてますよ」チャーのそばにたつ男が言う。

「あー? そうだな~」わたしと彼女をしっかり見比べたあとで、「ポニーテールも捨てがたいが……やっぱり、こっちだな」と、決断。

「いっしょにつれていきましょうよ」

「待って!」


 せいいっぱい、大きな声を出した。

 しかし足はふるえている。


「その子は大事な友だちなの。手は出さないで。わたし一人で、じゅうぶんでしょ?」

「あ?」

「あなたたちにつきあうから」


 今のわたしは特殊な状態。

 時間が飛んでもどって、ふたたびループする。

 何があっても、告白してオッケーをもらえたら〈なかったこと〉にできるんだから。

 イヤなことをされたらイヤな記憶は残るんだろうけど、友だちがイヤな思いをするよりずっといい。

 チャーのほうを見た。


「大感激さ、白鳥美花」


 にこっ、とわたしにほほ笑む。


「今日は人生最良の日だ」

茶谷ちゃたにさん」

「水くさいなぁ」シックなブルーのハンドバッグから、彼女はすばやく左手を抜いた。「遠慮なくチャーって呼んで――よっ‼」


 光った。

 あぶないヤツ。あぶない武器。

 スタンガンだ。


「ほら、急いで!」


 気をうしなった大男がちょうどほかの男たちのほうに倒れこんで足止めになったみたい。

 息を切らせて走る、走る。

 夢中でダッシュ。

 なんだか小学生のときを思い出す。赤井あかい青江あおえと走り回って遊んでいたときを。

 やっと人通りの多いところに出られた。もう安心だ。


「は……は……危機一髪。ステキな思い出を共有できたね」

「全然ステキじゃないから」

「はは……ミカリン、意外と体力、あるじゃん……」


 乱れたマフラーを巻きなおすチャー。


「ちゃんと持ってないと」ぱんぱん、とバッグをたたく。「レディのたしなみ」

「スタンガンが?」

「防犯グッズ。ミカリンは美しいんだから、日ごろからピンチにそなえるべきだよ」


 で、プリクラをとりにいったあと、駅でわかれて帰宅。


(いい笑顔しちゃって)


 それはチャーに言うようでもあり、自分に言うようでもあった。

 ツーショットの写真。

 手帳をひらいて、そのシールを貼りつける。

 そんなことをしていたら、


(電話?)


 スマホの画面が光っている。


「ミカリン!」


 電話をかけてきたのはチャー。

 声が、あわただしい。


「どうしたの? 何かあったの?」

「思い出した思い出した! あの小説の内容!」

「え……?」


 ひらいたままの手帳には、いつだったか三人・・でとったプリクラが貼られていた。


「主人公は物語の最後で、幼なじみの二人に告白したんだよ!」

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