第23話 雨天のビッグサンダー

 そのまま、どこかへつれていかれるのかと思った。

 けど、意外にも、つれていかれたのは――


「ほい」


 と、丁寧に、わたしを足元から地面に下ろす。

 ここは、わたしの家。

 そっか、小学生のときから引っ越してないから、リョーマがこの場所を知っててもおかしくない。


「まだベッドの上にクマちゃんがおるんか?」

「ちょっ、なんでそんなことまで」


 ん?

 待って。昔、一回ぐらい彼を部屋まであげたっけ?

 その場合、もちろんリョーマ一人じゃなくてほかの友だちもいっしょに、だとは思うけど。

 記憶にないな……。

 聞けば早いか。


「わたしの部屋に入ったことがあるの?」


 にっ、とリョーマは、小癪こしゃくにも微笑だけでこたえた。

 それが昨日の話。

 リョーマの姫抱きタクシーで帰宅した話。

 で、次の日の放課後。

 わたしは世界記録を目撃した。


「お、おつきあいを……その……」


 告白。

 転校してきて、まだ三日目なのに。なんというスピード。コクった女子の行動力がすごいのか、それともリョーマの圧倒的な魅力ゆえなのか。


「おい……、もっとシラケンからはなれろよ、アカ」

「濡れるんだよ。しょうがないだろ、アオ」

「ちょっと二人とも静かにして」


 天気は大雨。

 放課後、とある女子に校舎の裏の目立たない場所に呼び出されたリョーマを追ってここにいる。

 帰り支度をしてたら、いきなり、


「あいつがどんな男なのか、たしかめに行こーぜ」


 と幼なじみの青江あおえが有無を言わせない感じで言ってきた。


「のぞき見なんてしたくないけどな」


 と言いつつ、どうやら赤井あかいも同行するらしい。

 じゃあ、とわたしもついていくことになった。

 都合よく校舎の外壁が出っぱっているところがあって、そこに三人で身をかくしている。

 数メートル先に、傘をさして向き合うリョーマと女の子がいる。


緑川みどりかわ君のことが、好きなんです!」

「そうか……」


 ことわる、とわたしだけじゃなく赤井も青江も思っただろう。

 もしかしたら、あの告白した女の子ですら、そう思ってるかもしれない。

 同級生ならまだしも、彼女はべつのクラス。つまり必然的に、まだお互いによく知らない間柄あいだがらなんだから。

 誰だって、フられたくなんかないはず。

 ということは、フられない自信があるってことなの?

 勝算……っていうとゲームっぽい言い方だけど、


(成功する見込みは、あの子だってきっと持ってる。そもそも告白に、成功とか失敗とかって、ほんとにあるのかな?)


 想いを伝えることさえできれば……オッケーなのかも。

 え? じゃあ、告白の失敗って、もしかして必ずしもフられることじゃなくて……


「見ろ! シラケン!」


 耳に近いところで言われて、びっくりした。

 青江のせいで、考え事がさえぎられる。


「あいつ、なにしてんだ……」


 小さい声で赤井もつぶやく。

 何が、とリョーマのほうを見ると、


(傘を捨てた)


 ばっ、と歌舞伎役者のように勢いよくほうり投げて。

 中学生ばなれした長身に、くしゃくしゃでボリューミーな髪のリョーマ。その全身が雨にさらされている。

 と、


「なっ!」


 三人の声がそろった。赤井も、青江も、わたしも――「なっ!」で「なっ?」という気持ち。おどろきと疑問が同時に。


「ありがとう……」


 ハグ。

 告白の女子を、そっと抱きしめている。


「でもな、オイには好きなヤツがいる。わるい」


 すぐに抱きしめ解除。そして、ぽんぽん、と女の子の肩をかるくたたく。

 雨の音にまじって、泣いているような、くすん、という音がしている。


「なあ……もう行こうぜ」と赤井が言う。

「そうだな」と青江。わたしも同意。


 教室へ帰る途中、


「女に冷たい野郎じゃないってのは、わかったな」

「いやあれ……されてうれしいか?」


 わたしも青くんの意見に賛成だった。

 確かに、告白の断り方としては、やさしい。紳士的ともいえる。

 でも、わたしが彼女の立場だったら、


(そんなことしないで!)


 って思う。

 なぐさめるようなハグなんかされたら、余計に未練がのこる。忘れられなくなる。次の恋に進めなくなる。

 そう思ったら、どんどんリョーマに対してハラが立ってきた。


(ヤキモチ?)


 わたしの中で、冷静なわたしが問いかけてくる。ちがうちがう、とあやうく声に出しそうになった。

 教室にもどる。

 といっても、もう下校するだけだ。


「はぁ……雨……」


 低いトーンの声。

 そっちを見ると、ミユキがいた。

 そうか、この時期はまだ……一学期のミユキは〈告白請負人うけおいにん〉として忙しくないんだ。

 一人で席について、じっとしている。


「どうしたの?」

「あ。白鳥さん」雨のせいなのか、彼女の顔の両サイドにある髪が、いつも以上にクリンクリンしている。「えへへ……」

「何か困り事? なんでも言って」調子にのって、ウィンクとかしてみる。「わたしたち、友だちでしょ?」

「はわ~キャワイイおかたのキャワイイ仕草……これを見れただけで、今日の不幸もふっ飛びます~」

「不幸って?」

「傘が」


 ない。と、わたしと彼女の声がシンクロした。

 ミユキは照れくさそうな笑顔を浮かべる。わたしも笑顔になった。

 そういうことだったのか。

 朝は、まだってなかったもんね。


「じゃあ、相合い傘で帰らない?」

「いやいや! そんなご足労をさせるわけには!」

「大丈夫。ちょっと歩きたい気分だし。行こ?」


 実際、ミユキの家に寄って、帰宅するルートをとっても、そんなに遠回りにもならない。

 数分後、とうとうわたしの説得に折れ、


「では、お言葉に甘えます~。ありがとうございます~」


 いっしょに帰ることになった。

 雨音を聞きながら、ときどき水たまりをよけて、ミユキと肩を寄せ合って歩く。


「なにかお礼を、と思うのですが……」

「いいよ」

「もし、白鳥さんが誰かに〈告白〉を考えているんでしたら、及ばずながら……」


 と、ミユキはあわてて口をおさえた。


「私としたことが……白鳥さんほどにかわいい女子なら、サポートなんかなくても大丈夫ですよね……」

「もう」と、肩でミユキの肩をこつんと押す。「そんなことないよ。わたしだってフられ――」てない! 現実のわたしは、告白百パーの成功率だ。

 言葉につまってしまった。

「フられ?」

「フられ――ることだって、あるよ?」


 ですかね~、とミユキが相槌をうってくれて、その話題はそこで終わった。

 次の話のタネは、鼻唄のこと。

 

「朝、教室に入るとき、歌を口ずさんでるでしょ?」

「お恥ずかしい」とミユキはほっぺに片手をあてる。「誰にも聞かれてないと思ってたのですが」

「あれって、なんの歌?」

「いや~、ふっる~いアニソンでして。私のお母さんの世代ぐらいの」

「そうなんだ」

「こんな曲なんです」


 まわりに誰もいないからか、ミユキは鼻唄をはじめた。

 気持ちいい高音だ。メロディもきれい。ずっと聴いていられる。

 ふんふ~ん、とソフトなハミングで歌っていたが、唐突に歌詞が入った。


「季節はめぐる。いつも美しく」


 稲妻が走った。

 落雷じゃなく、わたしの体の中に。


(これって、どこかで……)


 どこ?

 つい最近、わたしはこのフレーズを、どこかで耳にしている。

 一度だけじゃなく、何度も。

 稲妻が走った。

 これは本当の自然現象。


「落ちましたね~約一キロほど先ですかな~」

「ミユキ……」

「私、カミナリけっこう好きなんですよ。光と音の時間差で距離も計算するんです。ほらまた!」


 落ちた。

 恐怖を感じるほど、ほとんどフラッシュと同じタイミングの爆音。

 ミユキは笑っている。

 その口の、くちびるのラインにも、どこか見おぼえがある気がした。


(フードの人……)


 そうだ。

 さっきのフレーズも、フードの人が言ってたことだ。わたしがループするたびに。


――「殺すんですよ」


 なんで、こんなときに中森なかもりくんの言葉を思い出すの?

 だめ。

 だめ、だから……。ミユキは大事な、お友だちなんだから。


「白鳥さん、大丈夫ですか。お顔がすぐれませんが……。ご安心を。これだけまわりに建物があれば、この傘にカミナリが落ちることは絶対にないですよ~」

「うん」

 自分でも知らないうちに、わたしは立ち止まっていた。

「行こう」 

 また雨の中を歩きだす。

 しばらく進んだところで、ふいに、何でもないことのように、ミユキがわたしと目を合わせて言った。


「もしかして……気がついちゃいました?」

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