第25話 白黒のペアー

 放課後、ベンチで居眠りしてた彼をたたき起こした。

 もちろん〈この世界〉の彼とは初対面。彼にしてみれば、わけがわからないだろう。目をさましたら見知らぬ上級生に「ボディガードになれ」って急に言われるなんて。


「おいおいおいおい」


 四回も言う?


あったま……おかしいぜ」ふたたび、ベンチにごろんと横になる。

「待って」

「いえ白鳥さん」


 もう一人いやがったのか? という目つきで、わたしのとなりにいる中森なかもりくんに視線をうつす。


「こんな不良生徒の助けは不要です。はっきり言って、役に立つかどうかわからない」

「あー、なーんか、盛大にディスられてんなぁ~」


 殺気のこもった微笑とともに、金月きんげつくんが立ち上がった。リョーマほどじゃないけど、やっぱり背が高い。


「女みてーなツラのおまえ、いっぺん痛い思いしとくか?」


 と、〈いいね〉の親指をくるっと下に回す。 


「……行きましょう」中森くんは挑発も無視して冷静。「大黒おおぐろ先生はこの時間、LL教室のとなりの教官室にいるはずです」

「待てよ」

「しつこいな」


 近づいてきた彼を見上げてはっきり言う中森くん。

 大人と子どもぐらいの体格差があるのに、すごい度胸。


「いまオーグロっつったか」

「関係ないだろ。さあ、はやく行きましょう」

「なんでボディガードなんだよ」


 返事もせず、すたすたと歩きだす。

 あわててわたしはそのあとを追った。

 金月きんげつくんは、どうやらついてこないみたい。


「白鳥さん」と、肩ごしにふりかえる。「大丈夫です。ぼくが、何があってもまもりますから」


 おお、たのもしいセリフ。

 体は小さいけど、騎士ナイトの資格はじゅうぶんにある。


(ここまで献身的にしてもらえて、何かお礼がしたいんだけど)


 いっしょに廊下をあるきながら考えた。

 女子が男子に、お金でもモノでもないプレゼントといえば。

 一番最初に思いついたのは……


(却下)


 うれしくない、と思う。

 わたしに、ほっぺにチュッってされても。

 月並みだけど、ちゃんと声に出して伝えよう。


「中森くん」

「はい?」

「あの……ありがとね、いろいろ。わたし、ほんとに感――」


 目の前に曲がり角がある。そこから、


「ほい、見つけたぞ!」


 出会い頭でリョーマがあらわれた。


 ◆


 ぴしゃっ、と引き戸を閉めた。


「失礼します」


 いきなりタバコのにおい。

 大人の空間だ。

 部屋の真ん中に向かい合わせた事務机がふたつあって、片方は不在。


「どうした?」

「先生。じつは、大事なお話があるんです」


 どんどん、と外から。


「白鳥が俺に話……? それより、今の大きな音は……」

「あー、あれは太鼓ですよ! 和太鼓! 応援団の練習みたいで」

「こんな時期にか?」よっ、と大黒先生が腰をあげる。「一応、見てこよう。ちょっと待っててくれ」


 わたしの横を通り抜けた。


(どうしよう!)


 見せられない。外の光景は。

 きっと〈三人〉でとっくみ合いになってるから。

 にしても……


(どうしていきなり協力する気になったんだろ)


 金月くん。

 リョーマのあとを追うように現れ、わたしにこう言った。


「よくわかんねーが、気になってしょうがねー」

「え」

「行けよブス。オーグロんとこに行くんだろ? で、こいつが邪魔してるわけだ」


 リョーマがあごをさする。


「こいつってオイのことか?」


 ぴっ、とわたしのそでを引いたのは中森くん。


「……チャンスです」

「うん」


 そしてやっとここに入れたのに。

 チャンスがダメになる。

 多少強引でも、腕をとって止めようか。

 もうそれしかない。わたしは手を伸ばす。


「あっ」


 指にタバコをはさんでいるのに気づき、先生がストップした。

 机までもどって、灰皿で火を消す。

 そのタイミングで、太鼓の音が鳴った。いい音。


「やっぱり練習みたいだな」


 と、先生も納得。

 これはきっと彼のファインプレイだ。

 部屋の外の物音を不審に思われたのを見抜いた上でのフォロー。

 中森くんがとっさに太鼓の音声をスマホで流したんだろう。すごい機転。助かった。


「で、話ってなんだ」


 すたすた、と歩いてきてわたしの前に立つ先生。

 黒ぶちのメガネをかけて、癒し系のメガネ男子なルックスで女子に人気のある先生。

 しかし既婚者だ。

 かつ、こっちは中学女子。

 うまくいかないわけがない。

 うん。

 長かった……。ほんとに……。

 こんどこそ、完全に成功する要素ゼロ。いける!


「ずっと好きだったんです。先生、つきあってください!」


 言えた。

 もう、あとはじっと待つだけだ。

 気持ちはうれしいけどな、みたいな感じかな。

 ありがとな、でも――それとも、こんなパターンかな。

 無言。

 けっこう、が長い。

 ああ、なるほどね。

 なるべくキズつけないように、考えこむ演技をしてくれてるんだ。さすが先生。気がきいてる。


(はやくっ! はやくっ!)


 わたしは待ちきれない。


「俺……結婚してるんだぞ?」


 これは告白の返事ではない。

 もっと明確な〈おことわり〉を引き出さないと。


「いいんです。っていうか、すぐに離婚して下さい!」


 ここまで言われたら、もうイエスとは言えないでしょ。

 フる、でしょ……?


「白鳥」一歩すすむ先生。

「はい」一歩さがるわたし。

「秘密は守れるか? 誰にも言わない約束が、できるか?」二歩すすむ先生。

「え……」一歩さがったら、かかとが壁に当たった。「それって……」

「俺もずっと気になってたんだ。おまえが一年のころからな」


 どういう流れ?

 こういう冗談を言う、先生だったっけ。


「知ってるか? クラス分けってある程度先生たちで好きなようにできるんだぞ。二年に進級したときも、俺はおまえを最優先で取った。くそ……三年連続で同じ生徒の担任はできないっていうルールさえなきゃ……」

「あの」


 にこっと笑った彼の顔が、どこかゆがんで見えた。


「俺はこんな日が来るのを待っていた。白鳥、よろこんでつきあってやるぞ」

「最低!」


 わたしは未成年なのに。家に帰れば、大事な結婚相手だっているのに。

 ビンタしようと振りかぶった手が、誰かにつかまれた。


「やめぃ、白鳥。こいつは、おまえがつほどの価値もない男よ」


 リョーマ。いつのまに。

 おどろきがつづく。


「おらぁ‼」


 豪快に大黒先生のほほを殴りつけたのは、金月くん。黒ぶちのメガネが空中に吹っ飛び、体は横倒しに床に倒れた。

 どうして?

 わたしに協力してくれたとはいえ、やりすぎな気も……


「もう気絶しとるかもしれんが、白鳥はオイんと。それに、教師が教え子をたぶらかすんは、カスじゃ」

「たぶらかす?」

道々みちみち、説明する」


 あっ。また。

 わたしをお姫様抱っこして。

 そのまま外に出た。

 出てすぐのところに中森くんがいた。


「……」


 残念、という表情を浮かべて黙っている。

 わたしにも、うまくいかなくてごめんという気持ちがある。

 どうして、こうなったんだろう。


「白鳥。おまえとの時間も、そろそろ終わりじゃ」


 姫抱きのまんま、目線をこっちに向けて言うリョーマ。

 ランニングぐらいのペースで、校内を走っている。


「あの金色には、五つ上の姉ちゃんがおる」

「金色って……金月くん?」

「その姉ちゃんが、以前、さっきの教師に告白した」


 それはミユキからも聞いている。


「でもフられたんでしょ?」


 うんにゃ、とゆっくり首をふる。


「周囲にないしょでつきあいはじめたらしい。在学中も、卒業してからも」

「えっ」

「ほどなくして、教師のほうから一方的にエンを切ってきた……というのが、あの金色の話だったぞ。真相を知ろうにも姉ちゃんはショックを受けて何も言わんから、ひそかに自力で調べとったらしい」

「そんな」

「ひどい別れ方をしたんかもしれん……が、そこはもう他人が口をだすとこでもなかろう。ま、弟からのゲンコツ一発ぐらいは当然という気はする」


 にいっ、と明るく笑う。


「オイが金色なら、そして姉ちゃんがもし白鳥やったら、一発ぐらいじゃ勘弁せんぞ」

「リョーマ」


 教室の前の廊下で立ち止まった。

 ななめに、夕暮れの光が射してくる。

 うすく、半透明になって、わたしを抱きかかえる緑川みどりかわ竜馬りょうまの姿がすーっと消えてゆく。


「元気での」


 尻餅しりもちをついた。

 あいつ、背が高かったからまあまあの高さから落とされたけど、全然いたくない。

 ほんとにいたくない。

 なのに――なぜか涙が出てくる。次から次から出てくる。

 わたしは、自分の気持ちに気づいていなかったんだ。

 ずいぶん時間がかかったけど、今、やっとわかった。


「さよなら、わたしの初恋……」

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