第27話 謝罪のアドバイザー

 男装の女子。

 よくよく聞いてみると、彼女が男子の制服を着てるのにはちゃんと理由があった。


「ナマ足みせたくないんだよね」


 と、おっしゃる。

 かと思えば、電光石火の早業はやわざで、女子の制服に着替えてしまった。

 

「同世代の子だったらヘーキ。ようするにね、大人にスケベな目でみられたくないんだよ」


 自転車通学をしていて、足への視線が気になって仕方ないらしい。

 スカートの下にジャージもやってみたが、やかましい先生に「やめろ」と言われた。

 ならば、


「男子の制服を着るっきゃない。ま、こんな経緯かな」


 あはは、とポニーテールの先をゆらしてその子は笑った。目がきゅっと細くなる、いいスマイル。


「適当に座ってよ」


 ぴ、と電子音がなった。エアコンをいれたみたい。

 部屋の中央に大きな円卓があって、そのまわりに一定間隔でひじかけつきの椅子がある。


「さーて」


 と、彼女は立ったまま円卓の上にのったノートパソコンをひらく。


「えーと、どのフォルダだったかな」


 かち、かち、とクリックする音が静かな部屋にひびく。


「わかってるんだゾ、白鳥美花。ここに来た目的は。小説のことでしょ~?」


 彼女の真横に移動した。ストロベリーみたいな甘い香りがする。


「あの……単刀直入でいい?」

「慎重なのか大胆なのかよくわかんないね」と、わたしのほうを見ずに言う。

「あれはあなたが書いたの?」

「まあ待ってよ。あっ!」


 突然なにかに気づいた感じで、しゃがみこんだ。

 足元のスクールバッグをしばらくごそごそやったあと、


「これこれ」


 とん、と取り出したものをパソコンの横に置く。

 黒くてまるい箱。


「お菓子?」

「そうだよ白鳥美花。チョコさ」


 フルネーム呼びはスルーするとして……どうしてこのタイミングでチョコ? 今は小説でしょ小説!

 箱のふたをかぱっとあけ、わたしに猫のようなぱっちりお目目めめを向けるポニテ女子。

 

「いかが?」

「いいの?」


 めっちゃおいしそう。

 うん、一息つくのもアリ……かな。小説は逃げないし。

 一口サイズのチョコを、指でつまんでいただく。


「おいしい」

「でしょ?」


 ニコニコしてわたしを見る彼女。


「もしかして、あなたがつくったの?」

「市販品。ちょっといいヤツ」

「そうなんだ」


 なおも、ニコニコしてじーっと見てくる。

 長い。じつに長い。

 ここまでされると、このニコニコに何か意味があるのかなと思わざるをえない。


「お金はらえ、とか? いま食べたチョコの」


 ははは、と彼女は大笑い。

 おなかをかかえて、うずくまってしまった。

 なにがおかしいんだろう?


「は、は……いらないよ。そんなの。いや~さすが、さすがの白鳥美花だ!」と、円卓に手をつきながら立ち上がる。

「え?」


 そして目元を指でこすりながら、この子は、こんなことを言いやがった。


「女子力が低い!」


 言って、また「ははは」と笑う。

 笑ってる理由がわかったとたん、急にハラが立ってきた。


「……失礼します」

「あっ、待って、ごめん」


 立ち去ろうとするわたしを呼び止めた彼女。


「このとーりっ!」


 土下座。

 ちょっと。そこまでしなくていいよ。

 彼女に頭をあげてもらい、二人でパソコンの前にある椅子にすわった。


「ごめんごめん。あまりにもオレの想像どおりだったからさ」

「まだ『オレ』って言う?」

「ふだんからこうなんだ。まあ、そこは気にしないで」


 ぴっ、とチョコを指さす。


「コレに対する態度があまりにもドライだったから。もっと……ほかに気にならなかった? 誰かあげる男子はいるのーとか、どこで買ったのーとか」


 そうか。もうそんな時期だった。


(バレンタイン)


 ほとんどの女子にとって重要なイベント。


「忘れてた?」


 と、イタズラっぽくほほ笑む彼女。女の子だったら忘れるわけないよね、と言わんばかりの顔。


「そうじゃないけど……」


 ほんの少し前まで〈春〉にいたから、と正直に答えようか。

 ときけてきた、って。

 でも、かりにそうじゃなくても、わたしがコレをきっかけにガールズトークに走っていたとは思えない。

 バレンタインで贈り物をしたことは、一度もないから。


「ね、白鳥美花って――」


 予想どおりの質問がきた。

 返答すると、


「まじで⁉ 誰にも?」

「うん」

「誰かとつきあったとかは?」

「ないよ」

「コクられたことは、さすがにあるでしょ?」


 何回かは……、とあいまいに答えた。

 いや、なんなのこの質問ぜめは。

 ノートパソコンの画面はスリープモードで真っ黒になってるし。


「えっと、小説は」


 わたしがマウスに手をのばそうとすると、


「そういうことか白鳥美花」


 その手を空中でつかまれた。

 ぐっ、と引き寄せられる。

 息がかかるほど、わたしたちの顔が近づいた。

 キスの一秒前の近さ。

 まだこの子の名前だって知らないのに。


「オレと同じで、女の子が好きなんだろ……?」


 ◆


 収穫なし。

 というか……


(もう! なんなのよ、あの子は!)


 文芸部にアクセスできなくなった。

 あの部屋に入れない。

 入ったら、またあんな目にあってしまう。

 キスされそうになって、押し倒される。


――「冗談だよ冗談。なんか、そんな雰囲気だったから」


 いーや、あの子は本気だった。

 まじで、やばかった。

 あそこでミユキが入ってきてくれないと、どうなっていたかわからない。少なくとも、くちびるだけは奪われていたような気がする。


「ほんと、ありがとう」

「い~え~」


 一時間目の休み時間。

 ミユキと、廊下でおしゃべりしている。


「チャーは相変わらずですね~。あの子は百合ゆりをちっともかくそうとしないのです」

「チャー?」

「あ。聞いてなかったですか。茶谷ちゃたにっていうんですよ、名前」

「そうなんだ。彼女と、仲いいの?」

「チャーは面食いなのですよ。私など、とてもとても……」


 ぱたぱた、と上靴でかける音。

 誰だろ? 廊下を走ったら先生におこられる――と、そっちを見た瞬間、


「このとーりっ!」


 土下座。

 わっ。ダメだよ、こんなに大勢の前で。

 あわてて彼女……チャーに声をかけて、そのまま女子トイレの前まで移動した。遠慮したのか、ミユキはついてこない。


「許してくれる?」


 と、うるんだ瞳でわたしを見る。

 うーん……と、正直、即答できない。

 この短時間に二度も土下座されたのでは、遠からず三度目があるにちがいないから。


「おわびと言ってはなんだけど、なんでも質問にこたえるよ」

「質問?」

「ん。あの小説に関するヤツでもオレについてでも、なんでも」


 胸に片手をあてて言うチャー。

 はっきり言って彼女はあぶない女子だ。

 はやく質問してはやく距離をとるのがきちとみた。


「あの……文化祭で出してた〈告白に失敗〉みたいなタイトルの」

「わかるよ。それだと思ってた。あれ、主人公のモデルがあからさまに白鳥美花だからね」

「結末はどうなるの?」


 気になるのはまずその点。


「花火があがる」


 え?

 ひょっとして、またふざけてるの?


「……だったと思うんだよなぁ。ごめん。あのあと部室で調べたんだけど、データが消えちゃってて」

「作者は? あなたじゃないの?」

「あー、ちがう。もっと言うと、うちの文芸部員でもない。ネットで寄稿してもらったヤツだから、ほんとに誰だかわからないんだよ」


 うそでしょ。

 つまり、あの小説への手がかりが完全になくなったってこと?

 でも、思ったほどのガッカリはない。

 小説は現実とはちがう。ハッピーエンドにいたる解決策が文字で書かれていたとしても、ループ脱出の役に立つとは限らないんだから。

 ま。かえってスッキリしたかな。へんな未練みれんがなくなったよ。これでまた前を向ける。


「ほかは?」

「ありがとう。もう大丈夫だから」

「そう。じゃ、最後にオレから警告を」


 言うと、すばやく左右を確認するチャー。

 ポニーテールが遠心力でブルっとゆれ、猫の目がまっすぐわたしに向く。


占部うらべ深雪みゆきには、気をつけなよ」

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